22 写
「また来たよ。脅迫状……」
リビングルームに戻ったおれが佐知と妻モドキに静かに告げる。
「いや、もう脅迫状ではないか」
おれが佐知と妻モドキに封書を見せると妻モドキが鋏を持ってやってくる。
いつの間に鋏を仕舞った抽斗を覚えたのだろうか。
おれの心を疑念が過る。
やはり妻モドキは、本当はおれの妻ではなのだろうか。
が、そうだとすると何故、こんな面倒臭い真似を……。
おれが妻モドキ(仮)を疑いながら封書の隅を切り始める。
中に入っていたのはメモリーカードだ。
おれは近くのテーブルに放置してあった自分のスマホを持って来るとメモリーカードを入れ替える。
この形で送ってくるなら写真だろうとアタリをつけ、アプリケーションを立ち上げる。
おれの勘は当たり、スマホ画面に写真が浮き上がる。
「何だ、これは……」
おれには意味が分からない。
誘拐犯からおれ宛に送られた十葉程の写真には、おれらしき男が妻らしき女に薬を勧め、妻らしき女がそれを飲み、その後苦悶の表情を浮かべ、キッチンの床に倒れ、やがて断末魔の鬼のような形相で息絶えるまでの様子が一定の間隔で写されている、
つまり、おれの妻殺人現場写真だ。
「これ、いったい、どういうこと……」
おれのスマホを覗き込んだ途端、ギョッ、とした口調で佐知が問う。
妻モドキも写真を見、顔色を変えるがコメントはない。
「さあ……」
おれが答える。
「さっぱり意味がわからない」
「写真についてメッセージはないの。……っていうか、課長さんが奥さんを殺したの。実は課長さんが奥さん殺しの真犯人で……」
おれの隣で佐知が騒々しく喚くので、おれは慌ててエディタを立ち上げ、ファイルの束をスクロールする。
その中で、それらしいタイトルを探すと、
『お写真について』
というファイルが見つかる。
ファイルを呼び出すと、
『大変な苦労しましたが、山下さまの殺人現場写真を入手しました。オリジナルは大切に保管しております。なお、この件については、いずれご連絡を差し上げる所存です。』
という文章だ。
おれが佐知と妻モドキに文章を読ませ、暫くするとファイルが壊れる。
時限装置が仕掛けてあったらしい。
慌ててファイルの束をスクロールするが、『お写真について』というタイトルは見つからない。
代わりに連続写真の方は消えていない。
誘拐犯の意図が、おれにはさっぱりわからない。
「イカサマだろう」
おれが呟く。
「おれが誘拐犯のことを警察に知らせないための安全弁だ」
「でも少し本物っぽいわよ」
佐知が言うので、
「そんなわけないだろう」
おれが声を荒(あらら)げる。
おれの傍らで落ち着いた表情を浮かべている妻モドキを見つめ、
「写真の妻もきみなんだろう。おれの役までいたとは知らなかったが……」
「いえ、あたしじゃないわ」
妻モドキがすぐに、おれの推理を否定する。
「もっと良く写真を見せてくれない」
妻モドキが、おれの手からスマホを奪う。
シゲシゲと複葉の写真を眺めた末、
「角度からいって、この写真、窓の外から撮られたものじゃないかしら……」
と結論付ける。
そんな妻モドキの言葉に、おれがハッとする。
「とにかく行ってみましょう」
妻モドキと佐知とおれの三人がリビングルームを抜け、キッチンに入る。
辺りを見まわせば、確かに窓が目に入る。
ついで同じ三人で玄関を出、確認したばかりのキッチン窓の外側に向かう。
窓の中を覗き込めば写真の角度だ。
「もしかして山下さん、多重人格者じゃないの……」
妻モドキが不意におれの顔を見上げ、ポツリと言う。
「時々テレビのサスペンス・モノに出てくるような」
「冗談じゃない」
おれは否定するが、
「情けない性格の山下さんの記憶には存在しないのよ」
妻モドキは自説を曲げない。
「それにしても誰が写真を撮ったのかしら……」
右手の人差し指を口許に寄せ、誰にともなく佐知が問う。
「山下さんじゃないことだけは確かね」
すると当然のことを妻モドキが重々しく言う。
「SFみたいに山下さんの身体が二つにでも分かれない限り……」
ついでに、そんなことを付け加えるので、
「おいおい、止めてくれよ」
自分で聞いても情けない声で、おれが妻モドキの発言を否定する。
「だけど課長さん、まったく覚えがないんでしょ」
ついに佐知までが、おれを疑い始める。
「そもそも、おれは不器用だろ。あんな大きさのカプセルに上手く毒を入れられるわけがないじゃないか」
思いついた事実で、おれが自分を庇おうとすると、
「だけど、もう一人の人格の方の山下さんは器用なのかもしれないわよ」
腕組みをしつつ妻モドキが指摘する。
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