第2話
この日は、年に一度の統一祭。
四百年ほど前、魔族の諸侯同士が争っていたこの地域を、初代魔王が統一した。それを祝い、統一が達成された日に行われるお祭りだ。商業組合が主体となり、三日間行われるのが通例になっている。
アルとルナ、ローラの三人は顔を隠しながら、城下の大通りを歩いている。出店などがたくさんあり、統一祭の間、最も賑やかな場所の一つだ。
「シルフィも……よりによってこの日に体を壊さなくてもいいでしょうに」
ルナはため息をついて呟いた。その言葉を聞いて、アルの表情が少しこわばる。
ルナはその変化を見逃さない。
「……何かあったのですか?」
アルはルナの目ざとさが嫌になった。だが、ここで誤魔化しても仕方がない。
「ここ五日間くらいかな。シルフィ、ずっと裸で寝てた。迫ってこない代わりに、挑発ばかりしてきた……そしたら、熱を出した」
ルナは、アルがシルフィを抱いていないことを知っていた。だから何度も、きちんと関係を持つよう助言していたのだが……。
「魔王様……シルフィに恥をかかせているの――わかっていますよね?」
「いや、そりゃわかるけど……まだ心の準備がつかないというか、まだ彼女を好きになりきってないというか」
口ごもるアル。その態度に対し、ルナはアルの近くまで詰め寄ると、強い口調でハッキリと言う。
「お前は魔王で、シルフィはその妃だ。ここまで何もないのはおかしいだろう。もし彼女にお前の正体がバレたら……」
アルとしては反論したいところだが、いくら口で言っても仕方がない。実際に、シルフィと〈そういう関係〉になれないままなのは事実だからだ。
「まお……じゃなかった、お二人とも~! ここでござりまする、ありましたでござりまするよ~!」
遠くからローラの声が聞こえた。
その声に、二人はハッとする。ルナはいったんアルと距離を取り、言葉を加えた。
「とにかく、そろそろ腹を括ってください。シルフィのためにも」
ルナの言葉に、アルは明確な返事をしない。
――簡単に言ってくれるなよ! こっちは童貞なんですからね!!
そう思いつつ、アルはあまりにも恥ずかしい告白を、言葉にせず胸に留める。
そんな状況になっているとは知らないまま、ローラが二人の元へと駆け寄ってきた。何やら、おかしな雰囲気を感じ、ローラは不思議そうな表情を浮かべる。
「お二人共、どうかしたでござりまするか?」
「何でもないよ。そういえば、さっき――何かを見つけたって言ってたけど?」
ローラの言葉にアルが応じる。するとアルの腕を掴んで、人波をかきわける。
「ここでしか食べられない素晴らしい料理がござりまする!! ぜひ、味わっていただきたいのでござりまするよ!」
ローラがアルを引っ張っていったのは、小さな出店。周りにある他の店と比べても、少し小さく、年季が入った印象がする。
「へい、いらっしゃい! おや、嬢ちゃんか。今年も来てくれたのかい?」
「はい、大将! 今日は私の知り合いも連れてきたのでござりまする」
ローラが大将と呼んだ男――彼が出店の主人らしい。ローラは彼に向かって、あれこれと注文をする。アルはそれをポカンと眺めていた。
「随分ボロい店だなぁ……ローラのおすすめって聞いて、期待したんだが……」
「なるほど、ローラが食べさせたかったのは〈シース〉だったのですね」
そこにルナが追いついてきた。アルはルナに質問する。
「シース? それがこの店の料理なのか。どんな料理なんだ?」
「一言でいうなら、生の魚介をコーメの上に載せて握ったもの……ですか。コーメを酢で味付けしたりと、いろいろ手を加えるらしいのですが」
ルナが若干歯切れの悪い感じで答える。それを聞いて、アルは気づく。
「なんだ、お前も食べたことないのか」
「ローラも、シースだけは自分では作れないと言って、絶対に作らないもので」
アルは訝しげな顔をした。
ローラを、本当に料理の上手い娘だと思っていたからだ。アルの舌に合わないものがあれば、あれこれ工夫を加えて好みに合わせる。こういうのは、単に料理ができるだけでは、不可能な芸当である。
そのローラが作れないという料理だと思うと、アルは急に興味が湧いてきた。
魔王として過ごすようになって、少しグルメに目覚ていたアル。
勇者として戦いに身を置いていたアルにとって食事とは、腹に入ればいい程度の認識しかなかった。
魔王として暮らす中、舌を喜ばす品々との出会いで、食事の楽しさを知ったのだ。
「へいよ、お待ち!」
店主が威勢のいい声を上げる。希望に満ちた表情で、アルは視線を向けた。
が、出てきたものを見て、アルの顔が曇る。
アルはローラの料理人としての腕を認めている。だから、ローラが進める料理に彼は期待していたのだが……。
「これが、シース?」
そこには、以前食べたマーロの切り身が、コーメの塊の上に乗っかったものが置いてある。
アルの期待は見事に裏切られた。
「これなら、俺にも作れそうだが」
その一言に、二つの鋭い視線が飛んでくる。
一つは店の大将。もう一つは、なんとローラのものである。
「それは無理でござりまする! シースは厳選された材料、入念な仕込み、そしてなにより絶妙な職人の技がってこそ完成するのでござりまする。ただ握るだけではダメでごぜりまするよ! 握るコーメの量、加える力の加減も、何十年という修行と実践の末に手に入るものでござりまする。本物のシースを握れる者なんて、世界広しといっても、数人いるかいないかで……」
普段のローラとは似つかないほど、口達者になった姿に、アルは気圧されてしまう。
「わ、わかったよ。俺が悪かったから……。えっと、これはソーイをつけて食べればいいのか?」
そう言って、アルはシースの上に少量のソーイを垂らし、そのまま頬張った。
最初は、特に反応もなく、咀嚼するアル。しかし、三回ほど噛んだ辺りで、明らかに表情が変わる。
「う……美味い。何だこれ! 口の中にいれた途端、柔らかく解けていく……上に乗ったマーロの味がコーメの甘味と絡んで……これは、すごいぞ!」
ローラも満面の笑みを浮かべる。しかし、ルナはアルに向かって言う。
「いくら何でも大げさでは? そこまで褒めなくても……」
ルナが喋り終わる前に、アルは彼女の口にもう一つあったシースを放り込む。
アルに睨むような視線を返すルナだが、急に表情が緩む。
「……ん! 何ですかこれ、こんなに美味しいものがあるなんて!」
シースの美味しさに、ルナも目を丸くする。
アルとルナが嬉しそうな表情を浮かべるのを見つつ、ローラもシースを口に入れる。
「ああ、やっぱり大将のシースは最高でござりまするよ!」
三人がシースを美味しそうに食べる姿に、鉢巻きを締め直す大将。
その時、空を横切る小さな影が現れる。猛スピードで飛行するソレは、魔王城の中へと突入し……。
ズゴゴオオォォォン!
轟音が城下街に響き渡った。
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