第7話

「有力貴族が謀反だってよ。魔族同士で争ってる場合かよ……」

 バンバーグ公爵の領地は、サウス地方に存在し、人間と魔族との闘いが主に行われる平原地帯より、わずかばかり西のところに位置する。サウス地方全体のおよそ三分の一という広大な土地を支配する公爵は、その血筋も現魔族の中でも、最も古いものの一つとされていた。

 ルナは部下からの報告を聞いている。すると、

「軍内部にも、今回の戦いに懐疑的な者が出てきています」

「こちらの軍は人間たちとの戦いを経験している者ばかり。魔族同士の争いに、納得いかないのは同然だ」

 バンバーグの謀反へ対処するため、ガッデスとルナは前線へと赴いていた。

 軍の野営地にあるテントの中で、二人は作戦を練る。少しでも早くこの事態を収めなければ、人間たちに付け入る隙を与えてしまうからだ。

 そこに、天幕を開いてアルが入ってくる。

「ありゃダメだぞ。このまま戦ったら、こっちが押されるのは目に見えてる」

「魔王様、いったいどちらに行かれていたのですか?」

 ルナたちについてくる形で、今回の出兵にはアルも同行していたのだ。

「こっちの連中はまるでやる気がない……まあ、当然だけど。本来なら仲間である奴らと争うことに、意味があるなんて思えないもんな。でも、相手はここで勝たなきゃ終わりって立場だ。数で勝ってても、士気が低けりゃ被害が広がる」

 ――今、戦闘が起こったら……数の優位だって保てるかどうか。

 アルにとって魔族の内乱は、決して悪いことではない。魔王軍の弱体化は――魔族の力が衰えるのは、人間に利することだからだ。

 しかし、今のアルは魔族だからという理由で、彼らが命を落とすことを見逃す気にはなれなかった。

「ですな。私も同意いたしますぞ。そこで、ここは相手の頭を落とす作戦を立てました」

 ガッデスは一つの策を提案する。

 簡単に言えば、主力軍を囮にして、少数精鋭の部隊で敵の城へと踏み込もうというのだ。

「バンバーグの領地は広大です。それを全てカバーできるほどの戦力は、奴も持っていないはず」

「兵の数が薄い部分を狙い、そのまま城まで攻め上る。これが今できる最善手でしょう」

 たとえ士気が低くとも、数をそろえた軍を動かせば、相手もそれに対処せざるを得なくなる。少数による敵拠点への奇襲は、十分に成功する見込みという見込みだ。

 ガッデスは鼻息を荒くする。

「奇襲部隊ですが、私と選抜した三十人の精鋭で向かいます。バンバーグとは浅からぬ因縁がございます。私が自らの手で決着をつけて参りますぞ」

「いや、俺も同行する」

 アルの一言に、ルナの表情が固まる。

「お、お待ちください、魔王様。何もわざわざ、魔王様が危険を冒す必要は……」

「以前の魔王様なら反対致しませぬが……力を失った今は、ここでじっとしていてくだされ」

 ガッデスも慌てて引き留めるが、アルは全く聞く気がない。にやりと笑ってから、ガッデスを煽る。

「ガッデス……精鋭を連れていくんだろう? それとも、俺の身も守れないような連中で、この作戦を進める気か? それにあそこにはシルフィがいるはずだ。俺はただ、自分の妃を迎えに行くだけのことだ」

「ううむ……そう言われては、武人の誇りを持つ者なら断れませぬ――わかりましたぞ。魔王様の願いを叶えるのも家臣の務め。全身全霊を持って、このガッデスがお守りいたしましょう」

 そういって、ガッデスはテントから出て行った。天幕の外から、部下たちに指示を出す声が響いてくる。

 二人きりになると、ルナはアルに対して不満を口にする。

「何を考えているんだ? 自分から危険に飛び込むなどと……今のお前は魔王なのだ。もう少し考えて行動を……」

「わかってる。けど、今回は絶対に行くぞ。そうじゃないと、多分シルフィを助けられない」

 その言葉にルナの表情が曇る。その顔を見据えて、アルは言葉を続ける。

「もし彼女が、軍の連中と直接戦ったら、言い訳ができなくなる。助ける手段が消えるんだ。そうなる前に、俺が止める。絶対に連れ戻す」

「……わかった」

 アルがシルフィを助けようとする姿を見て、ルナは彼の行動を認めることにした。その上で、一言加える。

「ただし、私もついていくぞ」


 魔王軍の陽動は見事に成功した。前線を南方へと少しずつ動かし、その隙に北側からガッデスたちの奇襲部隊が侵攻していく。

 わずかな小競り合いはあったが、伝令などを出させる前に、すべて無力化しつつ前に進む。

「しかし、魔王様だけでなくお前までついてくるとは……私は良い娘を持ったものだ!」

「ありがとうございます。お褒めいただいて光栄です」

 ガッデスの皮肉に対して、嫌味で返すルナ。顔に手を当て、ガッデスはうなだれる。

「しっかし遠いなぁ。もう丸四日は歩き通しだぞ。いつになったら着くんだ?」

 二人のやりとりを見ていたアルが声を上げる。

 多少体力をつけたとはいえ、いまだに体は貧弱である。アル自身の体なら、この程度の行軍に息切れさえ感じなかっただろう。その歯がゆさもあり、文句を言ってしまった。

「もうすぐですぞ。それ、あそこから見えるはずです」

 アルの愚痴に、ガッデスが応じる。

 道の先に森の切れ目が見えてきた。そこは崖になっており、下には小さな城があった。

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