第2話
「魔王様は……魔王様じゃないのでござりますか?」
翌日の夕方。中庭でトレーニング中のアルに、ローラが問い質す。
急な質問に、アルは戸惑い、動揺してしまう。
「な、何を言ってるんだ? 質問の意味が……」
「私でも……ホントと嘘くらいはわかるでござりまするよ。今の魔王様は、昔の魔王様とは違うでござりまするよね?」
アルはローラの言葉に対して、言い繕おうとする。だが、真っ直ぐに自分を見つめるローラの姿を前にして、言い訳を飲み込んだ。
「いつ、気がついた?」
アルは静かにローラへと尋ねる。ローラも、また静かに答えた。
「違和感を覚えたのは、初めて頭を撫でていただいた時でござりまする。私の料理を褒めて、あんな風に優しくしてくださったのは、初めてだったのでござりまするよ」
アルは思い出す。ローラが以前にも、同じ質問をしてきたことを。
彼女がアルの正体に疑問を抱いたのは、その時だ。
「どうして、今まで何も聞かなかったんだ?」
「ルナ様が、魔王様と呼ばれたからでござりまする。だから、私もそれを――信じたのでござりまするよ」
ローラにとって、ルナの判断こそが正しいのである。
だが、これまで知らないフリをしてきた魔王の正体に今、ローラは言及している。それはつまり……。
「ルナから聞いたのか? 俺が――魔王じゃないって」
アルにとって、それは信じられないことだった。彼女こそ、アルに魔王となるよう言った張本人。そして、これまでずっと一緒に秘密を守ってきた相手だったからだ。
アルの問いかけに、ローラの表情が急に崩れ出す。眉を上げ、目からは涙がこぼれ始めた。
「最近の……ルナ様は変でござりまする! すごく、苦しそうで。昨日も……魔王様が――どこにもいないって……お願いでござりまする! ルナ様を……助けてください、でござりまする……」
ローラの切実さは、アルの心に響いた。しかし……。
「俺は――俺がルナを苦しめてるんだ。だから……助けるなんて――」
ルナを裏切った。
妹分のアムラエルを助けたい一心で、魔王という役目に背を向けたのだ。
アルにとって、それは避けられない選択だった。
――それでも、俺がルナとの約束を破ったことに変わりはないんだ……。
罪悪感が頭をもたげ、アルの心に重くのしかかる。
「俺には……ルナを助ける力も、資格もないんだよ」
アルは力なく言う。だが、ローラはそれを全力で否定する。
「ちげぇよ!! 魔王様は……わだすを助けてくれだ! わだす、ルナ様のだめなら、何でもするでござりまする! でも、でもぉ! 私じゃ足りない! 魔王様じゃないと、ルナざまはぁ!」
ローラは泣く。自分の無力を嘆きながら。アルに助けを求めながら。
――また俺は、何もしない理由を並べて……!
魔王を演じると決めてから、ルナはずっとアルの味方だった。
そこには、彼女なりの理由があり、決して善意だけではなかっただろう。それでも、アルは彼女に救われた。それは間違いのない事実だ。
だから、アルは歩き出した。ローラの手を引っ張りながら。
目指すはルナの部屋だ。
「ま、魔王様? あの……どこに??」
「ルナに俺の助けを必要なら、いくらでも力を貸してやる」
アルのその言葉に、ローラは表情を和らげる。
直後、アルは立ち止まり、ローラのほうへと向き直した。
「でもな、それはローラじゃ届かないから――何もできないからじゃない。二人で、一緒にルナを助けるんだ!」
アルの言葉を聞き、ローラは先ほどよりもさらに涙を流してしまう。
しかし、涙で濡れてはいても、彼女の口元はハッキリと笑っていた。
「はい! ルナ様のためなら私も、何だってするのでござりまする!」
ローラは力強く頷き、アルよりも前を歩く。
執務室を訪れたアルとローラ。が、ルナは二人を――アルを歓迎しなかった。
「何で……お前がここにいるんだ。お前なんか魔王様じゃない! ただの――マガイモノだぁぁ!!」
ルナは叫びながら、アルに襲いかかる。訳もわからないまま、アルは部屋の外へと突き飛ばされた。
次の瞬間、アルはルナが自分に跨っていることに気づく。その両手は、アルの首にかかり、完全に体を押さえつけた状態だ。
「こんなモノを信じた私が馬鹿だったんだ……こんなモノで――埋められるはずなかったんだぁぁぁ!」
ルナは叫びながら、二枚の翼剣の切っ先をアルの頭に向ける。その背後から、ローラがルナの翼剣を掴んだ。
「ダメでござりまする! 何で……何でこんなこと! ルナ様、正気に戻ってほしいのでござりまする!」
ローラは必死にルナを止めようとする。が、ルナの翼剣はうねり、ローラを投げ飛ばしてしまう。
首を絞められながら、アルが呻いた。
「ル、ナ……おま、え……」
「その声で……私の名前を呼ぶなぁぁ!!」
意識が飛びそうになる中で、アルは思ってしまった。
――これは、天罰なのかも……。
勇者の身でありながら、生き延びるために魔王を演じた。それなのに、ワガママを通すため、魔王であることを放棄した。
何もかも中途半端にして、流されるままだった自分が迎える――当然の帰結。
――ごめんな、ルナ。
意識が飛びそうになる直前、アルはルナへの謝罪を念じる。
「お前がいなければ――お前なんかいなくなれぇぇ!!」
ルナは再び叫び、翼剣をアルに向かって振り下ろそうとする。
そこに、ルナの脇腹へと強烈な衝撃が入る。直後、彼女の体は勢いよく吹き飛んだ。
「これは……一体どういうことですの?」
そこに立っていたのはシルフィだった。
腕に魔甲を纏ったシルフィが、ルナを殴ったのである。アルは咳き込みながら、シルフィに尋ねる。
「シルフィ……何で、ここに?」
「ワタクシがお願いしたことですから、様子を見に参りました。そうした大きな音が聞こえてきて、ルナが魔王様に……何がどうなっているのですか?」
シルフィの表情は普段と変わらない笑顔である。それを見て、アルは逆に背筋が寒くなった。
そこに、今度はルナの声が聞こえてくる。
「シルフィ……邪魔をしないで!」
ルナの言葉に反応し、シルフィは彼女のほうへと視線を移す。そして、落ち着いた声で告げた。
「ルナ、どうしてこのようなことを? 理由次第によっては……殺しますわよ、貴女!」
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