07-09:ショウダウン

07-09-01:第37小隊・静謐待機

 刻限は夜明けより少し前。イルシオ外縁部エルフ居住区、レジスタンス『アカシア』が用意した拠点で3人の構成員が身を潜めていた。それぞれリーダーでドワーフのワルド、狼型獣人種のガロ、そしてダイヤモンドの翅をもつピクシーのピリエムという。


 これが決行にあたり結成された第37小隊のメンバーだ。小隊の任務は陽動……つまり主目的から目をそらすための兵舎屯所の奇襲である。仕掛ける地点は小規模な寄宿舎になっている建屋であり、今なら寝込みを襲う事も容易だろう。


 この日のために確り訓練もしてきた。自信だってもちろんあった。しかしこれがはじめての実戦だという者も数多く居る。ガロもその1人であった。


「……」


 ガロは取り回しの良い短槍をぎゅうと握りしめて震えていた。これから殺し合いが始まる、その事実を否定するつもりはないが否応なく緊張してしまう。なにせだなんてはじめてのことだ。武者震いといえばそれまでだが、それにしたって体が固くて仕方ない。


 そんなガロを見咎めてワルドがふぅと息をつき、肩に手をぽんと置く。びくりと震えるガロはぎゅるりと勢いよく振り向いた。その目は怯えからか瞳孔が開ききっている。


「おい、ガロ。そんなに緊張するな」

「わ、わかってるよそんな事」

「とりあえず槍を握りすぎだ、まず力を抜くんだ」

「お、おう」


 言われて槍を離そうとするが、どうにも固まって指が開かない。


「……あ、あれ。おかしいな」

「どれ、かしてみろ」


 ワルドがガロの手を一本一本丁寧に解いていく。握りすぎて血の気が引いて少ししびれているようだ。


「すこしぐーぱーして解せ。これからってときに動けなくなるぞ」

「……すまん」


 耳がぺたんとさがり申し訳なさそうにするガロに、幼子のような容姿のピリエムが鼻で笑った。


「本当に大丈夫なのか? その調子ではすぐ死にそうだがな」

「ッ……」

「せいぜい、足手まといにだけはなるなよ」


 嘲る目にガロが歯噛みして睨み、ワルドは深くため息をついて額に手を当てた。


「ったく、煽りなさんな。アンタが強いのは知ってる、だが世の中はそれだけで回っているんじゃないんだぜ?」

「いいや強ければ生き、弱ければ死ぬ。それだけのことだ」

「ああそうだな。だからちょっと黙っててくれ……」


 舌打ちをするピリエムはそっぽを向き、ワルドはまたしてもため息を付いた。


「良いかガロ、戦いになったらまず前を見ろ。そして敵が見えたら『突き』を食らわせろ。訓練と同じだ。あとは俺の声をよく聞いておけ……たったそれだけでいい」

「お、おう」

「今更かも知れんが殺すのをためらうなよ? それじゃあ娘さんの敵が討てねえだろう」

「……ああ、そうだな」


 仇。その言葉でガロは改めて思い出す。ガロは嘗て普通に結婚し、子を設けた幸せな家族であった。幸運にも飢えることもなく順調な日々が続いた筈だった……それが儚くも壊されたのは『人狩り』の到来によるものである。


 突如集落を襲ったハイエルフ騎士団はあっという間に住んでいた村を制圧し、子供という子供を連行していった。彼の娘もまた然り。必死で抵抗しようとした妻はその場で殺された。なぜ、どうして。その理由は彼らの首魁たるレヴォルが教えてくれた。


 曰く『幼獣人の尻尾はに丁度よい』のだと。


 唖然とした彼は信じられずにいた。なにせ『それ』以外は不要なのだと言われて信じられる訳がない。わざわざ残ったに餌をくれてやる義理もなし、処分するのが妥当であると。


 時をおいてレジスタンスに協力する中でこれが事実であると知り、娘が生きているという一縷の希望を失ってしまった。


 信じられなかった。信じたくなかった。だが……同じ境遇のものはレジスタンスにいくらでもいたのだ。彼は信じざるを得ず……気づけばこんな所で槍を握っていた。


「ワルド、あんたは親御さんだったか……?」

「そうだ。作った剣の出来が悪いとか言ってな……こいつはそんときの形見さ」


 そういって抜いて見せるのは薄闇でも映える輝きを持つミスリルの剣であった。ガロは鑑定の目を持たないが、特別中の特別であることは容易にわかる。少なくともこんな場所で埃を被って良い品では無いだろう。


 故に、ワルドが望むのは剣の証明なのだ。我等斯様なる最高傑作をここに示したり。汝が下したるは間違いであったと。証明を血で贖わせようとしているのだ。


 ならば、と、ガロはピリエムに向き直った。


「もしかして……あんたもそうなのか?」


 ピリエムがゆっくりと振り向く。幼子のようだがその目はひどく濁って鋭い。とても人が辿り着いて良い淀みである。


 歪みはやがてポツリと語り出した。


「皆殺し、だ。ピクシーの翅が良いになるなどと言ってな。当時幼かった私は小さく震えていることしか出来なかった……だが私は覚えているぞ。母の悲鳴、父の叫び、同胞たちがあげたあまたなる声。故に私は応報せねばならない。応報せざるを得ない。それが叶うのならば、泥水でも啜ってみせよう。腐肉をこそ食ってみせよう。煉獄に堕ちたる身は、最早不退転である」


 そして淀みは、歪みは、蕩けるように笑う。或いは花のような笑顔といえたが、ガロにはひどく不気味に見えた。


「ああ、だが今日はすこぶる気分がいい……鏖、鏖だ。こんどは奴らを鏖にするのだ。塵のように埋まり、屑のように散らすのだ。臓物を引き抜き、眼を引き抜き、親を、子を、兄弟を。私は全てを平等に殺そう。殺しつくそう。そのために生きてきた。そのために研ぎ澄ませてきた。ああ、ああ、今日はなんていい夜だろう……フフ、フフフフフ」


 最後はガロに語りかけるではなく、ただ己へのつぶやきのように思える。ピリエムはどうしようもなく壊れていた。……だが壊れている、という意味ではガロも同じなのかもしれない。


 なにせガロもピリエムと同じく、ハイエルフを殺したくてたまらないのだから。


「俺達の任務は陽動、いっちょ大暴れしてやろうぜ」


 ワルドの言葉にガロは頷き、やがて時はきた。各所で影なる者達が、一斉に動き出したのである。

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