07-06-02:パーティ会場

 シオンとステラはアイリーシャ家の差配で用意された馬車で、イルシオ中央区のさる公爵家……以前の冒険では前衛を務めたカストゥロの家にやって来ていた。


 なおステラがシオンの腕を絡めることについては無我の境地を貫くことで対処――できようはずもなく、終始黙ってぴょこぴょことついていく。その姿はなんとも余裕がなく、しかして可愛らしく、普段のスカポンタンぶりからは考えられない変わりようにシオンは逆に冷静になって苦笑していた。


 無表情なエルフの執事に招待状を示し先導に従いついていくと、裏庭の広場へと案内される。今回は野外で行われるようだ。世界樹の木漏れ日の下では着飾った幾多のハイエルフたちが談笑している。その様子にステラが目を向けると、とたんその表情が曇る。


(見る限りは普通なんだがな……)


 男性陣は主に領地や政務に関する管巻き話である。だが内容は『家畜がつかえない』『然り然り』『もっと調教せねば』といった内容だ。勿論『家畜』とはハイエルフを除く人類に他ならない。彼等にとって己以外は唾棄すべき獣でしか無い。


 また女性陣は同じグループのお互いを褒めあい、また流行に乗らない令嬢を貶めていた。しかし身にまとう装飾品は何から出来ているか……ステラの魔眼はよく視えるが故に正体を詳らかにしてしまう。例えばさる令嬢の首に巻かれたふわふわのファーは猫系獣人属の尻尾の毛皮……それもまだ幼い子供のものだ。またさる令嬢が手にした美しい鱗のバッグは魚人属の表皮である。


 正気の沙汰とは思えぬ装具を身につけ、これら人語を喋る獣達は嗤うのだ。


(そうか、そうか、つまり君達はなんだな)


 先程まで燃えんばかりに顔を赤くしていたステラの表情は、今や極寒のスターリングラードより、南極のツンドラより凍てついている。さあステラさんアップを始めます、としたところでシオンに腕を引っ張られて正気に戻った。


「ステラさん」


 あぶない。すんでのところで会場をどころか街1つ消し飛ばすところであった。正面を向いたままのシオンに、ステラが礼を述べる。


「すまん」

「いいえ、僕の説明不足でした。取り敢えず注意を反らしてください」

「りょーかい」


 人に注目するからこうなるのだ。であれば別のものに極力注視するべきである。この場合注目すべきはやはり……。


 ごきゅり。ステラはテーブルに並べられた料理を目にしてつばを飲んだ。この場全ての罪人に罰を与える気はあっても、並んだ料理や食材に罪はない。


「シオンくん」

「挨拶が先です」


 シオンが見上げ、ステラが見下げる。沈黙は一瞬、言葉は不要であった。


「その後、我吶喊セリ。繰り返す、我吶喊セリ」

「程々にお願いしますよ?」

「ああ、ちゃんと食べるよ」


 あー、テーブルを一閃するかー薙ぎ払っちゃうかー。でもまぁそこが落としどころであろうか。シオンはため息を付いて肯定した。


「フハハ毒を気にする必要はないぞ。わたしに毒は効かんのは知っての通りだろう」

「そうじゃないんですよねぇ」

「ふむん???」


 首をかしげるステラは残念ポイントにプラス100されたことに気づいていない。いや、繕ったところでステラはステラであるからして、始めから気負うことなど一切なかったのだ。


「では挨拶を済ませましょう。基本僕が喋りますのでステラさんは取り敢えず……」

「うんうん、何をすればいい?」

「笑っててください」

「くっ、戦力外通告ッ」


 実際キレかけたのは事実である。ステラは言葉や視線を全てスルーし、貼り付けたように笑みを浮かべて固定した。これでよほどのことがない限り崩れること無い人形の完成だ。


 それ故、ステラはシオンに引かれるまま外界からの情報は薄ぼんやりとしか認識できていない。


 とりあえずがっちりした体躯のおじさま――断片情報上、公爵当主らしい――に挨拶をして、高圧的な態度で接してきてキレかけるのを抑えつつ――キレたら確実に叱られる――、さっさと行けとばかりに侮蔑、軽蔑、悪辣の視線を浴びながら開放された所でステラは意識を取り戻した。


(野ァ郎嫌な奴だなぁ! とか言ったらシオンくんに小突かれるかな?)


 そもそもこの会場に入ってきてから向かってくる視線は大体そのようなものだ。いまさら気にした所で仕方がない。ないのだがそんなに嫌なら呼ばねばいいのにと、能面を貼り付けながらステラは思う。


「ま、いいや。シオンくん行ってくる」

「あー、一応気をつけて」

「あいよ~」


 フラフラと誘蛾灯に導かれるように、ステラは料理のテーブルへ向かっていった。



◇◇◇



「さて、僕はどうしましょうね」


 ステラは食事にご執心であり、テーブルの料理を見るにしばらくは放っておいても大丈夫だろう。何か話しかけても無視するだろうし、黙々と食べ続けていては話しかける人もいるまい。


(まぁ、先ずはハイドランジアとの接触ですか)


 この公爵家がヴォーパルを所有しているのは事前の調査で判明している。だが先程拝謁した公爵はヴォーパルの騎士、つまり所有者ではなかった。では今一体どこにあるのだろうか。


 可能性としては別に所有者があるか、イフェイオンのように封印されているか、あるいはスリープモードになっているか……。


(何にせよ外観から図れる屋敷の間取りはわかりました)


 最悪侵入することも吝かではない。そんな企みを嗅ぎつけたかどうかは分からないが、ふと見知った顔が此方に歩いているのが見えた。


「エレノア様」

「ごきげんようシオン。此方にいらしていたのですね。ステラ様は……」

「ご覧のとおりです」


 見れば『ひょいぱくもぐごく』をひたすら高速で繰り返す残念美女が見えた。口元が汚れているわけではないが、ただ只管に食事をするのは鬼気迫るものがある。エレノアは『黙っていれば美人というのは、行動も含むもだなぁ』としみじみ感じ入る。


「フフフ、相変わらずのご様子で」

「お恥ずかしい限りです……」

「いえ、あの方らしいといえばらしいと思いますわ」


 苦笑しつつ微笑ましくステラの様子を見る。今テーブルを1つ平らげて、給仕達がにわかに焦っているのが見えた。少し可愛そうではある。


「そうだ、シオン様。テンプロ様がお探しでしたよ」

「たしか七栄教セブンス枢機卿の御子様でしたか? はて、何の用でしょう」

「あの後深く感じ入っていたようですし、個人的にお礼をとの事かと」

「僕個人……? であればステラさんは」

「私も気になって伺ったのですが、『シオンへ』とだけ。何でしょうね? 功績は2人分だと思うのですが……」


 はてなと訝しむものの断る理由もない。シオンはエレノアに断りをいれると、目当ての人物を探しに会場を散策し始めた。


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