20 謎
「あの人、いったい何をしに、ここまで来たのかしらね」
妻モドキがいなくなった途端、佐知がおれにボヤく。
「さあ、おれにもわからんよ」
実際にそうだったので、考えなく、おれが答える。
「それに偽物さん、どうしてあんなことまで知ってるの。あたし、初めて聞いて驚いたわよ」
「それも、おれにはわからんね」
諦めたように、おれが佐知に答える。
「そこまで他人の家のことを調査できるのかしら。警察でもあるまいし……」
「なるほど警察か」
佐知の言葉に、おれの脳髄がピンと弾ける。
「警察が仕組んだ芝居なら誘拐なんて簡単だな」
「えっ、どういうこと」
「葉山が誘拐犯のボスかもしれないってことだよ」
「まさか、刑事が……」
「もちろん葉山じゃないかもしれないが、ウチの事情を知れば、誘拐事件を起こして金を巻き上げようと思うかもしれないだろう。安全な現金があるわけだし……」
「だけど、その場合……」
「そう、妻がグルの方が都合が良いだろうな」
監視カメラのモニターに映る妻モドキの姿を見ながら、おれが言う。
「もちろん妻が無関係でも計画は実行できるが……」
「リスクが高くなる……」
「普通はね」
「だから奥さんが戻って来たの」
「さあ、どうだろう」
「本物なのに偽物として……」
「いや、妻は本当に死んでいるかもしれない」
「もしかして、あの刑事に殺されて……」
「窃盗と殺人じゃ罰の重さが違うから、殺したとすれば仲間割れか、事故だろうな。最初の計画にはないはずだ」
「怖いわ」
けれどもモニターで見る限り、葉山と妻モドキ(または妻)の遣り取りに不審な点は見受けられない。
「自然体だな」
「あたしたちが見ていると知って、お芝居をしているのよ」
「だが、おれには妻も葉山も役者には見えない。仮に役者だとすれば上手過ぎる」
「ああもう、どういうことなの。わけがわからない」
「おれだって、わけがわからないよ」
「でも課長さんの奥さんは、課長さんの奥さんでしょ。最初はすぐに別人と気づいたって言ったじゃない」
「確かに、あのときはそう思ったけど、自信がなくなった」
「情けない課長さんね」
「すまん」
「ところで奥さんか、あるいは偽物さん、そろそろ戻って来るはずよ」
「そうだな」
佐知が指摘し、暫くすると玄関ドアが開く音が聞こえる。
その後リビングルームの扉が開き、部屋に顔を覗かせた妻モドキ(仮)が、
「まあ、二人で何を相談していたんでしょうね」
と愉しそうに口にする。
だから、おれは単刀直入に、
「まさか、きみはおれの本当の妻なのか」
と問いかける。
「……」
直後、妻モドキ(仮)は無言だ。
突然のおれの質問に呆気に取られたのかもしれない。
が、暫くすると大声で笑いだし、
「イヤだわ。あなた、自分の奥さんことも見分けられないの」
と、おれに指摘し、笑い続ける。
「情けない人……」
だから、おれが悔し紛れに、
「田舎では同居していた妻の妹を妻だと間違えたって話を良く聞くよ」
と言えば、
「だけど、そんなの昔の話でしょ」
と妻モドキが切り返す。
「女は化粧で化けるからな」
「大学生の頃、あなたの奥さんは化粧っ気がなかったでしょう」
「それも、きみたちが調べたのか」
「インターネットが普及して写真や情報が大量に残る今の時代、大抵のことが調べられるのよ」
「保険の話まで……」
「多くの保険勧誘員は口が軽いのよ。それは営業職でも一緒でしょ」
「ああ、電車の中でも秘密を喋る奴は喋り捲る」
「それに保険会社の支店ならハッキングも楽だし……」
「きみたちの目的は何なんだ」
「身代金の入手と警察の捜査妨害……」
「きみが家に戻って来たことで事件を終わりにしたいんだな」
「誘拐殺人と単なる窃盗では罪の重さが違うから……」
「だから死体が出てはマズいと……」
「でも、奥さんを殺したのはあなたでしょ」
「おれはやっていない」
おれの脳裡に妻の死に顔が想い浮かぶ。
おれは妻を殺していないが、あの妻の顔は殺された人間のモノだ。
仮に演技だとすればアカデミー賞級だろう。
……と、そこでおれはあることに気づく。
この女は自分で役者だ、と言っていなかったか。
「おい、もしかして、あのときキッチンで死んでいたのはきみなのか」
「何のことかしら」
「役者なら、それくらいはできるよな」
「だって、あの人たちは、あなたの奥さんがキッチンで死んでいたのを知らなかったのよ。あたしが雇われたのは奥さんの死後だわ」
「口では何とでも言えるさ」
「ならば一度、同じベッドで寝てみればいいんじゃない」
不意に佐知がおれと妻モドキに向かって叫ぶ。
「いくらなんでも、それならば課長さんにだって奥さんが本物かどうかわかるでしょ」
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