07-05-05:お茶会と紹介状

 見慣れたファルティシモ家のとある一室で、3人の女性がテーブルに向き合っていた。ステラにイオリ、そして男爵令嬢のエレノアの3名だ。それぞれの前にはティーカップが湯気を立たせている。

 エレノアはそばに立つハシントに向かって笑顔を向けた。


「今日はお招きいただき感謝しています。ハシント、今日はよろしくおねがいしますね」

「ええ、男爵様よりマナー教育の件受けております。一切容赦致しませんのでどうかお許しくださいまし」

「承知しております。恥をかくのは私ですからこの機会に感謝いたします。なにせファルティシモのマナー教育ですからね……男爵位では中々受けられるものではありません。そこはステラ様に感謝いたしませんと」


 ウフフアハハと笑う2人に、能面のような笑顔を貼り付けるステラとイオリが目線を交わす。


(ハシントさんってそんな凄かったんか)

(知らなかったの?)

(うん、凄いメイドさんだとしか……)


 中の悪い2人であったが鬼子母神ハシントの前では協力せざるを得ず、アイコンタクトで意思疎通可能なまでに仲を深めていた。もう鞭の風切り音は聞きたくないのである。

 その結果ハオリから『仲いいわね~♪』と言われるまでになっており、『どこが!!』と口を揃える程度には仲良しとなった。つまり無二の戦友である。


 さて、とハシントが両手を合わせて笑顔になる。


「では続けましょう。お茶会の基本はホスト役の先導に沿れば問題ございませんが、当然出される品々の真贋を問う目も重要です。使用される器具は勿論のこと、茶葉の品種等は最低限押さえておかねばなりません。ステラ様とイオリ様はもう覚えておいでですね?」

「「ハイ」」


 返事は良いがステラとイオリの顔色はあまり良くない。お茶については未だ『おいしい』『おいしくない』ぐらいの判別のみで、茶利きはまだまだ自信がないのである。かろうじて種類が分かる程度で、産地が知れる程ではない。


 知識と味覚は未だ結びついていないのだ。しかしそんな中でエレノアは優雅にお茶を口に運ぶ。


「……あら、これはイルステリアのアッサムでしょうか?」

「左様でございます」

「今年のファーストフラッシュにしては大分爽やかさが上がったような……もしやサンジャオのものですか?」

「ええ、折角ですのでご用意いたしました」

「素晴らしいお茶ですね。さっぱりしたクッキーも合っています。砂糖を過剰にるではあいませんもの」

「御慧眼、誠に秀抜かと存じます」


 楽しそうに会話する2人に反して、カチンコチンに固まる2人は視線を交わす。


(ステラ、何言ってるか分かる?)

(さっぱどわがらぬ。何語?)

(わからない、私達は雰囲気でお茶を飲んでいる)

(わかる)


 理解し合うとは素晴らしいことだ。そう、人類は分かりあえるのである。

 だが到底分かりあえないキラキラした何かが目の前に居る。なんなのだこれは、どうしたらいいのだ。ステラとイオリは途方に暮れた。


「そうだステラ様! 先日教えていただいた商品なのですが」

「ああ、猫のオモチャですね。どうでした? お役に立てたでしょうか」

「はいとても! 義父も喜んでおりましたわ。あれのおかげで社交の場でも引き合いが多く、嬉しい悲鳴が止まらない状態です」


 またこれら商品の販売は、エレノアへの突き上げをある程度緩和することに役立っている。とある猫好き伯爵――本人はバレて居ないと思っている――が大々的に自慢話を行った結果、今ハイエルフ貴族会では空前のにゃんこオモチャブームなのである。


 その先端を行くのはやはりエレノアの男爵家だ。流行を作り出すのは上流貴族が主流だが、男爵家のような下流貴族が発端となることもある。


 勿論類似品も直ぐに出初めているが1等1番はやはりエレノアの家であり、またステラが授けたアイデアの種はまだまだストックがある。更にインスピレーションを得て、商品企画部を新たに発足したため男爵家の優位は当分揺るがないだろう。


 このにゃんこオモチャブームは男爵家の新たな収入源となっており、アイデアを授けてくれたステラには大いに感謝する次第である。エレノアはその御礼も兼ねての来訪であった。


「でも本当に宜しかったのでしょうか。あのようなアイデアを無償で提供するなんて……」

「良いのですよ。猫が幸せであることはわたしの幸せでもりますから」


 そう言って微笑むステラの笑顔は心からのものであり、エレノアもその笑顔にはつい見とれて頬を赤らめてしまった。


 なんとずるい女性ひとだろう。すこし、胸がときめいてしまった。


「お返しに出来ることがあればよかったのですが……」

「わたしの、いえ……わたしたちの目的は既に達成されているのですよねぇ」


 残念そうに呟くエレノアに、申し訳無さそうなステラが瞼を落とした。



◇◇◇



 所変わってアイリーシャ家の執務室で、シオンは1通の手紙を精査していた。エレノアが来訪するにあたって手渡されたものだ。パシリにされてなんとも大変だなぁと、シオンは己が貴族でないことを心の底から感謝した。


「しかしどうしたものでしょうか」


 手紙に内容は先日護衛したハイエルフの一行について、その功績を称える内容である。施された封蝋はさる公爵のものだ。あの一行はやんごとなき身分であったのだろう。


(いや、この件はステラさんが絡んでいる。最悪のケースを考えるなら、王族……いや、元老院すら絡んでいるのでは……?)


 シオンの憂慮は残念ながら大正解である。報酬は胃袋にへのダイレクトアタックの回避だ。余りに細やかすぎる報酬であるが話はこれで終わらない。


 彼を悩ませる要因はこれが『招待状』であることだ。


 単なる功績を認め、礼金を賜るだけの書状であればよいのだが、ここにはパーティーへ招待する旨が記載されていた。この場合指名がないが、シオンとステラ両名に適用されるものだ。


 絶対ろくなことにならない。シオンは賢いのですぐに悟った。


(あー、面倒なことになりました)


 大抵のことならなんとかすると思うのだが、やはりこちらは一魁の探索者ハンターであり流れ者である。正式なパーティーとなれば服装や礼法等、覚えなければならない事項がたくさんある。


 なによりハイエルフの社交界だ。シオンとて未知であり、そもそも彼のようなハーフエルフが行ける場所ではない。


 だがステラなら問題ないかと言えばそれも心配だ。彼女はちゃんと乗り越えられるだろうか……彼の脳裏には用意された食事を『ふむんふむん』と貪るハングリーモンスターが浮かんでいた。


(黙っていればお淑やかなんですけどねぇ……)


 なんとも残念な相棒に頭を悩ませるシオンであった。


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