07-06:ターニングポイント

07-06-01:ステラさん錯乱す

 アイリーシャ家の居間で、シオンは着慣れぬ礼服に袖を通して皆に披露していた。借り物ではあるが丈もぴったり、多少型は古いがごく一般的な礼装ではある。また腰には得物たるゲンティアナは無く、代わりに左手人差し指に銀色の指輪が嵌っていた。

 ステラがお茶目して作った……いわゆるインベントリーの機能が備わっている魔道具である。完全に暗器だ。いきなり『こんな事もあろうかと』と手渡してきた彼女に、もう何も言うまいとシオンは胸にいだいた。


「うん、僕のお古だけど似合っているよ」

「そうねぇ、若い頃の夫を見ているようだわ~」

「シオンちゃんかっこいいよ!」


 それぞれが賛辞を送りシオンが頭を下げる。アイテムポーチがあるため着替えは持っているのだが、流石に礼服は持っていない。そんな所にナリダウラが貸出しの提案をしてくれたのは純粋にありがたかった。


「お手数掛けます伯父様」

「いいよいいよ、こういう時は助け合いさ。それよりステラちゃんは大丈夫なのかい? ドレスも貸すならあるけれど」

「彼女なら問題ありませんよ。なので叔母様……そのようにキラキラした目をしないでください」

「でも彼女だけドレスを持っているなんてずるいわ」

「……具体的に言うと?」

「彼女ってば素材が良いじゃない! きっと似合う衣装がたくさんあると思うのよね!」


 同意を求めるハオリは着せ替え人形にして楽しむ腹づもりだ。そういうのは娘でやればよかろうなのだとシオンは思うのだが、欲というものは出てしまうらしい。確かに彼女はお人形のように美しい姿をしているのだから着せ替えがいがあるだろう。

 なおステラは現在、変幻自在の不思議恩恵服をハシント監修の元、シオンに合うドレスへと変形調整をしている。最終的にどうなっているかはシオンですらわからない。


「ん、噂をすればですね――」


 こつこつと2つの靴の音がして、そちらに振り向いた全員が凍結した。


 そこに居たのは1つの美の究極である。胸元の空いた蒼のシンプルなエンパイア・ドレスを纏う彼女は髪をメルヴェイユーズの純白リボンで髪を結っている。開かれた胸元は強調されていたが、しかし娼婦のようないやらしさはない。また腰の細さを紫のリボンが目を引き、全体に散りばめられた星屑のような硝子が美しく煌めきを返してくれる。手袋も同じデザインであり、両手でレティキュールを持っているようだ。


 また彼女にしては珍しく、唇に鮮やかな紅を塗っていた。それだけで吸い寄せられるように口元に目が行き、ふくらとした唇が美しく色を返す。そこから視線をあげれば、ぱちりと開かれた目の金色は潤み、頬は来恥ずかしげに朱に染まっていた。


 なおハシントはメイドらしく一歩下がり、空気のように振る舞っている。


(まさかこれほどとは……)


 普段の彼女は美しさの中に幼さ、ひょうきんさを抱えていたが今は違う。造られた完全性を備えし生ける人形……ライバル視していたイオリでさえ絶句する。彼女は微笑みながら此方をゆっくりと見回し、シオンと目線が交差する。


「あの……ど、どうかなシオンくん……」

「……」

「……シオンくん?」

「えっ……ああ済みません。見惚れていました」

「ふぉッ?!」

「似合っていますよ、とても……はい」

「……」

「ステラさん……?」


 ステラがくらりとうつむき、両手で素顔を隠した。それがまた可愛らしく皆の胸を射止める――が、当人はそれどころではなかった。


(あーーーーやばい! やばいやばいやばいぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!!  あぁああああ……ああ……あっあっー! あぁああああああ!!! 似合ってるって似合っにあってぅううぁわぁああああ!!!  あぁ見惚れみほほほほほほほほほほほ、おほおおおおおお?!! 落ち着け、落ち着くんだステラ! でもぉシオンくんが似合ってるって言ってくれた! 似合ってるって! あぁあ!! あぁぁああ……あああ……あっあぁああああ!! ふぁぁあああんんっ!! )


 黙っていれば美人、だが黙る理由は完全に錯乱する自我の激流に身を任せ同化する岩のごとしパッション。ぽもすこぽもすとポンコツであるからに他ならず、彼女の長耳は真っ赤に染まりぴこことものすごい勢いで羽ばたいていた。ここが夢なら彼女は空を飛んでいただろう。


「あの……僕では不釣合いかもしれませんが、しっかりエスコートしますので」

「えっ『えすこおと』? 『えすこおと』とは何語ですか」

「ステラ様、腕を絡めてください」

「まそっぷ?!」


 背後の声にぎゅるりと振り返れば、完璧な笑みでカーテシーをするハシントの姿。すべての仕事はパーフェクトに完遂されている。ゆえの笑みである。


(ぐあああああああああああ!! 腕を絡める?! あ……パーティなんてよく考えたら……普通はそうだよな?! にゃあああああああああああああん!! うぁああああああああああ!!  そんなぁああああああ!! いやぁぁぁあああああああああ!! むりぃいいいいいいいいいいいい!! おああぁぁぁあん!! この! ちきしょー! このメイドわろてやがる!! 他人事だと思ってえぇぇぇえ……えっ? 見……てる? シオンくんが……ちょっと照れて、る……?)


 見ればシオンの表情は硬化しているもののその頬は常時に比べ朱がさしているようにみえる。いやさ錯覚であろうか。ステラは脳内シオンディレクトリもとい、大好きな彼のいいとこみてみたい写真館~メモリアルは一瞬の煌き~の中から選りすぐりのかっこいいシオンの姿を想起して比べてみる。


(ッッッッッッッッッッ!!!!!!!!)


 僅かではある。だが明確に、彼の頬には朱が差していた。つまりは――。


「あふん」


 ステラはふらりと傾ぎ倒れそうになり、それを慌ててハシントが支えた。最早立っていることすら彼女には難しい。ぼふんとふくよかに支えられたステラであるが今彼女はそれどころではなかった。


(シオンくんが照れてるぞ!! あの! シオンくんが! わたしをみて! 照れているッ!! ああああああ!!!  ううっうぅうう!! ヴォアアアアアアアん!!?!)


 ステラはこれが夢である可能性を模索し始めた。幻覚であるとも。でなければこんないい日があっていいはずがいいだろういいじゃん認めちゃえよ現実だっていいことあるさシオンくんかっこいいかっこいいシオンくんやばいやばいやばい。


(しゅき)


 ステラの思考が何かを侵食するように暴走し、真っ赤な顔の彼女は熱にやられてぐったりしてしまった。


「あー、その。仕方ありませんね……少し休憩してから行きましょう」


 果たして少しの休憩で大丈夫なのだろうか。シオンは訝しみつつ眉間をもんで、早鐘を打つ心臓をなだめるように深呼吸した。


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