第5章「俺が魔王だ!」

第1話

「何をやっているのですかぁ!」

 ルナの叫び声が響く。

 アルとガッデスは、その大きな声に驚いてバランスを崩す。飛び上がっていたアルは頭から地面に落ちてしまう。

「いっててて……」

 頭を抑えながら起き上がるアル。

 二人の元に足を進めるルナは、かなり機嫌が悪い顔をしている。そんなルナに対して、ガッデスが尋ねる。

「どうしたルナ、そんなにむくれた顔をして。それでは可愛い顔が台無し……」

「怒るに決まっているでしょう! あと五分もすれば、枢密議会が始まる時間なのですよ! それを、こんなところで――何をしているのですか!!」

 そこは、魔王城から少し外れた場所にある、兵士たちの訓練場だ。作られた当初は、多くの兵が腕を磨いた場所だったが、今ではほとんど使われていない。

 そこで、アルとガッデスは模擬戦を行っていた。

「魔王様がぜひ手合わせをというからな。ここが一番よかろうと思って……」

「そんなことは聞いていません! せめて私に一言入れてください。まさかこんなところにいるとは思わず、城の中を探し回ってしまいましたよ!」

 ルナの言葉にガッデスも苦笑いを浮かべる。アルは立ち上がってからルナに尋ねる。

「どうでもいいけど、そんなこと言ってる暇ないんじゃないか?」

「あ……そうです。二人とも、早く用意して、会議場へ来てください」

 アルの言葉に、ルナはハッとして答える。するとアルはさらに尋ねた。

「このまま行って大丈夫かな?」

 アルは自分の着ている服の襟元に指をかけ、パタパタと揺らしてみせる。ルナは鼻をひくひくさせた後、すぐに自分の鼻をつまんだ。

「だ……ダメです! 早く着替えてください! いいですか、父上もですよ。ちゃんと着替えてから来てくださいよ!」

 ルナはそう言いながら訓練場を後にする。アルとガッデスは、そんなルナの背中を見ながら、笑ってしまう。

 ガッデスは小さく呟く。

「全く、あんなに怒ることはないだろうに……」

 アルはガッデスの一言に、さらに笑いながら咳き込んでしまう。

「ホント、怒りっぽいよなぁ。昔からああなのか?」

 ガッデスがアルに視線を向けてから、一度こくりと頷いた。

「そうなのだが、以前より、随分と何というか――柔らかくなったようだ……ですな、娘は。以前の張りつめた感じが消えたいいますか……これは、あなたのおかげですかな?」

「いや、俺は何も。多分、あれがアイツの本当なんじゃないか?」

 そう言いつつ、アルは密かに思ってしまう。

 もしガッデスの言葉通り、自分がルナを変えられたのなら――それはとても嬉しいことだと。そんなことを考えつつ、アルは外から議会開始を告げる鐘の音がするのを聞いた。

 アルとガッデスは慌てて訓練場を後にした。


 アルが魔王の体になって約十一ヶ月が経とうとしていた。枢密議会も八度目。

「それでは、今回の議題についてご説明いたします」

 ルナが話し始める。

 今回の話をまとめると、人間の軍隊が不思議な動きを見せているという。軍隊の統制が低下――また、兵の入れ替わりが激しくなっているらしい。

「……と言った状況です。そのため、人間側の動きに注意が……」

 ――また貴族同士で権力争いでも起きたか? 相変わらず、お偉い方々の事情に振り回されているわけか。

 アルは人間側の事情について思案する。勇者としての行動さえ、様々な政治的思惑で制限を受け続けてきた彼にとって、同じように振り回される人間たちの軍人たちへの同情は止められるものではない。

 ドシャーン!

 アルが考え事をしていると、議場の扉が大きな音と共に勢いよく開く。同時に飛び込むように兵士が一人入ってきた。

「た、大変……大変です!」

 あまりにも唐突な出来事に、議場の誰もが口をつぐんで、入ってきた兵士のほうへ視線を向ける。

 静まり返った議場で、最初に口を開いたのがガッデスだ。彼は椅子から立ち上がって言う。

「貴様、枢密議会は最重要機密を扱う場だぞ! そこに割って入るとは……」

 ガッデスが怒気のこもった声で言う。だが、兵士はそれを遮って続ける。

「壊滅です! 壊滅状態に……何もかも、燃えて!」

「壊滅って……まさか、魔王軍がか?」

 兵士の言葉に、アルが聞き返す。

 兵士はよほど急いで走ってきたのは、息切れで言葉が出せない。それを見て、アルはガッデスに尋ねた。

「ガッデス大将、魔王軍に動くよう命令したのか?」

「いえ……もしかしたら、人間共が侵攻してきたのかもしれませぬ!」

 ガッデスの言葉に、議員たちはどよめき始める。駆け込んできた兵士は、用意された水を飲み干す。そして、再び口を開いた。

「ち、違います……我が軍は壊滅しておりません」

 兵士が放った新しい一言に、今度は議場の全員がキョトンとした表情を浮かべてしまう。アルとルナはお互いの顔を見合わせる。

 ルナは兵士に尋ねた。

「お前は何を言っているのだ? 壊滅したのか、していないのか……」

 ルナの質問を聞き、兵士は息を整えつつ、改めて伝えるべき情報を口にした。

「壊滅……したのです。ですが、それは魔王軍のことではありません」

「じゃあ、一体お前は何の話をしてるんだ?」

 今度はアルが質問をする。兵士はハッキリとした口調で言う。

「壊滅したのは……〈人間たちの街〉です」

 その一言を聞き、議会は一気に緊張した空気に包まれる。

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