第5話
「人間共は追い返したぞ。マーベル……」
負傷兵の手当てをするテントの中。ガッデスは傷ついた若き腹心の手を握っている。
ガッデスの活躍により、崩れかけた前線は持ち直していた。人間の軍を押し返したガッデスが、傷ついた部下を見舞いに来ていたのだ。
「あのとき、私がお前を止めていれば……」
経験を積ませてやりたい……そんなガッデスの親心が裏目に出た。
軍人であれば、戦場に倒れるのは当然。しかし、それがわかっていても、ガッデスの心は静まらない。
「マーベル……お前をこんな目に合わせた奴を、私は絶対に許さんぞ」
ガッデスが小さく、しかし強い口調で呟いた。
その時、テントの外から一人の兵士が入ってくる。
「ガッデス将軍! ルミナリア宰相様から早馬が到着しました」
静かに報告を受けるガッデス――だが、聞き終えた頃には額に血管を浮かべ、静かにテントの外へと出ていく。そして……。
「マーベルを――部下たちを傷つけるだけでは飽き足らず、魔王様にまで手を出すだと!!」
ドッズーーーーン!!
ガッデスは、背負っていた大斧を大きく振りかぶり、そのまま地面へと叩きつけた。
「魔族に仇名すものは、全てこの私が――ガッデス=オルフェイドが打ち倒してくれるわ!!」
ガッデスはまるで鬼のような表情を浮かべた。周りで見ていた兵士たちは、普段と全く違う彼の姿に怯えてしまう。
ガッデスはその場から歩き出し、外にいた上級士官に指示を出す。
「私は魔王城に戻る。いいか、私が帰るまで、何があっても人間共を先に進ませるな!!」
それだけ言い残し、ガッデスはそのまま、自分の馬へと飛び乗る。
「待っておれよ、マーベル! お前が受けた苦痛と屈辱、私の手で返してやる」
そう呟くと、ガッデスは全速で城へと向かっていく。
アルは自分がいる場所がどこだかわからなかった。
それでも、しばらくすると夢の中にいると理解する。目の前には、幼い日を過ごした孤児院があったからだ。
同時に、アルは思い出していた。
孤児として苦しい生活をしていたこと。
拾われ、厳しい先生の下で教育を受けたこと。
そして――勇者として激しい訓練を受けたこと。
――ああ、そういえばこんなこともあったけなぁ……。
「アルにぃ……アル兄! 今日は一緒に遊んでくれる?」
訓練やら勉強やらで、なかなか遊び相手になってあげられなかった少女。血の繋がりもないその少女は、アルにとって大切な家族だった。
「わたしもいつか、アル兄と一緒にみんなを守る人になる!」
屈託のない笑顔で――曇りのない瞳で言ってくれた少女に応えたくて、アルは勇者として強くあろうと決意した。
「お目覚めですか、魔王様?」
「うにゃむにゃ……え~っと? シルフィ? あれ? まだ、夢見てるのかな」
翌日の朝、アルは寝ぼけた頭で、奇妙なものを見る。ベッドで寝ているはずの自分を、上から見下ろす女性の姿だ。
「寝覚めはいかがですか?」
「まだ、眠いんだけどさぁ……もうちょっと寝かせて、くれ? あれ?」
昨晩は一人でベッドに入ったはずだった。シルフィは熱が悪化したため自室で休んでいるからだ。
にもかかわらず、自分に跨る女性の影がある。そのおかしさに、アルはようやく気付く。
目を擦り、その影の正体を確かめる――そこに映ったのはルナの姿だ。
「おいおい、朝っぱらから何だよ……まさかお前まで、シルフィみたいなことする気じゃ……」
シャキン!
アルがルナの行動を茶化す言葉を言い切る前に、彼女の翼剣がアルの首元に添えられる。
「一体、何の冗談……」
「偽らずに――答えろ」
その言葉には、一切の迷いが感じられない。
ルナの冷めた視線に、アルは息を飲んだ。
「昨日の……あれは何だ? お前はどうしてあの女と――戦わなかった?」
その質問に、アルはしばらく何も答えない。だが、ゆっくりと過去の自分について語り始める。
「俺には……親がいない。路上で暮らしてたんだ。何日も食えない人があって、時には、木の根をかじって飢えを凌いだこともあるよ。そのうち、孤児を引き取ってるって場所に連れてかれてさ……そこには俺みたいな――親無しがたくさんいたんだ。彼女はその中の一人だよ。名前はアムラエル――ずっと俺の後ろをついて歩く、妹みたいなもんだった」
昔話をするアルは、どこか楽しそうだった。
――そんなアイツが、剣を手に戦うようになるなんて!
アムラエルが戦う姿は、彼女を守りたいと願ったアルにとって、心に痛みを感じるものだった。
「それでお前は……あの女を見逃したわけか」
アルはルナの目を見つめ、静かに頷く。ルナはかざした翼剣を戻す。静かにベッドから降りると、そのままドアの前へと歩く。
「お前の事情はわかった。だが、忘れるな。今のお前は魔王だ――私との約束を……違えるなよ!」
ルナはそれだけ告げると、部屋から出ていった。
残されたアルは再びベッドの上に身を投げる。ゆっくりと天井へと視線を移し、大きく息を吐いた。
――なら、勇者アルフレッドはどこに?
心の底に溜まる泥のような感情――真っ直ぐ向き合えない気持ちに蓋をして、もう一度ベッドで横になった。
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