07-09-02:第37小隊・驕者久非
3人は薄闇を走る。この時間は人が最も油断する時間であり、活動する人もかなり少ない。打ち合わせどおりの道程を行き、アホ面を掲げているエルフの門番を目に止めた。
数は2つ、まだ気づいていない。
「死ね」
ピリエムが呟けば数多の〈ストーンアロー〉が飛来し、欠伸をする門番を忽ちに肉塊へと変えた。恐るべき
ガロはワルドについて行ったが、その技は見事なものであった。スラリと抜いた濡れるような刃は小さな風切り音を残し的確に急所を切り裂いていく。エルフの兵士は「う」とも「ぬ」とも取れる声を出し、暴れるでもなく全員が事切れていた。
「……あっ、しまった」
ふとワルドが声を上げ、何だとガロが見ると髭を撫でつつ申し訳なさそうに振り返った。
「ガロ、お前さんの初陣を奪ってしまった。ここで慣れとかんと不味かったのにな。いかんいかん、俺も気が昂ぶって急いてしまったようだ」
「いや、俺があんたの見事な剣技に見惚れてただけさ」
本当に鮮やかな手並みだったのだ。断じて……怖くて震えていたということはない、はず。
「おい、こっちは終わった。早く本番に行くぞ」
他の兵士の処分をしていたピリエムと合流し、第37小隊はエルフ中央区へと足を踏み入れていく。此処から先は他の30番台の他小隊と共同で兵舎の襲撃を行うことになる。
徐々に膨れ上がる人数は総勢50余名。これで兵舎へと襲撃を仕掛けるのだ。夜番もいくらか居るとはいえ、門番と同じく浮足立ち統制が取れぬことは容易に予測できた。
だから第30番総長の指示を以てガロ達小隊は兵舎へ向かう。
兵舎に詰めるのはこれまでとは異なり、下級とはいえハイエルフの騎士達だ。準備万端であれば分の悪い勝負も勝ち目が見込める。占拠した後は防壁を組み、中央攻略の橋頭堡とするのだ。
薄闇に取り囲まれた兵舎、その入口が密かに「きぃ」と開かれ全員が所定位置についていく。隊は2つ、夜番の始末と寝込みの始末だ。ガロ達は夜番の始末を行う2小隊に入っている。
3、2、1。行動開始。
各所一斉に扉を蹴破り蹂躙が始まる。ガロも扉から飛び出して、近場の騎士に飛びかかった。
「なっ、貴様らっ!」
「ウオオオオ!!」
一心不乱に短槍を突き出せば、1人の騎士の左肩に当たる。だが貫くには至らず態勢を崩させるのみ。転がる騎士に飛びかかり、馬乗りに成って短槍を真下に振り下ろした。しかし一瞬早く穂先を掴まれて胸には届かない。
「ぐ、ううう!!」
「ヌオオオオ!」
ガロは渾身の力で持って槍を押し出し、騎士は万力のような握力で持って対抗する。だが地の利はガロに在る。じりり、じりりと穂先は騎士の胸元へ向かい、ブレストプレートの隙間へと滑り込んでいく。
「ぐ、が……!」
「あああああああ!!!」
ゆっくり、ゆっくりと心臓に穂先がえぐり混んでいく。とくん、とくんと振動が槍から伝わってきた。
「や……め……っ!」
「オオオおお!!!」
早鐘を打つそれを押しつぶすように体重をかけ、やがてぶちりと何かを切り裂いた。ガロは驚愕に目を見開いた騎士と目が合い、びくりびくと震える体から徐々に力が失われていくのを感じる。
痙攣する体にまたがる彼は、槍にもたれかかるようにして息を荒げた。
「は、はっ、はっ」
殺した。殺した。殺してやった。仇を殺してやった。だと言うのに気持ちが晴れない。強烈な吐き気が襲ってくる。こいつらはそれに足るだけのことをしたのだ。そう納得させようと自分に言い聞かせるも、涙の浮かんだ目はじいっとガロを見ているのだ。
だってそうだ。こいつにだって家族はいるだろう。ガロと同じように子供だって居たかも知れない。全ては可能性……けれど、ガロはそうだと気づいてしまった。
ガロは今更になって復讐の意味を理解した。鳥肌が立ち部屋の隅で吐いた。
「大丈夫か?」
吐くものもなくえづいていると、ワルドが心配げに背中を擦ってくれた。彼の手にした剣には真っ赤な血糊が滴っている。
「戦況はこちらが優位だ。ピリエムが押しているからな」
ワルドの言葉に顔を上げれば、肉を引き裂く幾多の音が聞こえてくる。同時に幼く、歪んだ笑い声がした。
「あはははははははは!! 死ね! 死ね! 死んでしまえよぉお!!」
それはそれは楽しそうに肉体を細切れにしていた。どうやらダイヤモンドの刃を飛ばし刻んでいるらしい。あとに残るのは肉のタタキであり、先ほどとは別の意味で吐きそうになったガロである。
とまれ引いているのはガロだけのようで、皆冷めた目でピリエムを……いや、その先にいるハイエルフの残滓を眺めていた。
「さて、やったなガロ。立派に1匹仕留めたじゃあないか」
「おっ、おう……俺だってやれば出来るんだ」
そうして無理に笑って見せればそれでこそだと肩を強く叩かれた。それが少しだけ誇らしくて嬉しくて……だからこそ、目の前で起きた事が信じられなかった。
ぱりん。ガラスの割れる音がした。何故? 理由はここにある。
立ち上がったワルドは窓辺に立っていた。その彼の頭に、あってはならないものが生えていた。
「ぽ」
なんともし難い声を上げて、頭に矢を受けたワルドはくにゃりと倒れて動かなくなった。
「は――?」
死んだ? ワルドが? 疑問が脳裏を掠め、しかし時はまってくれない。次々に風切り音がなり、今度はごろりと何かが飛び跳ねてガロの足元に転がってきた。
「ひいっ?!!」
それは愉悦に顔を歪ませるピリエムの首だ。魔法で切断されたのだろう、切り口はとてもきれいであった。
何が。何が。何が。混乱するガロの目の前に、沢山の火矢が飛び込んできた。それは何故、どこから。
混乱するガロはそっと窓の外を見た。そこには何時から居たのか、整然と隊列を組みこちらに弓を引いている騎士たちの姿があった。それは今相手していた者達とは比べ物にならないほどいい鎧を纏っていて。
「あ……」
輝きが視界を塗りつぶした。きれいな光だと思った。あいつらは巫山戯ているが、魔法はこんなにも美しいのか。ガロの最後の記憶はそれきり潰えた。
――贄を。いまこそ贄を捧げん。
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