07-08-02:イフェイオンの見解
アイリーシャ邸の一室でエレノアの手紙を読み終えたシオンはふぅと息をつくと、そばに控えているハシントに手渡した。彼女もまたシオンと同じように目を通していく。
「ステラさんはどうも無事なようですが……エレノアさんも大変ですねぇ」
「痛烈な叫び声が聞こえますわ。しかし『抜け殻のよう』、ですか」
ステラが攫われてはや数日。逸る気持ちを抑えて情報収集に努めている2人はエレノアからの手紙に溜息をついた。彼女の身柄をどうするつもりなのかは不明だが、少なくとも悪いようにはされていないらしい。
だが『抜け殻』という言葉が気になる。手紙を読んだシオンは胸元から六花結晶を取り出しとんとんと指先で叩いた。
「イフェイオン、ステラさんが何をされたか判別可能ですか?」
『ハイドランジアによる
「推測、ですか?」
常に確定的な話し方をするイフェイオンにしては珍しい。シオンは首をかしげる。
『No.100以降のV.O.R.P.A.Lに関しては汎用スキルしか持たない量産仕様となっています。故にハイドランジアが独自に開発した機能でしょう。詳細は不明ですが――巫覡ステラおよび状況から類推可能です』
イフェイオンの言葉に2人が耳を傾ける。
『ハイドランジアが行使したのは
「……」
「……」
神妙な面持ちで話を聞いていた2人がお互いの顔を見合った。その瞳の色は、互いに困惑であり……お互いに言うべきことを悟ってなお言葉にせざるを得ない。
「あーそのハシント? イフェイオンの言っていることがわかりますか?」
「その……申し訳御座いませんが、シオン様が解らないなら私にもわかりかねます」
「ですよねぇ……」
2人は頭を抱えた。こういう時うまく翻訳していたステラが居らず、さっぱり理解できないのである。何か重大なことを喋っているのは解る。だが詳細がわからない、何語だこれは。ほとほと困りきったシオンはそのまま言葉にする。
「あの、イフェイオン? もう少し分かりやすく言えませんか」
『了解。巫覡ステラは眠りについています。また完全に人格を乗っ取られるまでには多少の時間を要しますが、詳細なスペックが分からないため何時になるかは不明です』
「それならなんとか。では僕たちはどうするべきでしょうか」
『現状は2点提案可能です。
1つ。こちらからも巫覡ステラにハッキングをしかけ、強制的に
1つ。行使者たるハイドランジアの制御権を乗っ取ります。ただしハイドランジアはこちらからの応答を拒絶しているため、直接の接触が必要となります』
「つまりは?」
『巫覡ステラを致命打の域で殴打します。あるいはハイドランジアを強奪のち掌握します』
「なるほど、いずれにしても荒療治ですか」
前者はシオンの単独行動でいけるだろうが、いかんせん今の身分はレジスタンスの構成員だ。突出して迷惑をかけることになるのは避けたい。
現実的なのは後者だが、こちらについては『アカシア』との交渉が必要となるだろう。なにせ『アカシア』の第一目標はヴォーパルの騎士の捕獲。その後の処遇はレヴォルの一存となるのだから、許可を得る必要が出てくるだろう。
ちなみに優しくするという発想は特にない。なにせステラの頑丈さはお墨付きだ。むしろ斜め45°から直突きすれば、
『また巫覡ステラの筐体は特異性特化擬装です。ハイドランジアが確保に動いた以上、何らかの目的達成の触媒として利用されると推測されます』
「ぎそ、う? は分かりませんが、触媒とはどういうことですか?」
『ニア・イコールとして贄が該当します。巫覡ステラの筐体は、あらゆる術理の代償となり得るのです。例を挙げるとすれば、死者蘇生、地脈路の新規構築、神級儀式魔法の実行等が挙げられます』
「うわあ、それはひどい」
「状況を大分甘く見すぎていたようですわ……」
思った以上に事態は深刻であった。いつも残念すぎて忘却の彼方にあったが、ステラは実質思うだけで事象を発動させる能力を持つ。つまりおよそ人が望んでやまない万能の願望機なのだ。そんなものが今、敵の手中にあるなど気が気ではない。
だが、だからこそ1つ引っかかる。
「あれ、なら何故それを実行しないのですか? いまステラさんは『深窓の令嬢』などと持て囃されています。イフェイオンの言葉が真なら、なぜ使わないのでしょう?」
「たしかにそうですわね。そこまで強力な力があるのなら使わないに越した事はないですし……いえ、むしろ使えない?」
『可能性としては3点挙げられます。
1つ。贄として使用する準備段階にある。この場合セキュリティ突破が課題となります。なお使用する魔法の種別は推測不可能です。
1つ。身柄の拘束そのものが目的である。巫覡ステラは特異点です。そこに存在するだけですべての事態は観測不能なものとなります。しかしある程度行動を制限してしまえば不確定要素をある程度制御することが可能です。
1つ。筐体を肚として使用することを意図している。巫覡ステラの筐体は特別製であり、人類の触媒として最適となります。
現状類推可能なものとしては何れかが該当するでしょう』
「むぅ……」
いくつかわからない単語はあれど、それぞれが何を意図しているかは分かる。だからこそ認めたくない事実もある……シオンは額に手をやり項垂れた。
「シオン様……」
「いえ、今イフェイオンが提示したのは最悪の場合です。安直に『そうだ』と決めつけるには早い……」
「……」
そう自分を納得させるために言葉を紡ぐシオンに、ハシントは掛ける言葉が見つからない。だから労るように彼の握りしめた拳に手を載せ……がっしり逃さぬように握り掴んだ。
「あ、あの。ハシント?」
「ステラ様も気になりますが……私、1つお伺いしなければならないことがあります」
「えっ、と……??」
そっと見上げたハシントは笑顔であった。しかしその本質は怒り……そう、怒りである!
「何故、イフェイオン様をお持ちなのでしょう? あれは御屋敷の庭に鎮座しているものと記憶しております。よもや盗み出したなどということはありませんね?」
「えっ、いや、これには事情が……」
「……シーオーンー様ー?」
「うっ」
シオンの頬が引きつる。そもイフェイオンの件は極秘であり……かつての使用人たるハシントにさえ知らせていないのだ。なんとなく皆知っているような気がしていたがそんなことはない。ましてや彼が準騎士だなんて……。
「まずはすべて、聞かせていただきましょうか」
「あ、はい……」
この後シオンはこってり絞られ、こんこんと説教されたのだが何一つ反論できず頭が上がらないのであった。
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