第3話
「マーベル! なにが――何が起きたというのだ!!」
魔王城に異変が起こる数時間前。
ガッデスは動揺していた。
腹心であったマーベルは、右肩から大量に血を流した姿で、担架に乗せられている。
「マーベル、大丈夫か! いったい、一体何があったのだ?」
「将軍……? 申し訳、ありません。戦線を――維持できませんでした」
その言葉に、ガッデスの表情が硬くなる。
ケガを負っていたのはマーベルだけではない。大量の兵士たちが傷だらけになって運び込まれてきた。
ガッデスは自分の采配に絶対の自信を抱いている。今の戦力差なら、魔王軍が人間共に敗けることはない、と。
だからこそ、現実を認めたくなったのだ。
「押されているのか、魔王軍が? なぜだ! 完全に我らが優位だったはずであろう!」
だが、マーベルの口から出たのは、彼の想定を打ち砕くものだった。
「女が、たった一人の――鎧を着た女……奴が次々に部隊を壊滅させ……応戦しましたが、私も――この有様。まるで、あれは勇者……いやそれ以上、の……」
マーベルはそう言うと意識を失う。
彼を運んでいた衛生兵に阻まれ、ガッデスは運ばれていく彼を見送ることしかできない。
その時、空を飛ぶ何かがガッデスの体に影を落とした。気づいたガッデスは視線を上にあげるが、そこには何もない。
「今のは一体? ……いや、それどころではないな。誰か、状況を報告しろ! 部隊を再編する。なんとしても、人間共を押し返すぞ!」
ガッデスは部下たちを召集し、作戦を立てるために天幕の中へと入っていった。
その拳を強く握り、うっすらと赤く染めながら……。
煙を上げる魔王城。城下は急に静まり返ってしまう。
アルとルナ、ローラはあまりにも急な出来事に呆然としていた。
店主が表に出てきて大声を上げる。
「おいおい、大丈夫なのか? 魔王様がお怪我してなきゃいいが」
その言葉にルナが正気を取り戻す。すぐに彼女は自分の役割を果たそうとする。
「ローラ! 近くにいる兵を集めて、城に向かえ。いいか、兵の数よりも迅速さを優先だ」
「は、はい! かしこまりましたでござりまする」
ローラに対して命令を下したルナは、続いてアルの腕を掴む。
アルは急なことに驚くも、ルナの真剣な表情を見て、すぐに気を落ち着けた。
「魔王様は私と一緒に城へ戻りましょう。王妃様が心配です」
「あ、ああ。わかった」
ルナは自分の腰にある翼を大きく広げる。すると、ルナの体は宙に浮かぶ。
「魔王様、私の体につかまってください。一直線で戻りますよ」
「一直線って、お前……」
アルがもたついているのを見て、ルナは彼を羽交い締めにする。そして、そのまま浮かび、魔王城に向かって真っ直ぐ飛んでいく。
「ちょ……待てよ! なんだ、この恥ずかしい格好は!!」
「言ってる場合か! 少し我慢しろ!!」
城へと飛んでいくルナたちを見て、ローラも走り出す。
「きゃああ!」
城の中は騒然となっていた。『何か』が、次々と城内の者たちを襲っていたからだ。
あまりの騒ぎに、自室で眠っていたシルフィも起き上がる。
「何事ですの……?」
熱が下がりきらない頭で、部屋の扉から廊下へと出るシルフィ。
「誰か……誰かいませんの?」
何とか声を出しながら廊下を進むものの、返事はない。遠くで悲鳴のような、騒々しい声が聞こえるだけである。
カツカツカツ……。
シルフィは、自分のほうへと歩いてくる足音を聞く。廊下の先、曲がり角に近づく足音。
シルフィが問いかける。
「誰か、そこにいるのですか?」
すると、角の向こうから鎧を纏った、女性と思われる姿が現れる。兜をかぶっているため、シルフィからは顔を確認できない。
「貴方、随分と物騒な格好をなさっていますね――一体何者ですの?」
見たことのない相手を前に、シルフィは尋ねた。そして、鎧の女は言う。
「魔族は一匹残らず、斬り殺す!!」
シルフィは相手の殺気に満ちた視線に反応して、身構える。
その直後、鎧の女は駆け出し、シルフィとの間合いを一気に詰めた。腰に差した剣を抜いた女は、それをシルフィに向かって振り下ろす。
ガキーーン!
シルフィは腕を魔甲で覆い、女の剣を防ぐ。すぐに切り返そうする鎧の女だが、シルフィに腕を掴まれた。
「くっ、貴様!」
「どなたかは存じませんが……逃がしませんわよ」
シルフィはそのまま鎧の女の腕を握りつぶそうとする……が、上手く力が入らない。
熱が残っているせいで、体が思うように動かないからだ。その隙を見て、女はシルフィから離れる。
そこからもう一度助走を付け、今度は全力で飛びかかった。
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