14 談

「それで奥さんの偽物を受け入れたわけ……。アッキレタ……」

 久し振りに訪れた佐知のアパートで佐知がおれに激しく詰め寄る。

 誘拐事件が終わり(警察にとっては犯人が捕まらないのでまだ終わっていないが……)、機会を見て会社で声をかけ、アパートを訪れたのだ。

 スマホで連絡をするのは、まだマズい。

 暫くは警察が調べる可能性があるからだ。

 都会の雑踏の中で通話ができないのは不便だが、幸い佐知は同じ会社の社員だ。

 だから、どうにかなるので助かる。

「それなら手紙っていう古臭い手もあるわよ」 

 会社で簡単に事情を話すと佐知が言う。

「そういうのもロマンチックだわ」

 けれどもアパートを訪れ、誘拐事件の詳細を話すと目の色を変える。

「バッカじゃないの」

 まあ、当然の反応か。

「お人好しと言うか、最大レベルのバカ……」

「しかしバレれば、おれが捕まる」

「だって冤罪じゃない」

「刑事訴訟は必ず有罪になるように証拠が集められるんだよ。痴漢冤罪の例を見たって、わかるだろう」

「えっ、そういうものなの……」

「おれの友人に弁護士がいてさ、酒の肴に聞いたんだ」

「ふうん。でも、その奥さんそっくりな人、ご近所にはバレないわけ」

「それが本当に妻そっくりなんだ」

「でも課長さんには、わかるのね」

「いくら似てても、さすがにね」

「ところで夜の生活はどうしてるの」

「そんなのあるわけないだろ。偽夫婦なんだ。当然、部屋は別だよ。まったく交渉はない」

「本当に……」

「佐知は疑うのか」

「手とか肩とかも触ったりしない」

「人の目がないときは、できるだけ近寄らないようにしているよ」

「何だか信じられないな」

「違う女で満足していれば、ここには来ないだろう」

「まあ、そうか」

「だろ……」

「それに課長さん、強くないから、一晩に二人は無理だしね」

「いきなり男を傷つけることを言うなよ」

「だって本当のことじゃない。あたしとだって二回戦、滅多にないくせに……」

「悪かったな」

「でも簡単に信じられないわよ」

「おれだって未だに信じられないよ」

「本当に警察を騙せているのかしら……」

「今のところ、指紋を取るなどの要請は受けていないようだ。実は退院の翌日、妻モドキは警察に事情聴取されているんよ。まあ、誘拐事件の当事者だから当然だが……」

「綱渡りね」

「しかし妻モドキによれば、そうでもないようだ」

「……」

「昨晩、妻モドキに指紋付きの手袋を見せられたよ」

「指紋付きの手袋、って……」

「色も肌色で、遠目にはわからないってさ」

「それも誘拐犯の用意したモノなの……」

「妻モドキはそう言うが……」

「ずいぶんと器用なのね」

「その力量をマトモなところで生かして彼奴らは起業すればいいんだよ」

「課長さんは不器用だから起業は無理ね」

「一々突っかかるな」

「今度、その女に会いに行くから……」

「えっ」

「離婚するように話を持っていくのが、お互いのためになるって説得するのよ」

「どういうことだ」

「つまり課長さんは奥さんを愛していないし、その女も愛していないでしょ」

「当然だ」

「だったら本物の奥さんのフリをさせたまま、課長さんが、その女と離婚すれば早いじゃない。慰謝料を適当に与えて……」

「だがそれじゃ、おれに残る金が減る」

「あたしが手に入るんだからいいでしょ」

「いや、それにしても……」

「課長さんの家も、奥さんの実家の豪邸もあるじゃない」

「それがさ、これまで妻が行っていたから気づかなかったけど、調べてみると固定資産税がバカにならないんだ」

「そうなの」

「評価額の一・四パーセントだから一億としても百四十万になる」

「大した額じゃないじゃない」

「家屋も評価されるから結構な額だよ」

「家賃で相殺されないの」

「まあ、少しは益があるが……」

「国はハイエナだわ」

「まったくだ。だから佐知を奥さんにしても贅沢はできない」

「それでも今よりはマシでしょ」

「おれは自分も心配なんだ。贅沢に慣れると元に戻れない、とも言うし……」

「ならば全部を売り払っちゃえばいいのよ」

「全部を売るって……」

「どうせ泡銭じゃない。課長さんの結婚に伴って偶々手に入った。だからパーッと使って無一文になるもの面白いかもね」

「佐知は豪儀だな。おれの名前をやりたいくらいだ」

「わたしが欲しいのは課長さんの名前じゃなくて課長さん本人よ」

「嬉しいことを言ってくれるじゃないか」

「で、今度の土曜日でもいい」

「何がだよ」

「もう、本当に課長さんは話がし難いわね。今の話の流れから言えば、課長さんの家を訪ねる日に決まってるじゃないの」

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