34 昼
おれと妻モドキと佐知、生さぬ仲の三人が連れ立ち、駅前商店街の蕎麦屋に向かう。
家を出てすぐの電柱の陰には、またしても青田刑事が隠れている。
「お勤め、ご苦労さまです」
だから、おれが声をかける。
妻モドキと佐知も青田刑事にニッと笑顔を向ける。
青田刑事は無言だ。
が、すぐに、おれたち全員に一礼し、
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
と首を垂れ、挨拶する。
おれたち三人は青田刑事に鷹揚に首肯くと、そのまま何事もなかったかのように道を進む。
実際、次の瞬間には青田刑事のことを三人ともすっかり忘れている。
後になっておれは知るが、このときは本当に三人三様の心模様だったらしい。
当然と言えば当然だが……。
道なりに暫く進むと事件の夜におれが駆け込んだ公園が見えてくる。
おれの家から本当に近い。
住宅街に挟まれた児童公園で水場がある。
その昔は多くの遊具もあったらしいが、今ではブランコと滑り台以外が撤去されている。
時代の移り変わりとはいえ、ジャングルジムや回旋塔(かいせんとう/回転ジャングルジム)、それに砂場がないのは、おれには寂しい限りだ。
「たまには公園の中を抜けて行くか」
そんな想いに駆られながら、おれが妻モドキと佐知を誘うと、
「いいわよ」
妻モドキがすぐに同意する。
佐知には初めての公園だからなのか特に発言はない。
反対もないのでおれが先導し、三人で公園内に足を踏み入れる。
昼食時なのに、お構いなしに遊んでいる子供も数人いたが、明らかに老人の姿が多い。
既に食後の散歩……というか、寛ぎタイムなのだろうか。
場所が公園ということで、おれは妻誘拐事件の身代金を運んだ、あの公園を思い出す。
あのときは人がいなかったが、どんな地区にあった公園なのか。
オフィス街や借店舗の多い地区にある公園ならば平日には人がいない時間帯があるかもかもしれない。
あるいは子供や老人が少ないアパート街か。
これまで気にしたことはなかったが、今の佐知のアパートがちょうどそんな感じの街中にある。
以前、佐知が住んでいたアパートは駅近にあり、人通りが多い道路に面し、建てられたものだ。
臆病なおれが人目を嫌い、佐知に頼んで引っ越してもらったが、あの街中に公園があるなら無人となる時間帯が多いかもしれない。
あのときはパトカーに乗せられ、そのまま家まで送り返されたから、公園があった場所をおれは知らない。
一度、葉山に訊いておくべきだろうか。
それとも余計なことを訊ねない方が良いか。
数分かからず公演を抜け、おれたち三人が駅前商店街に至る。
時刻は一時過ぎだが、飲食店にはまだ客が多いようだ。
一軒の蕎麦屋を覗くと中の席に三人が座れる余地がない。
それで諦め、店の外に出、
「他にも蕎麦屋があったっけな」
おれが妻モドキに鎌をかけるが、
「さあ、あたしも佐知ちゃんも、この辺りは不案内よ」
と、ひっかからない。
「蕎麦屋とラーメン屋が少ないんだよな、この辺りは……。美容院と歯医者は多いのに……」
おれは愚痴ともならない愚痴を呟きながら次の蕎麦屋を目指す。
考えてみると妻と一緒にこの街に越してから入った飲食店は蕎麦屋とドイツ料理店、それにピザ屋くらいだ。
大抵は妻が家で料理を作ったので、おれの気晴らしで妻を外食に誘った結果なのだろう。
そういえば妻は見かけによらず血のソーセージを好む。
ドイツ料理店のメニューにあり、興味本位で頼んだのが最初だ。
それ以来、偉く気に入る。
名称はブルートヴルスト。
もちろん意味は血のソーセージだ。
中世ヨーロッパでは屠殺をした日の祝祭の御馳走として作られることが多かったらしい。
特にドイツではシュラハトプラッテやヴェストファーレンのパンハースが有名だが、血のソーセージを用いた屠殺日用の祝祭料理が生まれ、現在でも伝統料理として受け継がれている。
血液を主原料とするため、鉄分などのミネラルやビタミンが豊富だ。
だから鉄分が不足しやすい女性には似合ったソーセージかもしれない。
血と一緒に具として用いる材料により栄養素が異なり、内臓を使う場合はミネラルやビタミンがさらに豊富に、脂身を使う場合は脂肪を多く摂取できる。
が、昼から、おれは血のソーセージを食う気になれない。
「ああ、ここだ」
記憶を頼りに、おれが二件目の蕎麦屋を見つける。
引き戸を開けると手前に三人座れるスペースがある。
「いらっしゃい」
すかさず店員からハキハキとした声が飛ぶ。
それで、おれたち三人が席に座ると店の女将らしい老年の女性が注文を取りに来る。
おれたち三人の男女の組み合わせに不信を抱かないようだ。
が、おれには、おれたち三人組が他人の目にどう見えているのか気にかかる。
「鴨南蛮」
「冷やしとろろ蕎麦」
「天せいろ」
佐知、おれ、妻モドキが、それぞれの蕎麦を注文する。
「佐知、いや、霧島さんは熱い蕎麦が好きなのか」
慌てて名前を言い直しながら、おれが佐知に問うと、
「そういうこともないけど、気分で……」
という佐知の返事。
その後は三人で会話もなく、それぞれに暇を潰しながら蕎麦が出てくるのを待つ。
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