07-08-03:レジスタンスの日々
ステラの様子を探るのもシオンとハシントの目的であるが、レジスタンスに所属した以上それ以外にもやるべき仕事は数多く有る。今日はその中でも『君たちならば簡単だ』と言われたものに携わっている。
「よもや
「頑張ってくださいまし。私もお手伝いいたしますので」
そう、2人はレジスタンスの物資を運ぶ仕事をしていた。とはいえ見かけ上荷物が多いようには見えない。その荷物の所在やいかに……もちろんシオンにアイテムポーチの中だ。存在を知った幹部に両肩をがっしり掴まれ、ニッコリ笑顔でおねがいされてしまったのだ。気づいたらシオンのアイテムポーチは大量の物資でギッチギチになっていた。
そう、ギッチギチである。探索者がアイテムポーチを持つならば、必然利便性を考えて内部のレイアウトも考える所もはやいっぺんの隙間なし。もしこの場にステラが居たら「『シンジュク』『ヤマノテ』『ツウキンデンシァー』うっあたまがオロロロロ」等と苦しんでいたことであろう。やあれ見よ! 今にもシオンのアイテムポーチから狭さに苦しむ人々の怨嗟の声が聞こえてくるようではないか。
もちろん中には誰もいない。
「まったく、だから持っているなんて言いたくなかったんですけどねぇ」
「仕方ありませんわ。今は人手が足りていない状態ですもの」
「そうなんですが……人使いが荒いから困りますよ」
アイテムポーチ持ちと分かると大体こういう仕事が舞い込む。悪い時ではアイテムポーチをこそ狙うといった無頼の輩も居たりするのだが、今回はそういうこともあるまい。
「しかしこの物量、決行は近いのでしょうね」
「ええ。軍事的に見てもこの配置はそのようになっておりますわ」
事実、2人は拠点となる宿屋に荷降ろしに来ている。カランとなるドアを押し開ければ、カウンターに座っていたエルフの女性受付がめについた。客の来訪に彼女は笑顔で出迎えてくれる。
「あいよ、いらっしゃい! お2人さんは泊まりかい?」
「ええ、4人部屋はありますか?」
「ちょうど埋まってるんだ、悪いね」
「なら8人部屋は?」
「そんなにいらんだろう。おとなしく2人部屋にしときな。ほらついといで」
符丁をあわせて隠し部屋に案内される。そこで矢玉や魔道具、食料を一定数取り出して配備。シオンが取り出したものをハシントがきっちりと並べていった。
その様子を宿屋の受付はふんふんと興味深そうに覗き込んでいる。彼女もまたレジスタンスの協力者のはずだが、なにか珍しいものでもあっただろうか。
「あの、なにか?」
「いやなに、とびっきり若い夫婦が来たもんだと思ってねぇ」
「「は?」」
言葉に2人が顔を見合わせ、おもわず苦笑する。
「いえ、僕達は夫婦ではないですよ」
「そうなのかい? ずいぶん仲が良いように見えたんだがね」
「どちらかと言えば主従が近いのですが……ううん? 考えてみれば私とシオン様、どのような関係なのでしょう」
「それは……ううん??」
まず嘗ての主従なだけあり、お互いに気心知れた仲である。だがいま二人に契約はなく、さりとて赤の他人と言う程の遠い距離ではない。然しながら夫婦と言うにはあまりに微妙な距離であり、そもそも恋愛感情はないはずだ。それでいて親友と言うにはあまりにツーカーの仲で、お互いに居心地がいいのは確かである。
ともすれば何が適するか。熟考の末にシオンが出した結論は……。
「家族、ですかね」
「つまり気のおけない仲ってわけだ。そりゃ見間違うわな」
「フフフ、そういって頂ければ私も嬉しく思いますわ」
シオンの言葉にはにかむハシント、それを見た受付はなるほどと口角をあげる。
「さて、用が済んだら行った行った! まだやることは在るんだろう?」
「ええまぁ……やたら押し付けられましたから」
「そりゃ災難。ま、がんばんな! 応援してるんだから!」
にかりと笑顔を向けられた2人は揃って頭を下げて宿屋を辞した。
◇◇◇
次に向かったのは中央区、ハイエルフ居住区となる。まさか、いやしかし。事実としてレジスタンス『アカシア』が用意した通行証は正しく機能し、シオンとハシントは中央区の整備された道を歩いている。
「考えてみれば当たり前なんですが……」
「まさか御用商人の通行証を抑えているとは思いませんでしたわ」
いま2人は『ハイエルフの御用聞き』という立ち位置で入り込んでいる。中央区と行き来が出来る数少ない身分だ。勿論発行するのはハイエルフの貴族家なのだが……これが家格を決める要素の1つであるため、おいそれと発行されることはない。
なにせ有名店との取引は『我かような美しきものを扱いたり』と公言する行為に他ならない。相応の品を扱う店でなければ恥をかくのだ。故にこの通行証はシオンの手にぺろんとあっていいものではない……はずなのだが。
いや、そもそも『アカシア』の首魁がハイエルフである時点で予測して然るべきことか。つまりハイエルフの貴族にもハイエルフ元老院を打倒したい者が存在している。人界より隔離された選民は、しかして隔離された内より政争に明け暮れて策謀を巡らす事を良しとする。であるならば下剋上を狙うのもまた然りというものだ。
力なくば使えるものは何でも利用する。それが戦いというものだ。
「まぁいいです。仕事をしましょう仕事」
「それはいいのですが、もう少し胸を張り堂々としてくださいまし」
「うん? 何故ですか?」
「私達は商家としてここにあります。ならばシオン様はさながら『若旦那様』と言ったところでしょうか。それで私は秘書、ならば堂々としていただかなくては」
「あー、そうなりますか……むむ」
シオンはなるほどとをすくめる。彼は教養こそあれどただ一介の剣士でしか無い。決して若旦那などというがらではないのだ……と本人は思っている。外から見れば育ちの良さは隠しきれず、また武門にも明るい達人のように見うけられるだろう。仮に若旦那として接したとて決して侮られることはない。だが本人が自覚しなくてはその良さも出てこないだろう。
それさえ自覚すればあとはハシントという存在がより真実味をもたせるだろう。彼女は秘書として堂に入った態度をとっている。完璧を良しとするメイド故に、左様なことは己の職務の1つに過ぎない……と本人は思っている。如何にファルティシモの侍従が優れているとはいえ、ここまで手広くサポートするのはハシントぐらいなものだろう。なんでも抱え込んでしまうのは悪い性分とも言える。
ある意味で器用であり、どこまでも不器用な似た者同士なのだ。
「ではその方向で参りましょうか、若旦那様?」
「遊んでますよねハシント」
「さあ、どうでしょう?」
「必要ないかとは思いますが気を抜かないでくださいよ? この仕事が終われば――」
レジスタンスは蜂起する。言葉にせずともハシントは自然に微笑みうなずいた。
「ええ、わかっております。後詰はおまかせくださいまし」
「それが不要であるのが一番いいのですけれどね……もしもの時は自分の身を優先してください」
やれやれと肩をすくめるシオンであるが、ハシントはそうならないことを識っている。彼女が知る『シオン』という人物は、己が愛する者を最も優先し、己を二の次にする不器用な男である。万が一の可能性を見出したのならば、対処せずにはいられない性分だ。
だからこそハシントは支えねばならない。だからこそシオンのそばから離れる訳にはいかない。何故ならばシオンはとても強く、同じくらい弱いということを心得ているからだ。
戦乱の夜明けは、刻一刻と近づいている……。なればこそ、無二の尊い人がここに居ないからこそ、ハシントは密かに覚悟を新たに決めたのである。
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