第4話 ダイヤスタイル捜査

翌日、午前8時。児玉は同僚の磯崎刑事に連絡した。

「磯崎か?。児玉だ」

「あ、どうも、おはようございます」

「うん、おはよう。俺たちも今日からおまえらと合流してダイヤスタイル関係を洗おうと思うんだ。それで今からでも一回会いたいんだがな」

「そうですか、分かりました。今自分らは青山にいます。それでは…、じゃそこにある喫茶店のスタバででも待ち合わせますか?」

「うん、そうだな。じゃ今からそっちに向かう」

「分かりました。お待ちしております」

 約30分後、児玉らが到着し、さっそく店の奥の席に陣取りミニ捜査会議が開かれた。

「うちらとしても目ぼしい情報はまだ取れていません。とりあえず掴んでいるものとしては、ダイヤスタイルが倒産したのが2003年の2月初めで-、会社が入居していた貸しビル業者の話によると倒産の翌月に当たる3月、その末日にそのビルを完全に退去したとのことです。それで一応、そのビル周辺を当たってみたんですがほとんどの者がそんな会社があったことも知らないと言っていて、たとえ知っていても事件解決に結びつくような情報ではありませんでした。まだまだ途中の段階ですがうちらとしては今はこんなところです…」と磯崎は少しバツが悪そうにこれまで調べてきたことを児玉らに説明した。

「分かった。じゃ、俺たちは明日、一度ダイヤスタイルのあったビルに寄って、その後水谷の妻から教えられたダイヤスタイルの取引先を当たってみようと思う。磯崎たちは引き続き周辺の聞き込みに当たってくれるか」

「分かりました-」


東京・青山 某ビル内・貸しオフィス事務所(元ダイヤスタイル本社所在地)

 午前9時過ぎ。「ったく朝っぱらから~。また刑事さんですか〜?。昨日も来ましたよ」と言って貸しビル業者の社員(管理人)は児玉らに対して露骨に悪態をついた。

「まあ、共用部分でしたら自由に見てもらって構わないですけどね。でもなんてたってあの会社があったのは13年も前なんですから事件の解決に結びつくようなものなんて何も出てこないと思いますよ。まあ、当時はえらい不景気でね。この年だけでもダイヤさん含め3社が倒産してここからいなくなってるからね。その時はもう、うちも潰れるんじゃないかと心配したよ」とその管理人は昔を思い出して言った。

 そう言われても動じることなく児玉らは共用部分ではあったが丹念にビル内を見て回った。しかし、その管理人が言うように事件解決に結びつくようなものは何も見つからなかった…。


ダイヤスタイル元取引先

「まあ、ダイヤさんもまともに商売していたとは思うけどね、ただ最後のほうは資金繰りには相当困っていたみたいでね。…で、普通じゃない人とも付き合ってたみたいよ」と当時を知る取引先の経営者は話した。

「普通じゃないって…。ヤミ金とか暴力団とか?」と児玉が尋ねる。

「うん…、そんな感じの」

「この辺りの暴力団って…?」

「この辺りというか、青山・渋谷周辺じゃ、東○会っていうのが経済ヤクザで幅をきかせてますがね」

「東◯会…。で、何かダイヤスタイルとの関係でトラブルとかは聞きませんでしたか?」

「トラブルね〜。ウチはただの取引先だから。なかなか裏事情までは…ね」

「そうですか、分かりました。また何か思い出しましたらこちらへご連絡ください」と児玉は言って連絡先のメモを手渡す。そして、事務所を出るとその足で児玉らは、今度は新宿に本部がある暴力団の東○会渋谷事務所に乗り込んだ-。


暴力団・東○会 渋谷事務所

「静岡の刑事さんが何の御用ですかね?」と幹部らしい男が対応する。

「ダイヤスタイルという会社と何か付き合いがあったか聞きたいんだが-」

「ダイヤスタイル?。ああ、10年以上前に倒産したあのアパレル会社ですかい?」

「ああ、そうだ。何か知ってるのか⁉︎」

「この前の伊豆高原の殺人事件に絡んでの捜査ですか?。まあ、もう時間が経ってるから言いますけどね。あれはダイヤさんが資金繰りが厳しいってんで、3億ぐらいうちで用意したんですわ」

「ほう、3億!。それで、そのカネは無事返ってきたのか?」

「ええ、まあなんとかね」

「それは、まともなカネだったのか?」

「まあ、ある人の仲介がありまして…」

「ある人?。って誰だ?」

「まあ、それは大っぴらにはできない人でしてね。まあ、その人が実質的に用立ててくれたようなもんですわ」

「用立てるってことは、借金を肩代わりしたってことか?」

「まあ、そういうことになりますかね」

「おい、それは誰なんだ?」と児玉は思わず語気を強めた。

「だからそれは言えねえって、さっき言っただろうが」と傍に控えていた若いチンピラ風の男が声を荒げる。

「おめえは黙ってろ!」とその幹部らしい男がチンピラ風を一喝し

「刑事さん悪いが話せるのはここまでだ。どうかお引き取り願おう」とその男はドスを利かせた声で児玉らに退去を迫った。

 仕方なく、児玉は「また来る」と言い残し、丸山を伴って暴力団の事務所を出た。児玉は歩きながらその暴力団幹部の供述を思い返してみる。そして…、

「3億も貸して、最終的には潰れてしまった会社から回収できたとはとても思えんな。おそらくその金は一回焦げ付いただろう」と児玉は丸山に向けて言った。

「ええ。それでもその後ヤクザからの借金を肩代わりした奴がいたってことですよね?」

「ああ…、そう言ってたな」

「一番考えられるのは小林園…、だけどそこが出てくるんだったら、初めっから小林園から借りると思うな」

「ヤクザから借りなきゃいけない理由があったと…」

「うん…、というか小林園を頼れない理由があったというべきか…。まあ、なんにしろ最終的に潰れるダイヤスタイルのために大金を出した奇特な奴がいたってことだ」

「ええ…。それとタマさん、ダイヤスタイルのメインバンクにも当たってみませんか?」

「うん?。ああ、そうだな。メインバンクはどこだったんだ?」

「先程メールで磯崎さんから教えてもらいました。大手都銀の東都銀行だということです-」


東都銀行青山支店

 児玉たちはかつてダイヤスタイルと取引のあった東都銀行青山支店を訪れた。児玉は当時の融資担当者はまずいないだろうと思っていたが、幸運にも今の融資課長がその担当者だったということで話を聞くことができた。

「ダイヤスタイルとの取引はどんな感じだったのでしょう?。何かトラブルめいたものはありませんでしたか?。特に倒産する直前とか…」と児玉は立て続けに率直な質問をした。

「いやトラブルというと語弊がありますがね…、まあ、うちも商売ですから回収の見込みの薄い融資は極力避けたいというのが本音でして…。先方も苦しいのは分かるんですが、当時こちらもただでさえ不良債権が問題になっていた時期で当行うちの経営も大変苦しい時期でしたから…。まあ、そういう事情もあって融資はできないとお断りしたことが何度かありました」とその融資課長は当時を振り返って言った。

「ダイヤスタイルが他に融資を受けていたところはありませんでしたか?」

「さあ、うちの他にもいくつかの銀行とは付き合いがあったようですが、主銀行メインはうちでしたからね、うちが融資しないと言えば、どこも右に倣えだったんじゃないでしょうか。あと一回奥さんの実家の小林園が保証することになって。融資したことがありましたっけね」

「暴力団からとかは?-」

「さあ、ちょっと分かりませんね-。そういう話は当時聞きませんでしたよ。あ〜、そういえば一回、外で飲んだ時に強力な金づるができたって水谷さん話してましたね〜、まあ単に僕に対する強がりだったのかもしれないですけど」

「強力な金づる?」

「ええ。まあ、あまり詳しくは話しませんでしたが、何でも大学の先輩の紹介でって」

「大学の先輩…。それは誰だか分かりますか?」

「さあ、そこまでは…」

「そうですか…。で、倒産の直接的な原因は分かりますか?」

「まあ、バブルが弾けてと言えば簡単なんでしょうが、直接的には中国や東南アジアなどの当時、新興国と言われている所で作った安い衣料品が国内に大量に入ってきて太刀打ちできなかったって聞いていますよ。水谷さんもファッションにはこだわりがあって、デザイナーズブランドとかをしつこく展開してましたからね。まあ、結果的にはそれも時代に合わなかったんですけど…」

「そうですか…。ところで水谷さんの行きつけのバーかなんかありましたか?。知っていたら教えていだだきたいのですが」

「あー、ありましたね。今でもやっていると思うんですが、銀座の高級クラブ、『XXXスリーX』というところです。あそこでは私どもも何度か接待を受けましたから」

「そうですか、分かりました。ご協力ありがとうございました」

 二人は今度、銀座に向かった-。


銀座・高級クラブ XXXスリーX

 児玉らは、開店前の店に入り、長年ママをしているという女性に話を聞いた。

「水谷さんの女性関係で何か知っていることはありませんか?」と児玉が尋ねる。

「水谷さんって、ああ、一郎ちゃん?。懐かしいわね。でも今回は残念ねー、まさか殺されるとはね…。もうほんとショック。あ、えーと、女の人ね、うん、聞いたことあるわよ。あの人おじさんにしてはわりとカッコよくて、しかも社長でお金持ちだったから結構モテたのよね。一人は確かユキエって言ったかな。自分の会社の社員さんだったみたい。それから取引先にもう一人…。ほら、アパレル関係の会社だから、取引先もそれ関係でしょ。経営者でも女の人が結構いたみたいで」と店のママが答えた。

「では、その方も経営者で?」

「そう」

「どういった関係の方とかは聞いていますか?」

「なんでも、デザイナーの人だって、ファッション系のね。あと、伊豆高原に一郎ちゃんの会社がもってる豪華な保養所があったらしくてよくその女の人と行ったって」

「伊豆高原⁉︎。そうですか!。その愛人と思われる経営者の名前は分かりませんか?」

「名字は分からないけど、たしか、アオイって言ってたかな」

「アオイ…」

「その女性の会社の名前とか住所とかは分かりませんか?」

「ううん…、詳しいことまでは知らないけど、会社の場所はたしか代官山だって言ってたかな」

「代官山…。あ、あと部下のほうのユキエとかいう愛人は?」

「ああ、社内一の美人だって。よく一郎ちゃんが自慢してたわ。自分ではただの上司と部下の関係だって言ってたけど…、まあ明らかに愛人関係だったわねあれは。新潟出身の人だって。よくディスコとか一緒に行くって楽しそうに話してたから。ほらバブルの頃だったから女の子の間でワンレン・ボディコンなんてのが流行ってて、それがよく映えるんだって鼻の下伸ばして話してたっけ。たしか伊豆高原にある保養所もその子のために造ったって言ってたわよ。だからその子ともそこにはよく行くんだって当時言ってたわ」

「えっ!?。伊豆高原の保養所をそのユキエのために造ったって!。じゃあ伊豆高原は、ダイヤスタイルというか水谷さんにとっては特別な場所だったんですね!?」

「まあ、そうかもしれないわね。なんでもお洒落で立派な保養所があるっていうのは当時聞いたけど、特に他には…ね。ああ、そういえば、そこで昔ファッションショーをやったって」

「ファッションショー…。それはいつ頃ですか?」

「さあ、しっかりとは覚えてないけど、バブルの頃だったわね。なにせあの頃があの会社の絶頂期だったから」

「その頃を知っている社内の人を知りませんか?」

「名前と顔ぐらいは知っている人はいるけど、連絡先まではね…。ねえ近く、一郎ちゃんの葬儀があるんでしょ?。その時に昔の人たちもいくらか顔出すと思うから当たってみたら?。私も顔出すつもりだから、その時に教えてあげるわよ」

「そうですか、ありがとうございます。では、その時はよろしくお願いします」

児玉らは礼を言って店を出た-。


さっそく児玉は捜査本部の松平に連絡を入れる-。

「課長、水谷には過去に愛人が二人はいたようです。一人はユキエ、名字は不明です。水谷の会社の社員だったということです。もう一人はアオイ、こちらも名字は不明です。水谷の前の会社の取引先の社長だということです。現在の年齢はユキエの方は40代後半、もう一人のアオイは50歳以上かと思われます」

「40代後半と50歳以上か…」と課長の松平は嘆息交じりに呟く。鑑識の調べでは女性被害者の年齢は35歳前後ということであったからだ…。

「それで彼女らの現在の居所というか住所とかは分かるのか?」

「まだ把握しておりませんが…。とにかく二人とも今回の事件現場となった伊豆高原の保養所には頻繁に行っていたようです。しかも保養所はそのユキエという女のために造られたという情報もあります。事件のガイシャとしては、年齢的には厳しいですが仮にユキエかアオイが被害者だとすると、やはりホシは前の会社の関係者だという線が濃くなります-」

「うん、そうだな-。とりあえず早急にその元愛人二人の住所・居所を突き止めてくれ」

「分かりました!」

 児玉と丸山は関係先をしらみつぶしに訪ね歩いた。しかし、二人の元愛人の住所はようとして知れなかった…。


 その頃-、村山、平坂の両刑事は児玉たちと定期的な情報交換を行なった後、銀座にある小林園東京支店に乗り込んでいた。水谷の部下で実質的な支店長代理だった山口やまぐち経理部長から事情を聴く。

「水谷さんは東京支店では主に何をされていたのですか?」と村山が尋ねる。

「主には資金調達ですね。やはり会社の元社長だったので銀行とのやりとりは手馴れたものでしたよ。顔馴染みということもありましたし。…まあ、それだけにやりにくかった部分もあったかもしれませんが…」

「過去に自分の会社を潰したから信用がなくなった…と?」

「ええ、確かにそのことはネックになったと思いますが…、しかし好調な当社の業績を見せればそのことも払拭できたと思います。うん…、あと、支店長でしたので一応営業管理の方もやっていましたが、支店長自身この会社での営業経験がほとんどありませんのでね。その辺は歴代の営業部長に任せていたところはあります」

「でも最近は海外進出を主張していたとか?」

「ああ、よく調べていますね。主張というか、酒の席なんかで、『うちも海外進出ぐらい考えればいいんだよ』なんて冗談半分で言っていたことはありますが、京都の経営陣にまで主張していたとは思えないですね。今は奥さんの実家の会社にお世話になっている身、身を低くして誠実に仕事に向きあおうという姿勢がこちらにも伝わってきましたから。やはり自分の会社を潰したことの負い目が抜け切れていない…、そんな感じでした」

「そうですか…。ところで社長の玄太郎さんは時々はここには来られるのですか?」

「ええ、まあ半年に1回ぐらい。つまり年に2回ぐらいですね。業績がいいこともあって、挨拶程度で、あまり突っ込んだ話はなかったと思います」

「分かりました。あと…、社内で噂になったりとかした女性はいましたか?」

「支店長とですか?」

「ええ-」

「いや、支店長はそういうことはなかったと思います。少し歳をとったマイホームパパという感じで妖しい感じはなかったですから。もっとも、パパといっても支店長のお子さんはみな大きくなっていてもう自立されていますが」

「そうですか、分かりました-。色々ありがとうございました。また事情をお聞きするかもしれませんのでその時はどうかよろしくお願いいたします」

「分かりました。捜査には喜んで協力させて頂きます。あの…、それで、犯人の目星はある程度はついているのでしょうか?」

「いえ、まだそこまでは…、でも必ず犯人は捕まえてみせますよ!。ご安心ください!」そう言って村山らは席を立った。

 村山は支店の外に出ると、停めてあった車の無線機を使い松平課長に報告した。その後、児玉にも報告し情報を共有する。そして後日行なわれた水谷の葬儀に児玉らとそろって臨んだ。

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狼の生贄 ー伊豆高原殺人事件ー 青木 地平 @kh43-na605

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