第4話 偽王
「キヒヒヒヒヒ……フフッ、ヒハハハハハ」
うわー、いきなり刺されて倒れて、血まみれとか超ウケる。相手はフル装備の騎士で、こっちは丸腰の占い師? 間抜けー。
「なに……!」
甲冑の人、こっちを覗き込んで驚いてる。っていうか、驚いたときに「なにっ!?」って言う人ってほんとにいるんだ。マンガみたい。
とりあえず剣を抜いてみよう。意外とすんなり抜けた。銀色の剣が血で赤くなってる。これ、ボクの血か。
「よいしょ」
おお、さらに驚いてる。まあ刺した相手が仰向けの状態からいきなり立ち上がったらびっくりするよね、普通。
あーあ、服も真っ赤になっちゃったよ。あ、帽子を落としちゃった。
甲冑の人、すごい呆けた顔してる。
「ククッ、キヒヒヒヒ……」
面白すぎ。
「《道化師》……!」
「ヒハハハハハ! ィイーーハハハハハ‼︎」
ボクは道化師以外の何者にも見えないと思うけどな。こんな恰好だし。それともこの人も、《愚者》と同じくらい頭が悪いのかな?
「改めて言わなくても、ボクは見ての通り道化師だよ。……で、君は? 恰好からすると騎士っぽいけど、戦車とかも見えないし。いや、戦意もないただの占い師を一方的に刺し殺すなんて、騎士のすることじゃないよねー。誰なの? 君」
「……私は《王》だ」
「うん?」
甲冑の人はなんとか落ち着いて答えたけど、その答えが普通じゃない。
「ちょっとー、ふざけないでよ。ボクを差し置いてふざけるなんて許さないよ?」
ふざけるのは道化師の仕事だ。目の前でふざけられちゃ、営業妨害になる。
「む、ふざけてなどいない。私は《王》の力を得て――」
「じゃあ《王》じゃないじゃーん。ボク、本物の王も見たことあるんだよ。勝手に名乗っちゃダメダメ」
分かってるけどね。この人は王なんかじゃない。
「君は、カードの力を借りることができるカード遣いでしょ。ただの人間だよね」
ありゃ、黙っちゃった。
「ねーねー、何でか知らないけど、ボクが出てくる前にボクの存在を知ってたってことはさ、ボクがどういうモノなのかも知ってるんだよね? さっき、道化師に動かれちゃ困るって言ってたしさー」
この人、どこまで知ってるんだろう。というか、ボクのことを知ったうえでこんな襲い方するなんて、何考えてるのかな。
「ああ、私は確かに《王》ではない。だがその力は使える。現に、これは《王》のカードによるものだ」
「だろうね、見れば分かるよ。そしておそらく、王は王でも大アルカナのほうでしょ。見たところ剣士みたいだけど、《剣の王》みたいな一芸特化型でもなさそうだしー」
悔しそうな顔。この反応は図星だね。
「なぜそこまで断定する? 何か根拠でもあるのか」
ありゃりゃ? この人、ほんとにカード遣いなのかな?
「なんでって……そりゃボクが《道化師》だからに決まってるじゃーん。ボクはどこにも属さないんだよ。王さまの言うことだって聞く義務はない。つまりね、ボクには立場ってものがないんだよん」
また黙っちゃった。もしかしてよく分からなかったかな? わざと分からないように言ったんだけどさ。
「とにかく、この時点で君の手の内は半分くらい分かっちゃうんだよねー。どうする? 降参してみる? ねえねえ」
甲冑のカード遣いは、何かを決心したような顔をした。うわあ、ますますマンガじみてきた。
「その顔は、ボクと戦う決意ってこと? ボクを悪役として、正義の主人公として挑もうってわけ? それはどうかと思うなー。だってボク、《道化師》であって《悪魔》とか《死神》みたいな、いかにもな悪役じゃないんだもん。ほら、タロットって役割が全てじゃない? だから――」
――おっと、目の前にいきなり!
反射的に後ろに跳んで避けた。うーん、さっきまで距離は結構あったんだけどなあ。
「降参してみるか?」
これはちょっとまずいかも。ボクは帽子を頭から上にちょっと上げてみた。
「やーだよん」
そう言い終わる前に、また目の前に剣が。
そしてボクの体は――
破裂し、カード遣いの前から消えた。
次の瞬間には、ボクは倒れた甲冑の背中に着地していた。
「な、何をした……!」
足元で、カード遣いが尋ねた。
「何って……パフォーマンスだよ。道化の」
ボクは甲冑の人が向かってきたとき、帽子を頭から上げて、その中からアートバルーンを出した。それをボクの形に成形し、その間にジャンプしてカード遣いの真上からちょっと後ろあたりに移動。次の瞬間、そこから落下した。カード遣いがボクの形のバルーンを斬ると同時に、背中にドロップキックする形になった。
相手は時間を操るみたいだったから、時間を止める直前にバルーンを作ってジャンプしてみたってこと。
「あ、いいもの見っけ」
甲冑の腰に、金属製のカードケースがあった。
「デッキ拝見~」
このカード遣い、どんなデッキ使ってるのかな。大アルカナの王が甲冑着てるなんて、結構変わってるんだよね。たいていのデッキでは、王は豪華な服を着て冠かぶって王座にふんぞりかえってるものなんだけど。
「えー……何これ」
それはもう酷いデッキだった。
まず《魔術師》はアーサー王伝説のマーリン、《女教皇》はエジプト神話のイシス、《力》はギリシャ神話のヘラクレス、《悪魔》は聖書のルシファー……。全然統一されてない。
各分野でメジャーかつ強い存在をかき集めたって感じかな。
「変なの。それで、このデッキから欠けてる《王》が今の君なんだね」
甲冑の上もバランスが悪いんで、飛び退いてみた。甲冑のカード遣いは、すぐ立ち上がった。
「いかにも。私は王としてこのデッキを統べ、王のカードを纏っている」
「ほんとかなー。ボクにはそうは見えないなー」
怪訝な顔をしてくる。あともう少し。
「えーと、王ってのは王国のトップ、つまり全てを掌握してる人のことだよね。小アルカナの場合、杖なら杖の、剣なら剣の王国があって、クイーンとナイトとペイジは直属の部下、1から10までの数字はその国での大きな出来事――歴史に該当する」
「何の話だ」
「うーん、釈迦に説法――じゃないや、王に帝王学? 的な話になるけど、大アルカナの場合はそれよりも大きな概念を、デッキ世界全体を掌握してるはずなんだ。だけど、君のデッキはそうなってないんだよ」
カード遣いは剣の構えを解いた。うんうん、ボクの話を聞く気になってる。
「何を根拠にそんなことを言う? 私はこのデッキをずっと使ってきた。占いもカバラもこれを用いた。だからこそ、今の姿になっている」
「そうだね。でも占いなんてカードに慣れれば誰だってできるし、カバラも手順通りに儀式を行えば効果は出る。ボクが言いたいのはそういうことじゃないよー。大事なのは掌握。君はそれ以前に、理解さえできてない」
「な――」
今だ。
「君の王としての名前は――クロノス。ギリシャ神話では二番目の王だ」
ざわり、と甲冑が不自然に揺れる。形の維持が難しくなってきてるんだ。
「王であり時間の神であるクロノスなら、時間を止めてボクを攻撃することだってできる。確かに、ギリシャ神話では二番目の王だ。その存在はかなり強大だね。だけど、君のデッキは欲張りすぎだ。誰が作ったか知らないけど、そいつは無知で無謀だよ」
ガタガタと甲冑が振動してる。カード遣いはそのことに動揺しているみたい。
「クロノスがどうやって死んだか知ってる? 知ってたら、このデッキに文句を言ってただろうけどさ」
「クロノスの――最後……」
「クロノスはたくさんの神を生み出し、その子供たちの力を恐れて飲み込もうとした。だけど、最後に残った最強の神に討たれてしまうんだ……。キヒヒヒヒ」
総仕上げ、なんとか笑いを堪えないと。
「そう、クロノスの末息子でありギリシャ神話最強、最もメジャーな神の一人であり、何よりこのデッキ最強の《世界》のカード――ゼウスにね」
そのとき、閃光と轟音がカード遣いの脳天を貫いた。
「ィイーーハハハハハ!! 統一されていない世界観の王国なんて、支配できるわけないじゃん! 王なら世界さえもその手中に収めなきゃ! ヒハハハハハ!!」
カード遣いには聞こえていない。もはや甲冑は消え、意識もなくなっている。
死んではいない――はず。ゼウスは雷神だから、今のはまさに神鳴りなんだけど、物理的な電流が流れたわけじゃなくて、魔術的なものだから。カード遣いの術式が、自らの道具を支配できなかったことで崩壊しただけ。
カード遣いの体は消えた。大方、どこかのちゃんとした魔術師が転移させたんだろう。組織的なものだとちょっと面倒だけど、まあいいや。
「あー、楽しかった」
「…………」
俺、とんでもないことしてたな、今。
甲冑のイカレたオッサンに刺されて、俺がもっとイカレた野郎になって、戦って、屁理屈こねて言い負かして、魔法みたいな勝ち方した。しかも相手が消えた。
なんだそりゃ。意味不明にもほどがある。
服は元通りになった――といっても血まみれだが、道化の服じゃなくなった。前髪も短く戻ったし、帽子もどっか行った。
何だったんだ、今のテンションは。完全に昨日会ったピエロと同化してたよな。でも、あれは確かに俺だった。今考えると俺の知らないことも喋ってたし、普段の俺なら絶対無理なこともやった。だけど、体が操られていたとか、記憶が飛んだとかじゃない。あの時点では間違いなく、俺の意思だった。俺は道化の人格で、しっかり思考して動いていた。何の違和感もなかった。
「全然痛くねえし……」
刺されたのに、一回キレてピエロ野郎になった途端に痛くなくなった。ピエロになったおかげで、俺は命拾いしたみたいだ。
「どうしよう……」
確か本屋に向かっていたが、血まみれゾンビ状態ではカードどころじゃねえな。一回家に帰って着替えてくるしかない。
「つーか、だいぶ時間経ってるよな絶対……」
わけの分からん事件に巻き込まれたとはいえ、誰に話したって俺の頭がおかしくなったと思われるに違いない。というか、甲冑のオッサンが消えてる以上、何もかもが幻覚だったという仮説がまた成り立つ。だとしたら、痛みのない大量出血の説明がつかないが、そんなもん記憶の混濁って言われればそれまでだ。
俺、本当にイカレたのかな。あんな笑い方、本当にしたのかな。
「だとしたら、もう諦めて病院行こう……」
二重の意味で。
病院に行くにしても、とりあえずミズキさんに電話しよう。説明は後だ。場合によっちゃ、ここに来てもらったほうがいいかも。俺がもし正常じゃなかったら、店に戻れるか分からねえし。
電話を取り出そうとしたとき、真後ろに人の気配を感じた。
振り返る間もなく――
ガツッ、という音を聞いた。
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