10 複

 時間の猶予が切れる刻限、警察関係者が、あっ、と驚く。

 いきなり現れたドローンがトランシーバーをおれに届けたからだ。

 庭の小さな池の横にトランシーバーを素早く置くとドローンが去る。

 バレバレに身を隠しながら警察関係者がドローンを追う。

 ……と、それが四つに分かれる。

 ついで、まったく別々の方向に飛んでいく。

「クソッ」

 葉山は悔しがるが、ドローンは逃げ去る。

「応援を頼み、全機を追え……」

 葉山の命令に部下が大声で従う。

「で、犯人は何と……」

 一時電源を切ったトランシーバーを手にしたおれの元に戻り、葉山が犯人からの命令を訊ねる。

「車に乗り、三十分でS塵焼却所まで来い、と……。それに間に合わなければ妻を殺す、と……」

「わかりました。一刻の猶予もありません。早く出かけてください。それから、これを……

 と、葉山が部下から受け取ったピンマイクのようなモノをおれに渡すとトランシーバーが盛大に鳴る。

 警告音だ。

 慌てて、おれがトランシーバーの電源を入れると、

「盗聴器は無用に願います」

 とヘリウム声に指摘される。

 おれが身振りで葉山にそのことを伝えると、残念そうな顔で葉山が首肯く。

(とにかく出かけてください。時間がありません)

 葉山がゼスチャーで、おれに示す。

 時計を確認すると、すでに三分が過ぎ去っている。

 おれは急いでガレージにまわり、カーナビを設定……。

 すぐに車を発信させる。

 すると後部シートから、ぬっとボードが突き出てくる。

 それを、おれがバックミラーで確認する。

『刑事の青田と言います。葉山課長の部下です。わたしのことはお気になさらずに安全運転で現場に向かってください』

 片手で差し上げられたボードには、そう書いてある

 おれはぎょっとしたが、すぐに、そんなこともあるだろう、と気を落ち着かせる。

 これは誘拐事件なのだ。

 犯人への現金の引き渡しの最中なのだ。

 警察も黙って指を咥えているわけにはいかないだろう。

(これまでの行動からすると誘拐犯は頭が良さそうですから、くれぐれも気づかれないでくださいよ)

 おれはそう言いたい気持ちをグッと堪え、青田刑事のことを忘れる。

 実際には刑事の存在を肌にひしひしと感じていたが……。

 暫くし、誘拐犯から、

『トランシーバーを首から下げ、私どもの声は付随のレシーバーで聞くようにしてください』

 と指示される。

 ヘリウムで声を誤魔化しているが、その声自体が第三者に聞かれれば怪しいからだろう。

 渋滞もなく車は進み、指定の時間に遅れず、S塵焼却所の前まで辿り着く。

 が、誘拐犯からの次の指令はない。

 ……と、いきなり大型トラックが道の向こうから現れる。

 二トン車どころではない大きさだ。

 まるで、おれの車を見張っているはずの警察の目から車を隠すようではないか。

 おれがそう考えていると、

『路肩に車を止め、リュックサックを背負い、大型トラックに向かってください』

 ヘリウム声が淡々と言う。

 おれは路肩に車を止め、リュックサックを背負い、ノロノロと動いている大型トラックに速足で向かう。

 すると運転席から覗いた腕がおれに、荷台に向かえ、と指図をする。

『リアドア(後ろのドア)から大型トラックに乗って下さい』

 その後、リアドアから差し出された手に引き上げられるように、おれが大型トラックに乗り込む。

 そこには数台のバイクがある。

『山下さまは運転手だけが乗っている一台のバイクにお乗りください。ただし、その前に警察から渡されたリュックサックを私どもが用意したリュックサックと交換してください』

 なるほど、そういうことか。

 そこまで来て、さすがのおれにも、やっと誘拐犯の意図が見える。

 他の六台のバイクにはすべて二人の人間が乗っており、運転者ではない方の男全員がリュックサックを背負っていたのだ。

『ではゲームを始めます』

 ヘリウム声の言葉とともに大型トラックがスピードを上げる。

 あのときのおれは知る由もないが、無人運転だ。

 おそらく遠巻きに様子を窺っていた警察関係者も大型トラックの後を追い始めただろう。

 ついで頃合いを見計らったように大型トラックのリアドアが開き、同型同色の七台のバイクが飛ぶように道路に落ちる。

 僅かな時間だけ七台のバイクは同じ軌跡を描くが、すぐにバラバラの方向に散る。

 上司からの指示があるのか、覆面パトカーのサイレンは鳴らない。

 が、すぐさま各方面に散ったバイクを追いかけ始める。

 けれども数が足りない。

 当然、葉山は応援を頼んだだろうが、間に合うのか。

 それにしても、車のバックシートに隠れていた青田刑事は何処へ行ったのか。

 状況からして、すぐにはおれの車から出られないだろう。

 だから、まだそこにいるしかないか。

 おれが乗ったバイクの運転手は相当腕が良いようで、すでに大通りを外れ、路地を高速で飛ばしている。

 バイクに乗るときに渡されたヘルメットはしているものの、最初、おれは気が気ではない。

 いつバイクが転び、何かや誰かと接触するのではないかとヒヤヒヤのし通しだ。

 が、それも杞憂に終わり、人気のない公園前でバイクが静かに止まる。

 周りを見まわしても警察はおろか、人っ子一人いない。

『リュックサックとトランシーバーをライダーに渡してください』

 トランシーバーからヘリウム声が言い、おれがその指示に従う。

 次の瞬間、風が去るようにバイクとライダーと二億円入りリュックサック(とトランシーバー)がおれの許を去る。

 おれは、その後姿を呆然と見送るだけだ。

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