25 訪

 綺麗なものだな……。

 数年前に建て替えられた大学の校舎を見て、おれが思う。

 エントランス前面は総ガラス張りで、都心の商社か、あるいはホテルを思わせる。

 その横はミニ庭園になっており、程好く手入れされた松が疎らに植えてある。

 松の配置は芸術的だ。

「昨日に引き続いてお時間を頂き、申し訳ありません」

 おれの左隣で葉山が言う。

「構いせんよ。わたし一人では来る機会のない場所ですから……」

 葉山からの連絡が昨日夜半にある。

 翌日の日曜日に付き合ってくれと頼まれる。

『どこに連れて行く気ですか……』

 おれが問うと 

『高橋淳也さんの所です』

 という返事。

『だったら、わたしではなく、妻を連れて行けばいいでしょう』

『いずれ、そういう機会があるかもしれません』

 葉山の胸の内は、おれには読めない。

「高橋さんは休日、大学にいるんですか」

 葉山と二人、エントランスに向かいながら、おれが訊ねる。

「高橋淳也さんのご職業は高校教師ですが、T大学の研究室にも通っておられる」

「高校の先生とかけ持ちでは大変でしょうね」

「今は少し余裕があるので土曜日の夜から大学にいるというお話でした」

 葉山が警備員に警察手帳を見せ、用件を告げる。

 年寄りの警備員が高橋の所属する篠崎研究室に問い合わせ、おれと葉山の訪問予約を確認する。

 すぐに確認が取れたらしく、

「奥のエレベーターで十三階まで上がり、左の奥の方です」 

 警備員が葉山に研究室への道順を教え、頭を下げる。

 葉山とおれも警備員に頭を下げる。

 それから暫し無言でエレベーターまで……。

 学生の姿が見えないと大学とは思えない。

 葉山と二人でエレベーターに乗ると三階で止まり、女学生らしい二人が乗り込んでくる。

 見るとはなしにおれと葉山を盗み見る。

 どちらも無言だ。

 女学生たちは葉山を刑事と見抜いただろうか。

 その場合、おれも刑事と疑っただろうか。

 女学生二人が九階で降り、葉山とおれがまたと二人きりになる。

 最近の学生は休日には大学に来ないのだろうか。

 素朴な疑問が、おれの頭に浮かぶ。

「静かですね」

 おれの考えを読んだかのように葉山が口を開く。

「そうですね」

 そのとき、おれの心には種々の言葉が浮かぶが口にしない。

「高橋淳也さんにお会いになるのは愉しみですか」

「事前情報は仕入れましたよ」

「奥さまから……」

「妻がわたしと結婚したのは高橋さんがきっかけのようです」

「複雑ですな」

「いや、世間には良くある話じゃないですか。心当たりのあるそれぞれが口を閉ざしているだけで……」

 チン。

 到着チャイムが鳴り、エレベーターが十三階に着いたことを報せる。

「この階は数学科の階なのかな」

 葉山が言い、おれの顔を見る。

「さあ、わたしにはわかりませんよ」

 十三階通路の左右に並んだ幾つもの研究室には教授の名前しか示されていない。

 解析幾何学とかジーゲル・モジュラー形式とでも記載されていれば数学科の階ということが一目でわかるのだが……。

「ありました、ここです」

 高橋が所属するのは篠崎研究室という特殊関数の部屋だ。

 教授の名前は篠崎真司という。

 葉山がドアノブに手をかけ、部屋に入ろうとすると、

「あっ、済みません」

 学生らしい若い男が中から一人飛び出してくる。

 それを避けると、

「どうも済みません」

「ごめんなさい」

 男女二人の学生が相次いで篠崎研究室から外に出る。

「まるで人払いをしているようですな」

 不審な表情を受かべ、葉山が呟く。

「まあ、入ってみればわかるでしょう。失礼します」

 葉山がドアを大きく開け、部屋の奥に声をかける。

 髪に白いものが混ざった痩せた男がゆっくりとこちらを向く。

「高橋淳也さんですね」

 葉山が問うと、

「葉山さんですね。お待ちしておりました」

 柔和な笑顔を浮かべ、高橋が答える。

「で、そちらは……」

「山下さんです。高橋さんは山下さんのお顔を見られても驚かれませんな」

「旧姓、合間(あいま)くんから結婚式の写真を送られています」

「高橋さんが山下さんと実際にお会いになられるのは本日が初めてですね」

「そうです」

「一方的に山下さんの後を付けられたことは……」

「ありません」

「山下さんの家に取り付けられたある防犯カメラに高橋さんらしき人影が映っていましたが……」

「そうですか」

「ご記憶はないと……」

「その場所は何処ですか。……ええと、それより先に、まず、お座りになりませんか」

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