24 休
アヒージョはスペイン語で『ニンニク風味』を表わす言葉で、オリーブオイルとニンニクで煮込むマドリード以南の代表的な小皿料理の一つらしい。
日本では『アヒージョ』と表記されるが、正しくは『アル・アヒージョ』という。
素材は魚介類を中心に、海老、牡蠣、イワシ、タラ、エスカルゴ、マッシュルーム、チキン、砂肝、野菜など多種多様で、熱が通った具材をそのまま食す、またはバゲットやチュロスをオリーブオイルに浸して食べるのが一般的なようだ。
材料は、オリーブオイル、大蒜、鷹の爪、塩、シェリー酒、素材(白子)など。
キノコやブロッコリー、アスパラガスなどの野菜を加える場合もあるが、妻の白子のアヒージョは白子だけだ。
作り方は簡単で、まず下拵えとして、大蒜をスライス、または微塵切りにする。
素材が大きければ、食べやすい大きさに切り分ける。
フライパン(本来はカスエラという料理鍋を使うが……)にオリーブオイル、大蒜、鷹の爪、塩を入れ、火にかける。
大蒜が色づいてきたら素材を入れる。
素材の表裏に軽く焦げ目をつけ、シェリー酒を加える。
仕上げに醤油を好みで垂らす。
日本風のアレンジだ。
主皿は白子のアヒージョだが、妻はそれに温野菜プラス茸として、ニンジン、アスパラガス、ジャガイモ、舞茸などを付け合わせ、ご飯はタイ米を用いたサフランライスとする。
アヒージョにオリーブオイルを使うから、バターは香り付け程度にしか用いない。
特に難しい料理ではないが、それだけに料理人の腕がモノを言うかもしれない。
佐知は妻モドキからアスパラガスの根元処理などを習う度、心から関心した様子で首肯いている。
妻モドキがおれの本当の妻なら愛人と妻との恐怖図だが、不器用な妹に料理を教える姉のようにも見える。
光景自体は微笑ましいが、おれの心の闇は消えそうにない。
「さあ、どうぞ……」
やがて料理が出来上がり、妻モドキが食卓におれを呼ぶ。
「けっこう時間がかかったな」
「一人でお料理するのとは勝手が違いますから……」
「あたしが足を引っ張ってばかりだから……」
「確かにどの野菜を誰が切ったか一目瞭然だ」
「ほとんど初めての料理なのに文句を言っては可哀想よ」
「いや、文句じゃないが……」
「とにかくいただきましょう」
最後に妻モドキが締め括り、生(な)さぬ仲の男女三人が昼食を始める。
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
三人がそれぞれの皿に手を伸ばす。
「あっ、美味しい」
最初に料理に反応したのは佐知だ。
「あたしが参加してもマトモな味になるのね。サフランライスも良い具合……」
「うん、確かに上手い」
おれも料理に反応する。
「で、判定は……」
すかさず妻モドキがおれに尋ねる。
「まだわからないよ」
「情けないわね」
「妻のアヒージョに似ているような気もするが、微妙に違うか」
「それって、あたしが塩とかを入れたからかな」
「入れる塩梅は習ったんだろ」
「それはもちろん。あと炒め時間の違いもあるし……」
「素材の大きさが変われば、微妙に時間も変わるだろう」
「それでも最終的に同じ味にするのが料理人なのよ」
妻モドキが、ここでも一旦話を締め括る。
「まあ、あたしは料理人じゃなくて役者だけどね」
「役者に限らず、普通の女ならば、アヒージョくらい作れるのか」
「レシピはネットにいくらでもあるし、作る気になればできるでしょ」
「あたしの高校にも料理が上手いヤンキーがいたわよ。まあ、喧嘩も強かったけど……」
「そのヤンキーの旦那になる奴は大変そうだな」
「もう結婚してるけど、結婚する前にヤンキーを卒業してたわよ」
どうでもいいような四方山話に花が咲く。
食事が終わるまで、ずっとそんな感じで、
「食後の紅茶は、あなたにお任せするわ」
妻モドキがまるでおれの妻のように言い、おれが立ち上がる。
結局、料理の判定は、よくわからない、だ。
同じ素材で誰が作っても似たような味になるような気もする。
鷹の爪のピリッとした辛さが妻のアヒージョより強かった気もするが、鷹の爪を白子と一緒に食べれば当然そうなるわけで違うとも言い切れない。
温野菜や、サフランライスの判定も、よくわからない、となる。
情けないようだが、事実だから仕方がない。
だから妻モドキが、妻か、モドキか、の判定も先送り。
おれは銅製のケトルでお湯を沸かし、紅茶のブレンドを考える。
一般的とは言えないが、ダージリン・ファーストフラッシュ(香りを強く)にキャンディ(水色を濃く)を混ぜ、それにウバを加えて香りを変える。
日本茶の場合、湯を沸かすのは鉄瓶だが、紅茶の場合、鉄分が入ったお湯で紅茶を淹れると紅茶のタンニンと鉄が結合し、紅茶の色が黒ずむ……という理由で使用しない。
また味も変化するので鉄瓶は避ける。
素早くお湯が沸いたところで、ガラス性の抽出用ポッドに茶葉を入れる。
ついで湯を入れ、ジャンピングを愉しむ。
最後にウェッジウッド・リータイプのカップに紅茶を移す。
ウェッジウッドのリータイプは通常コーヒー用の究極カップだと言われるが、実は紅茶も美味くなるのだ。
「さあ、どうぞ……」
おれの給仕に、
「ああ、いい香り……」
佐知が、まるで子犬のように小さな鼻をクンクンとさせる。
妻モドキの方も、
「さすが、プロ級ですね」
と素直に香りを愉しんでいる。
細やか休息の一時だ。
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