第9話
「魔王様? 一体何をされているのですか?」
ルナがアルに問いかける。
夜盗を捕まえてから四日後のこと。
ルナは城の中庭でトレーニングをするアルの姿を見つけたからだ。
「この間の件で、俺も反省したからな」
「反省とトレーニングに、繋がりが感じられないのですが」
腕立て伏せ百回を終えたアルは、続いて腹筋へとトレーニングを変更する。
「魔王ってのはさ……勇者と同じで、頼られる存在だ。なら強くないとダメだ」
「でしたら、魔力の使い方を身につけてください。一度はきちんと使えたのでしょう?」
たしかに野盗との戦いで、一度はローラの真似ができた。しかし、アルはその時、自分がどうやって魔力を使ったのかを覚えていない。
「あの時は、無我夢中だったからな……ふぅ」
「だからといって、体を鍛えるなどと……」
納得いかない表情を浮かべるルナを尻目に、身体を動かし続けるアル。
「しっかし、本当に貧弱な体だ。鍛え甲斐があるよ、全く。はぁ……俺はさ、やっぱり剣を振らないと、どうもならないんだと思う。魔力のトレーニングも続けるけど、体だって鍛える。こっちなら、どんなに地道でも確実だからな」
腹筋百回も終え、アルは近くにあったタオルを手に取り、額の汗を拭う。
ルナは周りを確認してから、大きなため息を吐いた。
「結局、ローラの教え方では魔力は身につかなったわけか」
「ローラはいい子なんだけどな。言葉が足りないっていうか……ドスーンとかズドーンとかバシューンとか。さすがにあれじゃ、ちょっとわからないよ」
苦笑いを浮かべるアル。するとルナは近づいて、立ち上がるように促す。
「それなら今度からは、私が教えましょう。上着を脱いでもらえますか?」
「お、おう。これでいいか?」
促されるまま、上半身が裸になったアル。どこからか湧き上がってくる羞恥心に顔を赤くしてしまう。そんなアルの様子に気づかないまま、ルナは話し始める。
「お腹の中に力の溜まる場所があります。これはわかりますか?」
「うん、何となく」
ルナは右手を、アルの腹部に当てる。ピタッと置かれた手からは、彼女の体温がわずかに伝わる
――うぅ、なんか……くすぐったいなぁ。
アルはその感触に、眉をひそめつつ、彼女の言葉に耳を傾ける。
「では、その力をゆっくりと右腕に流しましょう。いいですか、私の触れている部分に力が移っていくイメージです」
そう言うと、ルナは自分の右手を少しずつ、アルの体の上部へと移していく。腹部から右の胸を通って、右腕へ。
「え、えぇと……よくわからない――かな?」
「最初はゆっくりです。イメージを、感覚をきちんと持ってください。魔力自体を動かすことより、魔力が動くべき道筋を思い描くのです」
ルナはもう一度、アルの腹部に手を当てる。そして、先ほどと同じように手を動かしていく。
『いかがですか、まおう様? ここ、気持ちいいでしょ? 私の手のぬくもりを、感じてくださいませぇ』
『ふふふ、ルナの指の感触は、いつだって私を癒してくれるな。さぁ、二人で楽園への扉を開こうじゃないか!』
もちろん、こんな会話を二人がしているわけはない。シルフィの妄想である。
「ひどい! ひどいですわ、まおう様!」
シルフィが叫ぶ。アルとルナはハッとして、声のした方向へと視線を向けた。
「シルファルファ王妃!」
「シルフィ……どうしたんだ、急に大きな声を出して」
二人の声が聞こえているのかいないのか……すごすごと歩き、アルへと迫るシルフィ。
「確かに、記憶をなくされる前の話ですし、契りを結んですぐのことでしたし……三年も前のことかもしれません。でも、これはあんまりじゃありませんか!」
アルには当然何の話かはわからないが、とにかくシルフィが怒っているのは理解できた。
「とにかく、いったん落ち着こう。話はそれからだ」
そうこうしているうちに、アルはルナがその場から消えていることに気づく。シルフィに関わることとなると、すぐに逃げ出すのはルナのクセだ。
――アイツ! ズルいだろ、それは!!
アルは姿を隠したルナに、心の中で愚痴をこぼす。だが、今はそれどころではない。シルフィが、アルにどんどん詰め寄ってくるからだ。
「ゼクス様は、ワタクシに言ってくださいました。妃はワタクシ以外持たないと。側室も作らないと……それなのに、いくら記憶がないとはいえ……他の女と、あんな風に触れ合うなんて! ひどいではありませんか!」
泣いているのか怒っているのかも、もうよくわからないシルフィ。アルは、何とか気を沈めようとするが、まったく功を奏さない。そして、シルフィは大きく息を吸う……。
「約束が違いますわよ! まおう様!」
「約束が違うじゃねぇか!」
薄暗い地下室。牢の中に入れられた男は叫んでいた。鉄格子の前に立つ別の男に向かって。
「軍の再編にゃ五日はかかる。あの辺りに着くまでの移動時間は三日は必要だ。だから、それまでは好きに掠奪していいって……そういう話だったろうが! ええッ!」
牢の中で叫んでいるのは、ローラとアルが戦った野盗の首領だ。あの後、城下にある簡易の地下牢に留置され、何度か尋問を受けていた。
「まさか、あの魔王が直接動かれるとは、大きな誤算でしたよ。どうやら、あれはもう、我々の知る魔王ではないようだ」
「んなこたぁな、どうでもいいんだよ。早く俺をここから出せ! アンタならできるだろ? なぁッ!」
格子を掴みながら、外の男に迫る首領。その姿を見て外の男はニタリと笑う。
「もちろん出して差し上げますよ。余計なことを喋られては面倒ですからね」
「安心しな。拷問されたって、アンタのことを話したりはしねぇさ。こっちも散々美味い思いさせてもらってきたからよぉ?」
外の男の話を聞いて安心したのか、首領は床に腰を落とした。
「ほっほっほ。ところで、ここの食事はいかがでしたか?」
「あん? そんなもん不味いに決まってんだろ。全く、一体何を混ぜたらあんな……何でそんなこと、聞、く?」
「この世で最後の食事というものが、どんな味になるのか、気になったからですよ」
首領の顔はみるみるうちに青ざめる。首元を指でかきむしり、次第に口から血が溢れてくる。
「これは計画の練り直しが必要ですねぇ。ですが、うまくいけば、思った以上の成果が手に入るかもしれませんよ。ほっほっほ!」
翌日、首領を始めとした野盗の一味は、牢の中で冷たくなって発見される。
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