第4話

 ルナはアルを引っ張りながら、バルコニーへと飛び込んだ。滑り込むように落ちた二人だが、何とか着地する。

「いって~……もう少し普通に降りられないのかよ!」

「お前を抱えてなければな! 小さなことを気にする余裕はない!!」

 そう言うルナは、明らかに息が上がっている。

 腰の翼は、見てすぐにわかるほど小さくなっていた。

「全力で飛んだせいで、しばらく魔力が上手く使えない。足でまといだから置いていけ」

 ルナはそう言って、アルに先行するよう促す。

 ――コイツは、またそれかよ……。

 アルはルナの、こういうところ――自分を後回しに考える部分が苦手である。

 勇者アルフレッドは、助けを求められるのが当たり前の存在だったからだ。救うことを、手を差し伸べることを拒まれることに慣れていない。

 だからこそ、アルは座り込むルナにも手を差し出す。

「お前一人くらいなら、今の俺でも守れるぞ。それより、早く何が起きてるのか調べよう」


 まずは状況を確認するため、廊下へと出るアルたち。

 城内には多くの者が倒れ、血を流している。倒れている者たちを気にかけつつも、二人は襲撃者を探す。

 そこで見つけたのは、真っ赤な靴の跡だ。

「血のついた足跡? この先は……まさか!」

 後ろからついてきたルナも、その足跡に気づく。同時に、アルは再び全力で走り出した。


 アルは、勢いそのまま廊下を曲がる。その瞬間アルの目には、シルフィに襲いかかる謎の影が映った。

 彼は足に魔甲を纏うと、影に向かって飛びかかる。

「おらぁぁ!」

 アルは叫びと共に、謎の影へと飛び蹴りを食らわせた。

 アルの声に気づいたのか、影はアルの蹴りを腕で凌ぎ、シルフィを飛び越える。

「大丈夫か! シルフィ」

「間一髪でございました。これ以上ないという――素晴らしい登場……ですわ」

 それだけ言うと、シルフィはその場で倒れ込んでしまう。そこにルナが追いついてきた。

 ルナはシルフィに声をかける。

「シルフィ……シルフィ! 大丈夫ですか!」

「お前、彼女に何をした!」

 アルは語気を荒げて、鎧の女に言う。その言葉に、鎧の女は呆れたような声で答える。

「何も。まだ斬ってないわ。その女、初めから具合が悪そうだったけど」

「大丈夫です。特段、怪我は見当たりません――ただ、熱が酷いですが……」

  ルナの一言に、アルはとりあえず胸を撫で下ろす。そして、もう一度、目の前の敵に目を向ける。

  ――コイツ、人間か? だとしたら、相当な腕前だぞ。

 魔族の強さはアル自身もよく知っている。勇者として戦ってきた身であり、今では自身が魔族の体を持つ身として。魔甲の一撃を凌ぎ、その場に立ち続けていることこそ、相手の技量を推し量るにあまりある状況だ。

 アルは彼女の鎧に、〈帝国〉の紋章を見つける。魔族と戦う遠征軍もマーク――交差する二本の剣と獅子の横顔

 を象った紋章。それが目の前の敵を、人間であると証明している。

「魔王の城に一人で乗り込んでくるなんて、勇者の真似事でもするつもりか?」

 アルは女の行動を、かつての自分と重ねて尋ねた。だが、女はアルの予想だにしない答えを口にする。

「真似事じゃない。私は――本物の勇者だ」

 アルにとって、それはあまりにも的外れな話だった。本物の勇者は今、ここにいるのだから。

「ハッ!! ふざけるなよ? 勇者は……勇者アルフレッドは正真正銘の男だぞ!!」

 アルは鎧の女の言葉をきっぱりと否定する。だが、女は動揺するどころか、さらにハッキリとした口調で言う。

「そうだ。私は彼の後を継いだ……二代目の勇者だ!」

 高らかに宣言する女。

 次の瞬間、その女はアルへと駆け込む。

「危ない! 〈魔王様〉!!」

「なに!?」

 ルナが放った一言に、女は一瞬だが動揺してしまう。

 アルはその隙を見逃さなかった。わずかに鈍った剣閃をアルは上体を後ろに反らして躱す――と同時に、女の顎を目がけて、右足で蹴りを放った。

 だが、女も瞬間的に身体を捻り直撃を避ける。蹴りは女の兜を掠め、吹き飛ばした。

「くぅっ! やるな……まさか、貴様が魔王だったなんてね! 好都合だわ!」

 声を荒げた女は、口からわずかに血を流す。その顔を目にした瞬間、アルは固まってしまう。

「アム? ……アムラエル?」

 それはアルがよく知る少女の顔だった。

「な、貴様……なんで私の名前を知っている?」

 自分の名前を呼ばれ、アムラエルは動揺する。アルは何も言わず呆然とした。

「誰から私の名前を聞いた!」

 アムラエルは、荒々しい声で叫ぶ。

 アルはその問いかけに、偽りなく答えた。

「俺だ、アルフレッドだ! 孤児院で一緒に育った……アル兄だよ!」

 アルは懐かしい妹分の姿に、心を震わせた。

 久々の再開だ。面影を残しつつも、美しく成長した少女の姿に、感動さえ覚えた。

 だからだろう。彼が自分の本当の名を口にしたのは。

「お前が……アル兄だって?」

「ああ、そうだよ。こんな姿になっちまって、わからないかもだけど。ほら、孤児院の連中は元気か? エイクはまだワガママばっかり言ってるか? オーガストは大きくなったろ。アイツなら下の連中もしっかりと面倒見てるよな?」

 どうにかして、自分がアルフレッドだと気づいてもらいたい……その一心で、アルは思いつく限りの言葉を口にした。

「なるほど、そういうことか……」

「アム、わかってく……」

 アルの言葉が終わる前に、アムラエルの剣は彼の顔スレスレにかざされる。アルの頬は薄く裂け、ツーっと血が垂れる。

「あの人が……簡単に私たちのことを吐くわけがない……どんな拷問をした? あの人の、帰るべき場所を暴いて……殺す! 貴様を絶対に殺してやるわ!!」

 アムラエルの表情は、まるで鬼のような険しさを見せる。目の前の男を殺す……ただそれだけを考える、修羅のような顔。

 アルはかつて妹分として可愛がってきた少女の鬼気迫る表情に、愕然としてしまう。

「死ねぇぇぇ!」

「「魔王様をお守りしろォォ!!」」

 アルの背後から兵たちの怒号が響いた。

 ローラが集めた兵士たちが、ようやく城に到着したのだ。

 アムラエルは、憎い仇を前に剣を握り直す。だが、目の前に迫る兵たちを見て、刃を鞘へと収めた。

「つぎは――次こそは必ず、お前を殺す!!」

 アムラエルは憎しみのこもった声を上げ、シルフィの部屋に逃げ込む。

「待て! 待ってくれ、アムぅぅ!!」

 アルは彼女を追うが、アムラエルは部屋の窓を割り、外へと飛び出した。

 窓の外は崖になっている。そのまま滑落してしまう……かと思われた瞬間、

「天を駆けよ! 飛翔の軌跡!!」

 アムラエルの全身から光の文様が浮かび、彼女は地面に叩きつけられることなく、どこかでと飛んでいってしまう。

「奇跡を使える? アム……お前、本当に勇者になったのか?」

 空に消えるアムラエルを見送り、立ち尽くすアル。だが、その背後の視線には気づかなかった。

 ルナが向ける、疑いの眼差しには。

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