第7話

「あんれまぁ、ローラちゃんじゃないがぁ」

 城を出て三日後。アルとローラはようやくバルナンの村に到着した。

「マルナおばさんだぁ。ひっさしぶりだや。元気にしとられただが?」

 村に着くなり、ローラが村人に囲まれてしまう。アルはその状況に驚いたが、もっとビックリしたのはローラの口調が全く違うものになったことだ。

「おっかぁ! おっとぉ! けえっただぁよ! ローラ、けぇっただぁよ!」

「ローラぁ。ほんどにローラだぁ。元気だったがやぁ? 全然けぇらねぇから、ずぅっと心配しとっただぁが」

 ローラは母親との再会を心から喜んでいた。村人からも歓迎され、いかにローラが故郷の人たちから愛されているのかがわかる。

「そぢらさんは、誰だぁ? もしがして、ローラのお婿さんだぁか?」

「ちげぇよ、んなわけなか! え~っと、こぢらさんは……」

 ローラは言葉に詰まってしまう。そこでアルは自分から名乗る。

「私はアルフレッドと言います。村が大変だと聞いて、お手伝いにきた者です」

 アルの顔を見て、彼が魔王だと気づくものはいなかった。いくら魔王といっても、辺境の村に住む者たちまで、その姿を知りはしない。

 ローラには両親の他に、二人の弟たちがいた。下の弟たちは、ローラの帰りを心から喜ぶ。

「お姉、おけぇりだぁ! 会いたがったがや!」

「たでぇまだぁ。おめだち、ええ子にしてたかぁ?」

 久しぶりの一家団欒に、ローラは目いっぱいの笑顔を浮かべていた。


 その夜、皆が寝静まった頃、ローラはアルを泊めている部屋を訪れていた。

「ローラの話ほど、貧しい村じゃないみたいだな。少し安心したよ」

 村への道中、アルはローラの故郷について話を聞いていた。寒冷地であるが故に作物が採れにくいこと。おかげでいつも、村人たちはひもじい思いをしてきたのだ、と。

「ようやく、村の人たちが飢えで命を落とさずに済むようになったのでござりまする。おかげで、父上も母上も、弟たちも、安心して暮らせるのでござりまするよ」

 それはルナの取り計らいであった。貧しい村への支援を手厚くし、飢えや寒さで命を落とすものを減らす。そのために、散々手を回していたのだ。

「地方官だったルナ様は、私たちの話を真剣に聞いてくださったでござりまする。だから、私もルナ様の役に立ちたいと思ったのでござりまするよ。それを……野盗なんかに壊されたくないでござりまする!」

「ローラ……お前は偉いな。家族のためにそんなに頑張って。今でもこうして皆を守るために……」

 その時、ローラはアルの手を握った。アルは彼女の体が震えていることに気づく。

 ローラは、訓練以外で戦闘を経験したことなどない、ただの侍女なのだ。野盗に襲われても、それを自分の力で追い返す自信などなかった。

「きっと、ルナ様は今頃お怒りでござりまする。私のワガママで、魔王様がいなくなったことに、気づかれていらっしゃるでござりまするよ」

「今回のことは、俺が勝手についてきただけだ。そんなに心配しなくていいぞ」

 ローラはアルの前に跪いた。そして、握っていたアルの手を、自分の額に当てる。

「違うのでござりまする。私、魔王様が一緒に来てくださると聞いた時、心から嬉しかったのでござりまする。本当は断るべきだと、何をしても一人で帰るべきだとわかってござりましたのに……魔王様のお力を、頼りにしてしまったのでござりまするよ」

「おいおい、あまり当てにしないでくれ。俺は記憶がないだけじゃない。魔力だって、まだ全然コントロールできないんだぞ」

 結局、アルはずっとローラから魔力の使い方を教わりながらも、いまだにきちんと力を使えずにいた。腹の底に何か、人間の時にはなかった力が溜まっているのはわかるのだが。

「それでも、魔王様なら私たちを救ってくれると信じられるのでござりまする。ですから……」

 そこまで言うと、ローラは立ち上がってから、深々と頭を下げた。

「どうか、助けてくださりませ、魔王様」

 助けを乞う者には、どんな時でも手を差し伸べるべき。それが、勇者アルフレッドの信条である。

 ローラの姿は、アルを奮い立たさせるの十分なものだった。

「ああ……わかった。俺にできることは何でもするよ」

 その言葉に安心したのか、ローラは自分の部屋へと戻っていった。だが、その願いに本当に応えられるのかは――アルにもわからなかった。

 ――それでも、何もしないままで……勇者なんて名乗れない。

 寝つくことができないアルであったが、幸いにもその夜に野盗が現れることはなかった。


 アルとローラがバルナン村に来て、三度目の夜が訪れた。枢密議会から七日目。

 ガッデスが言った軍の出動準備に五日、移動に三日かかるとして、明日には全てが解決する。

「このまま何事も起こらないといいけど……」

 アルはそう呟くが、その思惑は打ち砕かれることになる。

 遠方から馬の足音が聞こえる。勇者として研鑽を積んできたアルは、人よりも物音に敏感だ。地面を伝う振動も、この村に向かう馬の存在を知らせていた。

「ローラ! 起きろ!」

 自分に充てられた部屋を飛び出したアルは、急いでローラを起こす。その声に彼女の家族たちも目を覚ました。

「ああ、来ちまっただぁか? 野盗共が来るんだぁか?」

「おっかあ、大丈夫だぁ。わだすが何どかすっから、隠れてるだぁよ!」

 ローラはそう言うと、アルと一緒に外へと飛び出した。

 夜襲というのは、掠奪にはもってこいだ。相手が状況を把握する前に、あらゆる反撃手段を奪ってしまえる。無抵抗な人間の命を奪うのは、何の労力も必要ない。だからこそ、野盗はそうした卑怯な手段を好んで使う。

 アルはそういうロクでもない連中のことを、よく知っていた。

「松明に火をつけろ! まずは明かりを確保するんだ!」

 夜の闇に乗じて行動されれば、普通の人間はまともに対抗できない。夜襲を好んでする連中は、普段から夜目を鍛えているものだ。相手の土俵で戦わないのは、基本中の基本である。

 村人に協力してもらい、アルは昼のうちに、村のあちこちで大きな松明を用意しておいた。一つ、また一つと火が灯されていく。村が明るく照らされていく中、二つほど男性の悲鳴が聞こえた。

「野盗たちはもう村の中にいるぞ! みんな周りを警戒しろ!」

 アルが考えていたより、相手の手際が良い。野盗とは言っても、単なる烏合の衆ではないとアルは覚悟した。

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