15 対
ピンポーン。
門扉のチャイムが聞こえてくる。
まったく、本当に来たのか、とおれが思う。
あの日、おれは佐知を諭す。
表面上は目立たないが、警察は誘拐事件解決を諦めたわけではない。
だからわざわざ、警察の目につくような真似をしない方が良い、と……。
「大丈夫よ。奥さんの友だちってことにすればいいんだから」
「無茶だろ。いつ佐知が妻の友だちになったんだよ」
「社員旅行のときに知り合ったとでもすればいいじゃない」
「強引だな。あのとき佐知は妻を見たのか」
「課長さんに関心がなかったから、見たとしても憶えてないわよ」
ピンポーン。
二度目のチャイムが聞こえてくる。
そろそろ出て行かないと、佐知がキレるかもしれない。
だから、おれは玄関を出て門扉に向かう。
それを妻モドキが関心のない目でソファから眺めている。
昨夜、妻モドキには話したのだ。
いきなり妻モドキが佐知と会い、妙な化学反応が起こらないように……。
『明日、知り合いの社員が訪ねて来る可能性があるんだ』
と、おれが妻モドキに説明する。
妻モドキは余計な詮索をしなかったが、
『出迎えはあなたがやってね』
とだけ、おれに注文する。
妻モドキの注文を受け、家の通例に反し、妻(モドキ)ではなく、おれ自身が門扉に向かった理由だ。
朝の九時/空は快晴/雲一つない。
が、おれには暗雲が垂れ込めているように感じられる。
妻モドキと佐知の間に一悶着あるのは当然だ。
が、それ以上の悶着にはなって欲しくない。
心から、そう願うしかない。
『ところで、あなたのお客さんが来たとき、あたしも同席した方が良いのかしら』
昨夜の話の続きで妻モドキがおれに問う。
『いなくていいよ。おれの知り合いだから……』
当然のように、おれが答える。
できることなら妻モドキには佐知が来る時間には外出して貰いたい。
外出してくれれば、佐知との対決を先延ばしできるからだ。
が、妻モドキを外出させる上手い口実が見つからず、おれが言いそびれていると
『じゃ、同席することにするわね』
と妻モドキがおれに答える。
だから、おれが焦りつつ、
「いや、いなくていいって……」
と言葉を重ねるが、
『あなたがその人とあたしを追い出す算段をするかもしれないじゃない。だったら邪魔をしないと……」
と取り合わない。
それが昨夜十時頃の出来事で、その後進展なく現在に至る。
「おはようございます、課長さん」
門扉の向こうで佐知が言う。
「広い庭まであって立派なお家ね。噂通りだわ」
「なあ、今からでも帰らないか」
「何よ、せっかく来たのに……」
「だってさ」
「いいから通してよ」
「これから食事に行こう」
「いくらなんでも、お昼ご飯には早いわよ。それにあたし、土日は昼抜き」
「……」
「さあ、課長さん、早く案内して……」
予想はしていたが佐知に寄り切られ、おれは自宅に佐知を迎える。
リビングルームに入ると妻が監視カメラのモニターに蓋をしている。
「いったい何をやってるんだ」
おれが妻モドキに言うと、
「だって、気になるでしょう」
と言う返事。
ついで佐知をマジマジと見つめ、
「女の人だったのね」
と呟く。
「昨日は、お客さんとしか言わなかったけど……」
特に不機嫌でもない口調で妻モドキが言葉を続ける。
ついで佐知に一歩近づき、
「こんにちは……。あなた、山下の部下ですってね」
妻モドキがおれの妻のフリをして佐知に挨拶すると、
「はい。それから課長さんの愛人でもあります」
と佐知がとんでもないことを口にする。
「おい、霧島くん。冗談は止めて……」
慌てて、おれが取り成そうとすると、
「課長さんは黙っていてください。あたしに用があるのは、この人の方ですから……」
佐知が冷たい声で、おれに言い放つ。
ついで妻モドキの目をじっと見据え、
「あたし、課長さんから全部聞いていますから……。あなたが奥さんの偽物であることも……」
佐知が言いつつ、妻モドキを睨みつける。
一歩一歩、妻モドキに近づいていく。
「課長さんと別れてください。……というか本物の奥さんのフリをしたまま離婚してください」
「霧島さんって言ったっけ、あなた、面白いわね」
何故か余裕綽々で妻モドキが佐知に言う。
「離婚は厭よ。あたしのこの家での生活はまだ始まったばかりだし、それに誘拐事件の後、すぐに離婚じゃ、何かと怪しまれるわ」
「ならば三月くらいは待っても良いです」
「あなた、名前は……」
「佐知です。補佐の佐に、知るの知……」
「霧島佐知さんか。あなたは豪儀を愛しているのね」
「何ですか、その言い方は……。偽物の奥さんのくせに、本物の奥さんのようなことを言って……」
「厭よ」
「えっ」
「離婚はしないわ」
「それなら単に出て行ってください」
「それも厭よ」
「それなりのお金は渡しますから、それで納得してください。お願いします」
「だって、あたしが出て行かないのは、お金の問題じゃないから」
「それなら何の問題ですか」
「実はさ、あたしも、この人を好きになっちゃんたんだよね」
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