07-05-03:ねこのオモチャ

 スラリとした身のティグリスが去った後、4人はお茶をしながら相談していた。なお猫耳は既に解除されている。心なしハシントが残念そうに見えたのは気のせいだろうか……。


「で、ステラさん。さっきのセリフを慮るに案はあるんですよね」

「うむ。今からサンプルを作るからお待ちあれ」


 そうしてステラが指をふると、何処からともなく砂塵が舞い上がり3つの形を作り出した。ひとつはまんまるの人形に糸がついたもの。もう1つはいくつもの穴が空いた四角い箱。最後は穴だらけの円環チューブだ。


 テーブルの上に置かれたそれぞれの表面はなめらかで、まるで研ぎに研ぎぬいた石のように輝いている。とても砂塵を元にしたとは思えない出来だ。


 眼の前で披露された業にイオリが目を見開いて驚いた。


「何それ?! どういうことなの?!」

「えっ、土魔法の応用だが」

「はぁぁぁぁ?! 私の知ってる魔法と違う!!」

((わかる))


 シオンとハシントが深く頷いた。ステラの心象魔法は既存の魔法に囚われない異端中の異端である。実際に極めに極めればステラと同じことは出来なくもないが、あくまで理論上の話であり現実的に考えれば不可能だ。左様なものを目にしては混乱するのも仕方のないことと言えよう。


 故にこのような初々しい反応を見ると、なんだかほんわかしてしまうのだ。


「で、これは……オモチャですか?」

「そうとも。猫といえばオモチャ。オモチャといえば猫。というわけで色々用意してみたわけだなー」

「相も変わらず異様に精巧な出来ですね」

「若様、これなど見てください。見た目は石かと思いきやのです」

「は……はい?」


 ハシントが興味深そうに手にとったのは糸がついた丸い人形だ。彼女の言う通り石塊かと思いきや、触れば綿のように柔らかい。これは砂塵ではなかったろうか……。それに布にしては当たり前のように縫い目がないのも気になる。


「ああ、そこらへんの埃をかき集めて作った不織布だからねぇ」

「ふしょくふ……ですか?」

「埃を集めたら塊になるじゃない? それをぺったんこにしたものと思ってくれればいい」

「埃なのですか?!」

「あ、それに使ったのは魔法で作った繊維だからばっちくないぞ」


 ステラがサムズアップするさまにハシントは気が抜けたように息をつく。ファルティシモ家の者として、このように巨大な埃が出てきてしまうという事実はその能力の否定に他ならない。彼女のアイデンティティの崩壊に繋がるか、危ういところであった。


 気を取り直したハシントはふにふにと人形をつまみながらステラに問いかけた。


「これはどのように使うのですか?」

「フフフ、ネズミのオモチャだなっ? そいつは紐を持ったままネズミ部分をほっぽりだして、ぴょいこぴょいと紐を引っ張るのだよ。すると猫が獲物と勘違いして反応するのだ。試してみてくれ」

「では失礼しまして……」


 ハシントがひょいと人形を放ると、ステラが目で追った。そのままぴょん、ぴょんと引っ張ると更に目で追う。ウズウズと手が動き、今にも飛びかかりそうだ。


「……?」


 ハシントの手に在る人形を見てステラが構えた。ハシントは注意深くヒモを握り……手元に来た人形を放り投げる!


「しゃっ!」


 ステラのねこぱんちが人形を襲う。だがぽむんと跳ねた人形はさらにぴょいと引っ張られて動く。それを追って手が伸びる。動く、伸びる、動く、伸びる。


 最後に動いて、ステラは人形を手にするハシントと目が合った。


「……」

「…………」


 ステラはこほんと咳払いして元の位置に戻る。


「――と、このようにだな」

「ステラ様が可愛らしいことは理解いたしました」

「グワーッ?!」


 満面の笑みのハシントに、ステラは赤面して項垂れた。そんな間にイオリは穴の空いた箱をいじっているようだ。

 

「この箱は何なの? あなぼこがあいてるだけに見えるけど」

「そいつはキャットタワー、その部品だな。同じ箱を積み、また組み合わせて楽しい遊具の塔を造り、そこに猫が侵入して遊ぶのだ」

「……それって楽しいの?」

「はっきり言おう、愉悦であると」


 胸を張り宣言する彼女は自信満々だ。事実キャットタワーは猫の好奇心を存分に満たしてくれるアイテムである。話を聞く限り、ハイエルフの飼い猫は室内飼いであることは容易に想像できる。またペットに金をかけるという事実があるならば、巨大なキャットタワーはそれだけで権威を表すものとなりうるだろう。


 また本当の猫好きであれば、カチコチ組み合わせて猫の動線を考えるのはとても楽しいはずだ。猫を見栄とだけする者も、にゃんこだいしゅき同期の桜も得をするウィン・ウィンの関係というわけだ。


「で、最後は1人遊び用のチューブボールだ。こいつは置いとくだけでいい」

「なんだか不思議なおもちゃですねぇ」

「遊び方はこうな、穴の隙間に見えるボールをな、こうな、つついてな……」


 ステラが指で隙間からボールをつつく。するところりとチューブに沿って転がっていき、別の穴から見えるようになる。


「えいえい」


 それを更につつく。ボールは逃げる。穴より大きなボールは転がり出ることなくチューブをくるくる回っていく。転がる速度に合わせてステラは人差し指を突き入れ、速度は突くごとに上がっていく。


「えいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえい」

「?!」


 ステラの腕が残像で見えなくなり凄まじい風が巻きおこる。ボボボと鳴る音はおよそ人の腕から発するものではない。風は見ていた3人の髪を揺らしなお集中するステラは遂に両手で突きをし始めた。


 ついに部屋中の空気が渦を巻き始めた所で、シオンは声を荒げる。


「ステラさん止まってください!」

「えっ?」


 ぴとっと止まると、吹きすさぶ風が止んでギャリギャリと音を鳴らすボールが残された。それも暫くしたら止んでしまう。からりと音を立てて止まるボールを前にステラは苦笑いをした。


「うっうわーわたしは一体何をしていたというんだー」

「すごく白々しいですね? というか本当に何があったんですか」

「なんかこう、惹きつけられるものがだねえ……」


 ステラの弁明に皆顔を見合わせた。


「言ってはなんですが、完全に猫でしたよ」

「言われてみれば確かに猫だったわ」

「見事な猫でしたわね」

「ねっ、猫じゃねえし……」


 ステラが所在なさ気に頭をかいた。だが猫っぽいと言えば確かに猫ではある。どうにも猫と付き合いすぎて猫に染まったか。まぁそれはそれで幸せなことだとステラは考える。


「効果は分かりましたが、これらをどうするつもりですか? 作ったはいいですが問題は猫の肥満解消でしょう。それも中央区全域となれば難しくはありませんか」

「フフフ、それも問題ない……これを見るが良い!」


 そう言いながら取り出したのはペンに紙、つまりレターセットである。シオンは理解したがイオリとハシントは首を傾げた。


「若様、これは?」

「あー……ステラさん限定の遠距離通信手段ですね。ステラさんのリボンを持っている人は、そのリボンを通じて直接手紙のやり取りが出来るんですよ」

「そんなことが――」

「できてしまうんですねぇ。ちなみにあの御令嬢……エレノア様へ送るのですよね。信用できるのですか?」

「出来るぞ~。なんたってだし、まかり間違っても悪人じゃあ無い」


 その言葉にハシントは納得したが、以前イオリはよくわかっていない。その間にもステラはサラサラと用件を書いて最後に署名をした。


「っと。これで後は返信を待てば良し。ハシントさん、使いの人が来た時は連携をお願いしていいだろうか。この玩具のサンプルを渡してほしい」

「承知しました」


 疑うこと無くハシントは承諾し、ステラはふんすと胸を張る。


「さあ、あとは開いてみてのお楽しみっ、だな!」


 輝く笑顔の結果は如何になるか。それこそ神のみぞ知る結果である。


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