第3章「二代目勇者だ!」

第1話

「こっの……大馬鹿ものがぁぁぁ!!」

 ガッデスの怒号が響く。魔王軍の駐屯地に設営されたテントの中。

 ガッデスは副官であるマーベルに向かい、さらに叫んだ。

「貴様が死んで……何を守れるというのだ!!」

 青年将校であるマーベルは、才気に溢れた若者だ。その実力を買い、ガッデスは自分の副官に取り立てた。

 だが、武功を焦るマーベルは前線に出ることを願い出た。「戦場で死ぬなら本望」とまで宣言して。

 それがガッデスの逆鱗に触れた。

 震えるマーベルの肩に手を置き、ガッデスはさらに言う。

「よいか……マーベル! 死に急ぐな。命を張ることとは――全く違うのだ!」

 意気揚々と戦場に赴き、散っていく若者は多い――長年戦場を駆けてきたガッデスは、それを誰より知っている。

 だからこそ、若い部下の蛮勇を諫めるのも、自分の役目だと思っていた。

「も……申し訳、ございません!」

 マーベルは静かに両手をつき、頭を下げる。

 ガッデスは息を整え、テントの出口まで足を進めると、そこで立ち止まった。

「だが、経験を積まずに育つ若者など……おらんだろうなぁ」

 ガッデスは頭を掻きながら一言、ポツリと零す。

 自身の過去を思ってか、あるいは若者への期待だったのか――ともかく、彼の言葉にマーベルは顔を上げる。

「で……では!」

「少しでも戦況が変わったら部隊を下げろ。軍の被害を最小に抑えることを、何よりも優先するのだぞ」

 ガッデスはそう言い残してテントを出る。

「あ、ありがとうございます!! 必ずや、ご期待に沿う働きをしてまいります!」

 マーベルはガッデスに礼を言い、改めて頭を下げた。

 外へ出たガッデスは、空を仰ぎながら、独り言を呟く。

「全く……昔の自分を見ているようだな。良いものだ――若さというのは」

 ガッデスは口元を緩めるが、すぐに表情を戻し、ゆっくりと歩き出した。


 白い霧に包まれた場所。

 ルナは一つの影を追いかける。

 見覚えのあるシルエットは――けれど次第に遠ざかり……。

「待ってください! 私は、あなたに!!」

 彼女の言葉は音として現れず、相手には届かない……。


「おい、ルナ! お前、ま~た仕事しながら寝たのか……」

 自分を呼ぶ声を聞いて、ルナは意識を取り戻す。

 目を開くと、そこは自分の机の上。ルナは執務室の机に、寄りかかるように眠っていた。

 ぼーっとした顔で、周りを見渡すと、執務室の扉の前にアルがいた。

「魔王……様?」

「ルナ様? またお仕事でございまするか?」

 今度は、ローラがルナを心配そうに見つめながら声をかけてくる。

 ここでようやく、ルナは自分の状況を掴む。

「……もう朝か」

「朝か――じゃないだろ? お前、いつか体を壊すぞ?」

 ルナの眉間にシワが寄る。彼女からすれば、目の前の男から、そんなことを言われる理由はないからだ。

 アルを睨むようにして、ルナは口を開く。

「魔王様が記憶を失っておられる以上、あらゆる決済は私がしております。いくら書類を片づけても、キリがないので仕方がありません」

 その言葉に、アルは苦い顔をする。

「では、お祭りには行けないのでござりまするか?」

 ローラが心配そうにルナに尋ねた。

 ルナはため息を一度だけ吐き、少し微笑むようにしてローラに言う。

「時間を作るために、仕事を片づけていたのだ。今日は一緒に行けるぞ」

「俺は別に、ローラと二人でもいいんだがな。お仕事が大好きなら、留守番しててもいいんだぞ?」

 今度はアルがルナに嫌味を言う。全く表情を変えないルナ。

 しかし、アルの言葉に一つ、ひっかかる点があった。

「ローラと二人? シルフィはどうしたのですか?」

「あ、あぁ……シルフィの奴なら――風邪を引いた」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る