8 触

 ピンポーン。

 おれが葉山の目付きに怖気をふるっていると門扉で呼び鈴が鳴る。

「こんなに朝早く誰か訪ねて来る予定でも……」

 葉山がおれに問い、おれが首を横に振る。

「この家に入るとき、監視カメラを見ましたが……」

 再び葉山が問い、

「監視カメラはありますが、わたしには使い方がわかりません。妻任せにしていたので……」

 おれがそう答えると、

「下島、頼む……」

 葉山が仲間の一人を呼び、監視カメラの映像を出力させるように命じる。

「たぶん、モニターはこれでしょう」

 下島と呼ばれた背の高い男がキッチンの壁に張り付く白く薄い箱を指さす。

 おれはずっと気にしていなかったが、不意に記憶が蘇る。

 妻に説明されたのだ。

『モニターが剥き出しでは、お客さまがいらしたときにみっともないでしょ』

 と妻が蓋付きの製品を選んだことを……。

 そういえば寝室にも同じ白い箱がある。

 一度も使ったことはないが……。

「過去数日間の監視カメラ映像は後ほど分析させていただきます」

 おれの顔を見て葉山が言う。

 下島が計器をいじり、モニターに訪問客の顔が映る。

 橘夫人だ。

「お知合いですか」

 葉山が訊くので、

「お向かいの住人ですよ」

 と、おれが答える。

「では仕方ありません。用心して出てください。ですが、何の用事でしょうか」

「それは、わたしにもわかりかねます」

 葉山に言い残し、おれが玄関ドアを出て門扉に向かう。

「今度は小包です」

 約一分後、橘夫人が迷惑そうに口にする。

「朝の散歩から帰ったらウチの郵便箱に入っていて……」

 おれが宛先を確認すると、確かにおれ宛てだ。

 裏を見ると差出人は妻で……。

「では渡しましたよ」

「二度も、ありがとうございます」

 が、橘夫人はすぐには引き返さず、

「……ところで今日は会社をお休みですか」

 不審な目でおれを見る。

「ええ、まだ決めていませんが、たぶん休むことになると思います」

 仕方がないので、おれが答える。

 出勤時刻にはまだあるが、この様子では会社を休まないわけにいかないだろう。

 ……とすれば、どこかで電話を入れないと。

 おれがそう考えつつキッチンに戻ると、

「犯人からのモノですか」

 さっそく葉山が訊いてくる。

「おそらくそうでしょう。昨夜、葉山さんたちが調べた封筒と宛名と差出人が同じです」

「なるほど。では、すぐに開けてください」

 葉山から手袋と鋏を差し出され、おれはまず手袋を嵌めてから鋏を持ち、小包を開けにかかる。

 茶色い包み紙の中から出て来たのはDVDだ。

「映してください」

「器械はリビングルームです」

 おれがそう言い、葉山たちを引き連れ、キッチンからリビングルームに移動する。

「そういえばキッチンにはテレビがありませんでしたね」

「妻が嫌いでしたから……。話をしながら摂る食事が美味しいのだそうです」

「なるほど」

 DVDをトレイに入れ、映像が映るのをじっと待つ。

 暫くして椅子に座らされた女の姿が現れる。

 後ろ手に縛られているが、どう見ても妻だ。

 けれども、そんなことが……。

『ご覧のように奥様はまだご無事です』

 三十秒ほど無音で妻の映像が流された後、声が言う。

 例のヘリウム声だ。

 あるいは警察に分析されることを案じた人工音声かもしれない。

『これから身代金の受け渡し方法を指示させていただきます。当然のことですが、控えのない一万円札でお願いします。……といっても、山下さまのタンス預金の二億円を用いれば良いだけのことですから至って簡単でしょう』

 ヘリウム声がそう告げ、葉山が不審な表情でおれを見る。

 が、何も言わない。

 DVDの途中だからだ。

『最初は三億円をご用意していただくつもりでした。しかし足が付いては元も子もありません。それで二億円にまけました。銀行の金庫の中に置かれている一億円パックのように一万円札を纏めてください。大きさは一億円当たり、横三十八センチメートル、縦三十二センチメートル、高さ十センチメートルとなるはずです。それを適当なリュックサックに詰めてください。お札だけで二十キログラムとなります。山下さまに、それを運んでいただきます。平均的な小学一年生と同じ重さです。軽くはありませんが、親戚のお子さまをおぶるのと同じことです。山下さまにできないことはありません。現金二億円入りのリュックサックご用意のため、これから一時間の猶予を差し上げます。その後、また私どもの方から連絡致します。くれぐれも警察には通報なさらないことをお勧めいたします。警察に話せば奥様の命はございません』

 それだけを告げ、映像が途切れる。

「岡崎、署に戻り、DVDを解析してくれ」

 DVDが終わると開口一番、葉山が言う。

 すぐに一人の男がおれの目の前に現れる。

 背は高くないがイケメンだ。

 葉山のような刑事臭はない。

「承知しました。では直ちに……」

 おれがトレイから引き出したDVDを、白手袋をした葉山が素早く奪い、岡崎に渡す。

「わたしはまだ貸すとも何とも言っていませんよ」

「それは済みませんでした、山下さん。DVDを証拠品として押収します」

「押収だなんて、まるでわたしが犯人のようじゃありませんか」

「では、お借りします」

 面倒臭そうに葉山がおれに言い直す。 

 そのときにはもう岡崎と呼ばれた男はリビングルームから外に出ている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る