07-09-03:第08小隊・殺激嵐舞

「――だと思いましたよ」


 レジスタンスに対する奇襲に射掛けられた矢や魔法を払い、すり抜けたシオンの愛剣『辻風竜胆ワールウィンド・ゲンティアナ』は血で汚れていた。しかし滴る汚れはすぐさま剣に染み込むように消え失せる。生ける魔剣が故の機能の1つである。これならいくら人を切り、魔物を切ったところで付着する油により切れ味が悪くなることも無い。


「き、貴様一体……何をした!」


 ただふらりと現れた剣士のひと振り。それだけで7人もの騎士が命をちらしていた。


 動揺するのは隊列を指揮する隊長格らしいハイエルフの騎士だ。レジスタンスのは完璧だったはず。だというのに目の前の剣士は臆することなく飄々と迎え撃ち、一流の騎士を殺害せしめたのである。


 同じく対応を強いられるレジスタンスも驚きながらシオンの背を見ていた。まるで化物でも見ているかのように、恐れを孕んだ視線が注がれている。


 そんな中でも動じることなくシオンは指揮官を見据えてため息を付いた。


「……貴方、さては馬鹿ですね?」

「なっ、何だと?!」

「奇襲というものはをてらいいかかるから有効なのですよ。始めから露見していれば対処は易い。少なくとも僕からすれば隠せていませんでした……むしろ隠すつもりが無いんじゃあないかと不安に思うほどでしたよ」

「ば、馬鹿な……ありえない! 我々の計画は完璧だ!」

「どうでもいいですよ。ああ、それとですねぇ――」


 カヒュと風が鳴る。剣は振るわれて音を立て、同時に指揮官を除く騎士たちがそれぞれ倒れていった。


「戦場で構えもせず棒立ちになるようでは、まさに『殺してくれ』と言っているようなものですよね。これはもう馬鹿と判断せざるを得ないと思うんですよ」


 ヒュカ、ヒュカ、と幾度か振るわれる剣の前に、指揮官が従える30余名の騎士は動くことを止めた。包囲網は決壊し、最早意味をなしていない。何れ取り囲む他の騎士達も異変に気づくだろうが、果たして間に合うだろうか。


「はぁ……之なら山賊のほうが遥かにマシですねぇ。貴方、本当に騎士なんですか? だとしたらハイエルフの騎士とやらは随分と楽な仕事なのでしょう。羨ましい限りです」

「ぐッ……」


 侮られているのは解る。だがそれ以上に眼の前の剣士が恐ろしい。指揮官は知らず震えていることに気がついた。馬鹿な、そんな事はあってはならない。何故恐怖を感じる必要があるのだ。


 この私が、この私が、この私が……! そう思う彼もまた、『狩るものは狩られるもの』である事実を認識していない。


 かつ、かつと前に進みながらシオンが前に進む。ぴしゃりぴしゃと血の海を乗り越えてくる彼は何の感慨もなくただ歩き、怯えたように指揮官は後ずさる。だがなにかに躓いて尻餅をついてしまう。それはかつて部下だったものだ……悪態をつく彼は、しかしてシオンから視線を外すことが出来ない。


「く、くるな! よせ!」

「ではさようなら」

「やっやめ」


 言い切ることは出来なかった。そのために必要な空気は体に残されて、もうつながっていなかったのだから。ころんころと転がっていくものを見つつ、まったく面倒にすぎるとため息を付いた。


(きっとはじめての実戦だったんでしょうねぇ、かわいそうに)


 初陣は死の危険が1番大きいというのに、慢心を抱いて戦場に来たなら取りこぼすのは必定である。にんともかんとも諸行無常である。その後兵舎に強襲してきた騎士をさくりさくと屠り、呆気なく最後の1人まで逃さず全て平らげた。圧勝である。


(とはいえ全体で言えば劣勢ですか。奇襲を防げたのはここだけの様ですし)


 街の各所で爆音があがっており、明けの空を赤く染め上げている。血の海でため息をつくシオンは背後で恐る恐る前に進み出た人物に振り返った。


「し、シオン……?」


 顔を真っ青にして震えるのは彼の伯父たるナリダウラだ。彼は抜き身の剣をぎゅうと握って、可愛そうなほどにおびえていた。


「どうしました叔父様。何をぼんやり突っ立っているのです? ここは戦場ですよ。そんな生まれたての子鹿のように震えてはと死にますが」

「そうじゃない! この奇襲はおかしい、情報が漏れていたんだ!! だから」

「だからなんです?」

「え――」


 何を言っているかわからないとばかりに彼はシオンを見た。


「これぐらい想定の範囲内じゃあないですか。そんなことより貴方はなにをしてるんですか?」

「なにを……って! 第08小隊は崩壊したんだ、直ぐに逃げて――」

「逃げてどうするんしょうか」

「それは……わからないが、レヴォルさんがなんとか」

「してくれると思っているなら、ちょっと頭がお花畑かと」

「ッ……」


 ぎりと歯を噛むナリダウラに、シオンは淡々と告げる。


「もう賽は投げられたんです。後はやり遂げて死ぬか、何もせずに死ぬか。どちらかしかありません……まさかその程度の覚悟もないなんて言いませんよね?」

「……」


 項垂れるナリダウラにシオンは肩をすくめる。


「ま、いいです。僕はもう行きますので」

「ど、何処に行くんだ?」

「決まっているでしょう、中枢です。元老院、打倒するんでしょう? まぁそれそのものは僕にとってでしかありませんけれど」

「無理だ、不可能だよそれは」

「貴方がそう思うんならそうなんでしょう。貴方の中では」


 それきりシオンは世界樹へ向かって駆け出した。あとに残されたのは戦意を喪失し、唖然とするレジスタンスのメンバーだけだ。


「シオン……君は一体……」


 その声は最早誰にも届くことはなく、暁に消えていった。


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