第7話

 夜が明け、太陽が空の真上に昇った頃、ようやくアルは目を覚ます。迅速な対応もあり、何とか一命をとりとめた。

 寝室で目覚めたアル。周りを見渡すと、ベッドの横で椅子に座りながら眠っているシルフィを見つける。

「シルフィ……?」

 アルが声をかけると、シルフィは瞼を開く。アルが起きたのに気づいて、シルフィは涙を溜めながら声を上げた。

「まおう様! よかった、よかったですわ。また、こんなに傷ついて――今度こそもう……でも、こうして帰ってきてくださいました。ワタクシは……」

 そう言うと、シルフィはアルの手を握る。

 シルフィが泣いている姿に、申し訳なさそうな表情を浮かべるアル。

 ――心配かけちゃったな……全部、俺のせいだ。

 アルにとって、自分を案じてくれるシルフィの姿は、素直に嬉しかった。アルは、彼女に微笑みかけながら、ゆっくりと頭を撫でた。

 だが、彼はすぐに険しい顔になった。

「シルフィ、頼みがある。ルナたちを呼んでくれないか?」

「ルナを? せっかくワタクシが隣にいますのに、他の女の話など……」

 シルフィは焼きもちから文句を言おうとした。だが。アルの表情から、事情を察する。

「わかりました。でも、後で必ず、二人だけの時間を作ってくださいませ!」

 シルフィの言葉に、アルは笑顔で頷く。彼の答えを確認すると、シルフィは部屋の外へと出ていった。


「魔王様。まずは私の命を救ってくださったこと、心より感謝いたします」

 ガッデスは深々と頭を下げた。

 シルフィに呼ばれた、ガッデスとルナ。二人はアムラエルを連れて、アルの寝室に来た。アムラエルは武装を解除しており、両腕を縛られた状態だ。

 彼らが魔王の寝室に入ってすぐのことだった。アルはガッデスの謝罪に対して、慌てしまう。

「そんなことを言われる筋合いはないよ。俺は、あんたたちを裏切ったんだ」

「たしかに――あの時点では、そうだったのでしょう。しかし……」

 ガッデスの言葉が終わる前に、アルは首を横に振る。

「違う、そうじゃない。俺はずっと嘘をついてたんだ」

 そう言うと、アルはルナのほうに視線を向ける。しかし、ルナはただ真っ直ぐ前を見るばかりで、アルと目を合わせようとしない。

 ――これは、俺が果たすべき責任だ……俺自身が。

 アルの言葉に、不思議そうな表情を浮かべるガッデス。アルはすうっと息を吸うと、ハッキリと言った。

「俺は魔王じゃない。いや、魔族でさえない……俺は――人間なんだ」

 アルの言葉は、ガッデスの想像とは全く違うものだった。そのため、彼は間の抜けたような表情を浮かべてしまう。

「あ……あっはっは。何を言い出すかと思えば。この期に及んで、そんな冗談を。魔王様が人間? 私がどれだけあなたを見てきたと……」

 ガッデスは訳もわからず言葉を続けたが、アルはそれを聞いて首を振った。

「どうやら、魂だけが入れ替わったらしいのです」

 次に口を開いたのはルナだった。視線をアルに向けず、ただ静かにこれまでの事情を説明する。

 ただし、魔王の体に入っている人間が、勇者アルフレッドだということだけは隠して。

「勇者との闘いの後、中身だけ人間に入れ替わっていた……と? ルナ、お前は初めから知っていたのか……」

「それが……魔族全体の安定に繋がると判断しました」

 ガッデスが黙って考え込む。

 あまりにも想定外過ぎる状況に、頭がついてこない。しかし、しばらくして彼はもう一度口を開いた。

「お前の判断を責める気はない。それほど、切羽詰まった状況だったのだろう。だが、魔王様――いや、この人間は、今なお魔族に利する者なのかどうか……」

 ガッデスはアルへと目を移す。その視線に、アルはゆっくりと口を開く。

「俺が……これからも魔族の味方でいると、確実な約束はできない。ただ、元の体に戻るまでは、魔王としての役割を果たそうと思う。それでも、信用できないっていうなら仕方ない。ここで殺してくれ」

「待ってよ! そんなのダメ……兄さんが死ぬなんてダメだよ!」

 横槍を入れてきたのは、アムラエルだった。

 せっかく再会できた憧れの人、その死を黙ってみることなどできない。しかし、アルは彼女に向けて首を振る。

「悪いな、アムラエル。これは俺自身の――ケジメなんだよ。皆を騙した。責任は――取らなきゃいけない」

 アルが話している間、ガッデスはじっと彼の目を見ていた。

 武人として、多くの魔族、そして人間と向き合ってきた彼は――だからこそ、アルの瞳に曇りがないとわかる。

「う~む……これは困ったものだ。お前がゼクス様ではないというのは、おそらく本当なのだろうが――まさかこんなことになっていようとは……」

 ガッデスは頭を掻きながら、歯切れの悪い言葉を続ける。

「悪いが、今すぐ答えは出せぬ。少し時間をもらうぞ、お主の扱いについては」

「当然だな……ただ、その子のことだけど……」

 アルはゆっくりと、アムラエルのほうへ目を向けた。ガッデスは、アルが言いたいことを察し、応える。

「この娘を……許すことはできん。が、ここでお前と争うわけにもいかん。魔族を害さないと約束するなら、これ以上――何かをしたりはせんよ」

「重ねて礼を言うよ。お前もそれでいいか?」

「兄さんが無事なら、それでいいよ。もう魔族を襲ったりしない……」

 アムラエルは、俯きながらも、ハッキリと言葉を口にした。それを確かめたガッデスは、立ち上がる。

「では私はこれで失礼する……まだ、頭の整理もつかんからな」

 そういうと、ガッデスは部屋を出ていった。

 すると、すぐにアムラエルはアルへと飛びついた。アルもそれを受け止めるが、腹部に痛みが走る。

「あ、あいたたた……」

「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!!」

 何度も謝るアムラエル。それは、彼の傷を刺激したことに対する謝罪だけではなかった。

 アルの言葉を信じられなかったこと。そのせいで怪我を負わせたこと。そうした自分の行動全てについて、誤っているのだ。

 アルもそれに気づき、彼女の頭を撫で、「大丈夫だ」と繰り返した。

 しばらくすると、アムラエルも落ち着きを取り戻す――と同時に、一つの疑問を口にした。

「でも、アル兄が生きていたなら、どうして……」

 難しい顔を浮かべるアムラエル。アルは不思議そうに首を傾げた。だが続く彼女の一言に、表情が固まる。

「どうして、アル兄は棺桶に入れられていたのかしら?」

 ずっと黙っていたルナも、驚いて前のめりになる。

「それはまさか……勇者アルフレッドの――肉体のことか? 本物なのか?」

 ルナの問い詰めるような言い方が、アムラエルの鼻についたのだろう。アムラエルは激しい口調で言い返す。

「アル兄を間違えたりしないわよ! あれは間違いなく、アル兄だった!」

 行方がわからなくなっていたアルの体……その在り処がようやくわかった。

 アルは喜びを顔に滲ませ、アムラエルの肩を掴む。

 ――もし、アムの見たものが本物なら!

「俺はもとに――自分の体に戻れるかもしれないぞ!」

 アルの言葉に、アムラエルも笑顔を見せる。

「そ、そうか! そしたら、また二人で一緒にいられるね!」

 アルとアムラエルは、喜びに胸を膨らませる。

 だが、二人の気づかない間に、ルナが部屋から出ていく。これまでにないほど、暗い表情を浮かべながら……。

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