第2章「まおう様、ワタクシのために……」
第1話
「あなたは……貴族の方々は一体何をお考えなのか!」
枢密議会――魔王を含む魔族の有力者による、最高意思決定機関。その会議の最中、ルナが大声を上げた。そのきっかけは、一つの文書が配られたことだ。アルは状況が飲み込めず、急いでその文書に目を通した。
第二百三十五号議案――魔王軍統合指揮官ガッデス=リュードリア大将の作戦失敗の責任を問い、ここに指揮権の剥奪と大将職を解任することを提案する。
「こんな……こんなもの認められるわけがない!」
再び声を上げたのはルナだった。公の場では常に冷静であろうとする彼女が、感情を抑えずに叫んだ。アルは、議案の内容よりも、ルナのその態度は意外なものに映った。
「また議会を開くのか。今回は何のためだ?」
「存じ上げません。今回はこちらが招集したわけではありませんから」
アルが城に戻って、八日が経過していた。野盗騒ぎがようやく収束しようとしていた時、再び枢密議会が開かれる運びとなったのだ。
枢密議会を招集できるのは、魔王だけではない。魔王を除く議員のうち、三人以上が求めれば、議会を開くことができる。今回は、バンバーグを含む七人の呼びかけにより、議会開催が決定した。
――よくもまぁ……こっちの貴族も暇なのかね。
アルは人間の貴族たちも、結論の出ない言い争いを繰り返す姿を目にした。お互いをののしり合う年寄り同士の悪口合戦は、アルからすれば時間の無駄以外には映らなかった。
――それにバンバーグってのはたしか……。
「あの小太りのおっさんか……こっちはまだ、野盗騒ぎの後始末の最中だってのに」
「後始末をしているのは私ですが。ただ、バンバーグ公爵が議会を招集した以上、一波乱あるのは間違いないでしょう」
捕えたはずの野盗は、全員が死亡。城外の牢に一時的に保留していたのが仇となった形だ。ルナは毒殺の疑いが高いと判断し調査していたが、結局何の手がかりも得られなかった。
「ですから、魔王様はとにかく慎重に。くれぐれも余計なことを言ったり、感情的になったりしませんようにお願いします」
――なんて、俺に忠告していたのはルナだったのに……。
アルは心の中でこぼしながら、ルナを制止しようとする。
「おいおい……何もそんなに大声を出さなくても」
「作戦の失敗とは何のことですか? もし魔王様と勇者の一騎打ちの話をしておられるなら、それは私が提案したもので……」
アルの言葉に耳を傾けることもなく、ルナはバンバーグに向かって叫ぶ。
「お黙りなさい! いいですかな、君はあくまで魔王様付きの政務官でしかない。そもそも議会での議決権は持っていないのだ。あの作戦を最終的に推したのは、他でもないガッデス殿!! 違いますかな?」
バンバーグのその言葉に、反論する者はいない。ガッデス自身も、何も言わずに下を向いている。
「しかし! あれは議会において正式に……」
それでも食いつこうとするルナ。だが、止めたのはガッデス自身だった。
「立場をわきまえよ! ルミナリア!」
「ですが、父上!」
アルは再び驚く。魔王として暮らすようになって、すでに一ヶ月が経とうとしていたが、ルナとガッデスが親子であることを知らなかったからである。
「これは私の問題なのだ!! お前が口を出すべきことではない! 負うべき責があるのなら、甘んじて受ける覚悟があるのだ――私には!!」
ガッデスはルナの言葉を遮り、声を張りあげた。父親からの叱責に、ルナは押し黙ってしまう。アルはルナとガッデスの親子関係を脇に置き、頭の中に浮かんだ疑問を口にした。
「ガッデス大将を解任するにしても、一体誰が引き継ぐんだ? それができる奴が他にいるのか?」
「もともと、魔王軍の大半は我々貴族が貸し出しているものです。それぞれの貴族が、責任を持って指揮をすれば問題ないでしょう」
バンバーグの答えに、アルは眉をひそめる。
軍全体を指揮する者の不在――それは軍隊全体の士気低下や統率の乱れを意味する。
――おいおい、この連中は軍略ってのを知らないのか?
アルは決して高い教養を持つ人間ではない。だが、勇者として戦いに身を置くため、戦闘や軍事に関わる知識は身につけていた。そんな彼からすれば、軍を指揮する後任の話もしないまま、司令官を追い落とそうするのはお粗末な話である。。
アルとしては、ガッデスを無理に助ける義理はない。彼は人間と直接戦う魔王軍の指揮官である。勇者にとっては、間違いなく〈敵〉なのだ。
アルが考えを巡らせているうち、ガッデス自身が口を開く。
「これは私の責任問題だ。解任要求が議決されるなら、私はそれに従うまで」
「……さすがは武人の中の武人ですな。引き際をわきまえておられる。ガッデス殿、私とて苦しい決断なのだ。だが、ケジメは付けなければな」
バンバーグが大仰に言う。ルナの顔はますます暗くなる。
「改めて、私はここにガッデス大将への弾劾決議をお願いいたしましょう。ここにいる全員が、熟慮の上、最良の決断をすることを願います」
「あ~、ちょっといいかな?」
ここで声を上げたのはアルだった。
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