07-08-04:演説とまとめ

 ナリダウラが言っていた元老院への反逆の狼煙。それはシオンとハシントが参画して程なくして訪れた。武器はここにあり、彼戦力は全て把握しきり、進撃の路は既に考えに考え抜かれている。もはや万夫不当の大号令を待つばかり。故に『アカシア』のアジトは連日そわそわとした、あるいはピリピリとした空気で包まれており、なんとも居づらい空間と成っていた。


 だがそれも今日までだ。


 いま『アカシア』のアジトはめずらしくしいんと静まり返っていた。人が居ないわけではない。むしろレジスタンスの全員がここに集っていると言っても過言ではないだろう。全員が仕事の手を止め、神妙な面持ちで据え付けられた伝声管に耳を傾けている。衣擦れ1つ聞こえない中であれば、伝声管から響く声はとても明瞭に届くだろう。


『さて、諸君。今更だが、いやだからこそまずは名乗るとしよう。俺の名はレヴォル、『アカシア』の首魁にして反逆せし裏切り者である』


 地下由来の冷ややかな空気の中、シオンは誰しもが息を呑む音を聞いた。レヴォルはいつものゆらりとした口調ではなく、ハッキリとした喋り方をしている。見れば隣に控えるハシントも神妙にして構えていた。


『まずは諸君にお願いをせねばなるまい。いや、命令と言うべきだろう。これから俺が言うことについて。ましてや雄叫びなど言語道断だ』


 各々が頷き……しかし次の瞬間にはがくりと肩を落とす。なぜならば――。


『いやまじであげちゃだめだぜ? おじさんは諸君の強さをこの眼で確認してッからさ、合唱なんてされちゃ地面が揺れてここがバレちまう。そいつァよくない、おじさんまだ長生きするつもりだからサ! ここはひとつぐぐッと堪えてくれよな!』


 途端崩れた口調に一部がクスクスと含み笑う。そうだ、それでこそだ。レヴォルという男は、誰しもがそう思ったことであろう。何処かしこで仕方ないお方だとささやかれるのは、それだけ信頼を得ている証である。周囲の緊張がほぐれたタイミングを見計らってか、伝声管に小さく避難の声が響く。隣に控える参謀が彼をたしなめたのだろう。


『――ああ? 真面目にやれだァ? ああもうわーかッたっての。ったく小言のおおい参謀殿だぜェ……ンッンー、あーあー、良し。気を取り直して……諸君、我々は待った。大いなる時を成就せんがため、泥水をすすり、しなびた野菜を齧り、酸っぱい黒パンを……これ飯ばっかりだな。つまり我々は不味い飯を食いつないで今日まで生きながらえてきた。それは全て反逆を担い、我々は此処に居ると知らしめんがためである』


 再度周囲の様子が引き締まり、各部屋の伝声管に注目する。


『諸君、俺は待てと言ったな。その恨み辛みを抑え、ただ待てと。しかして諸君、俺は忘れるなと言ったな。かつて同胞が殺され、ただ塵芥が如く使われる現実が続いている今を』


 シオンは周囲の誰しもが歯噛みし、あるいは鼻をすする音をきいた。涙を浮かべる者、怒りを顕にするもの。多種多様に言葉を受け取り今にも叫びだしそうだ。だが大声を挙げないのは偏にレヴォルの忠告があったからか、少なくとも統制は取れているように見える。


 彼は注意深く周囲への観察を続けていた。


『だから諸君。俺は言わねばならない、と。我らが反逆はいまここから始まるのだと』


 瞬間息を飲み、誰しもが獰猛な笑みを浮かべた。我らは今こそ獣となる、我らは今こそ狩人とならん。満を持して押し込められた感情は今こそ解き放たれん。誰しもが喜びに暗く打ち震えている。


 魔境がごとき異質な空気に、ふと隣のハシントがシオンの裾を掴んだ。見上げれば少し不安そうな表情で周囲を見ている。だから彼はその手を握り返してやり……ハシントははっと気づいて顔を赤らめた。


『決行は明日明朝! 日の出前に事を起こす。怠惰に横たわる馬鹿どもの頬を叩き、目を覚まさせてやろう。愚昧な阿呆共の尻に火を付け、己が何をしてきたか思い知らせてやろう。諸君、『アカシア』はこれを以て表に立ち、反逆の狼煙をあげるものである!』


 誰しもが叫ばなかった、口を真一文字に結び声をあげなかった。代わりに捧げるのは拳である。ぎゅうと握りしめた手を振り上げて全員が同意するように掲げている。


 故に、だ。それゆえにシオンは冷静に観測し続ける。


『さあ、忙しくなるぞ! 諸君、己の職務を遂行せよ! 火蓋はいままさに切って落とされたのだ!』


 言葉に同意するように掲げた拳で胸を叩き、それぞれが忙しく動き出した。あるものは置かれた武器を担ぎ、在るものは魔道具を持ち上げて歩いていく。部隊長になる者達は最後の詰めとばかりに街の詳細な地図から行軍工程を詰めている。


 ともすればシオンも動かねばならない。


「ハシント、一度出ましょう」

「承知しました」


 2人は一旦『アカシア』アジトを後にすることとした。



◇◇◇



 シオンとハシントは2人、ハシントが懇意にしている料理屋の一室を借り受けていた。アイリーシャ家は信用しかねる故の措置だ。なにせ今から語る情報は可能性の定義。レジスタンスへの疑いを明らかとするためのやりとりだ。完全に染まっているナリダウラやハオリに聞かせたくない内容なのは紛れもない。


 程なくワインとつまめるものが運び込まれ、後に給仕が『ごゆるりと』と言い去っていった。こうした場面によく使われるらしく、もう気配はしない。


「ここは……防音室なんですね」

「はい、密談によく使われるものです。今はも張ってはいないでしょう」

「なら宜しい。ことが起こるまであと少し、情報の取りまとめと僕達の方針について決めます」

「承知しました」


 その前に、とシオンがつまみのチーズをひと齧りしてワインで喉を潤す。酒精は弱くジュースのようなものだが悪くはない。


「――まず前提として。僕達はレジスタンスに所属していますが、あくまで中立として動く予定です」

「私達の目的はあくまでステラ様です。その点を考えると『アカシア』の目標は副次目標になりますわね」

「その上で情報を纏めていきましょう。ハシント、『レヴォル氏の正体』はわかりましたか?」

「はい。レヴォル様はシオン様が睨んだ通り、です。具体的には公爵閣下の庶子、カストゥロ様の兄となります。ある男爵家の三女を母とする身分違いの子とのことです。母君は既に他界され、また正室様からの勘気を買い冷遇されていました」

「動機はこれを起点に、というのは有り得ますが……うーん、でも臭いですねぇ」

「否応なく公爵家の自作自演という気配が致します」


 事実は定かではない。だがつながりがあるという事実は重要なファクターに思える。少なくとも開け広げに信じて良い人物ではなさそうだ。


「次にこのクーデターの成否について。成功すると思いますか?」

「私の見解でよろしければ。『結果的に失敗する』と考えます」

「それは何故でしょう?」

「国家転覆を狙う割に、獲得した人員が偏りすぎているのです。具体的には……その、戦いにのみ秀でているような方ばかりですわ。また協力体制に在るハイエルフの方々も爵位としては低位……とても国家中枢を担える能力があるとは思えません」

「僕も同意見です。そもそも恨み辛みで固まっている組織ですし、政権奪取まではいけるとしてもその後が続かない。己で担えば国が回らなくなり、今まで仕事をしていたものに任せるなら元の木阿弥……つまり蜂起しても意味がないといえますね」

「意味がない……」

「重ねて言えば。反逆などせずとも魔獣信仰者スナッチが居るとわかった時点で、七栄教団セブンス本部へと密告すればいいんです。レヴォル氏が己で言ったとおり聖騎士が聖戦を宣言して押し寄せるでしょう。反逆はそれでです。だから彼の行いは、『アカシア』の行いはあらゆる意味で無意味なんですよ」


 無茶を通して無理を成す。レジスタンスのメンバーは誰ひとりとして疑っていないようだが、これは致命的な矛盾だ。


「なら……このレジスタンスは何が目的なのでしょうか。レヴォル様は冷遇されていたとはいえ確かな教養があります。でなければ組織をまとめるなど出来はしません。意味の無さ等すぐに気づいてしかるべきです」

「目的に意味がないなら、経過に意味があると見出すべきでしょう」

「つまり、蜂起そのものが目的? それでは意味がわかりません……」

「ならハシント、1つ謎掛けをしましょう。人が魔物と戦うとき、心得るべき事は何だと思いますか?」

「え? 突然何を」

「良いから答えてください」

「……そ、そうですわね。戦況を正確に分析することでしょうか」

「いえ、もっと原始的なものですよ」

「それは一体?」

は同時にということです」


 シオンの言葉にハシントが息を呑む。つまりは――。


「今のレジスタンスは……『狩られる者』ということですか?」

「恐らくですけれどね。ハイエルフも多種族に対する不平不満を理解している。彼らは傲慢であると同時に、常に恐怖を抱いている。世代に渡った恐れや恨みは何時か本当に爆発する。そうなれば最早後戻りは無い……ならば適当に気を抜けばよいと思いませんか?」

「いえ、しかし……それではあまりにっ……!」

「あくまで状況観察による最悪パターンですけれどね。これがハイエルフによる罠だとして、僕達が出来ることはありません」

「ですがっ」

「ええ、ですよね」


 きょとんとしたハシントが、むっとしてシオンを睨む。


「……シオン様はお人が悪い」

「いえいえ、ハシントは根が優しいですからね。さて、というわけで僕達はレジスタンスを利用して、本来の目的を遂げようと思います」

「混乱に乗じてステラ様を救出するのですね」

「ええ。表向きはレジスタンスに従いつつ、ですけれどね。ですので今回の作戦、すみませんがハシントは自宅待機です」

「ですが……!」

「結果が見えているに飛び込むのは愚の骨頂ですよ。それに僕達の目的を果たすには高確率でヴォーパルの騎士と戦闘になります。なにせ超常の者同士の戦いです……その際ハシントが近くに居たら間違いなく死にますよ」

「……っ」


 なお声を上げようとするも、シオンの澄み切った目はハシントをまっすぐ射抜いている。これは……どうやっても動かないだろう。彼の目は幼少の砌、いつか母を助けると誓った時と同じように輝いていたのだから。


「承知しました……が、1つ約束してくださいませ」

「なんでしょう」

「……必ず、お帰りくださいまし」


 そういってシオンの手に己の手を重ねる。ハシントの細い指は、少しだけ震えていた。だから……。


「守りましょう。僕は約束を違えるのが嫌いなんです」


 シオンは微笑んで、笑みを返すのであった。

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