07-05-02:飼い猫達のピンチ
ティグリスの様子にステラはふむと頷き、部屋にいるメンバーを見渡した。
「すまないハシントさん。この子が話をしたいと言っている」
「その……ティグリス様が、ですか?」
「うむ。猫の用事は火急の用事。とりあえず彼の話を聞く前に魔法をかけるから気にしないでね」
「え。あっ、ちょっステラさん?!」
シオンの静止を振り切ってステラが指を弾く。するとなんということだろう……各自の頭でぽふんと音がなり、立派な猫耳が生えてきたではないか。いつか使った、猫の言葉を交わす魔法である。
副作用は感触の伴う猫耳が生えることだ。音にびっくりしたハシントとイオリは頭に手をやり、出来上がった猫耳をなでて更におどろく。
『あー、もう。まったく……みんな耳が生えてますね』
『ステラ様、これは……?』
『猫と話せる魔法だよ!』
『はぁぁ? そんな魔法あるわけないじゃない、バカなの?』
『バカとはなんだバカとは。わたしは至極真面目だよ?』
そういうイオリの前にティグリスがやってきて、恭しく頭を垂れる。
『嘘ではありませんよ、小さなレディ。ステラの魔法は本物です』
『ふぇっ?!』
イオリが驚いて飛び上がる。シオンはしみじみ頷き『そうそう、そうだよね。それが普通の反応だよね』と優しい目を彼女に向けた。最近把握している常識レベルの低下を懸念するシオンである。
『ステラは類まれなる魔法の担い手なのです。我々猫にも優しく接してくれますよ』
『猫は可愛いからな!』
ぐっと親指を立てるステラに、ティグリスはニャアと甘えるように鳴いて答えた。
『で、用事とは一体なんじゃろかいな? 君が出張ってくるということは猫界に相応の危機が訪れているのだろう?』
『そうなのです……』
ステラの言葉にぺたりと耳をたれさせるティグリスは申し訳なさそうにゴロゴロと鳴く。
『実は我々イルシオの猫は深刻な問題を抱えているのですよ』
『猫の世界に問題なんてあるの……?』
『勿論ですとも。人が悩むように猫も悩むのです。貴女が日々愛し君に悩むように……』
『ブッ?!』
何故猫がそんなことを! いやさ猫だから知っているのである。猫は人が思っているよりずっと賢く、人の世界を俯瞰しているのだ。猫たちの情報網は、おばちゃん達の井戸端会議並みに優れていると言っても良い。
とはいえシオンは話半分で耳を傾けていた。このティグリスは何とも難しい言葉を使うけれど、結局は猫である。つまるところ問題の規模も猫レベルであり、言うほどの危機ではないと思うのだ。ただ絶対に話を受けるんだろうなぁという確信だけを持っている。
逆に興味津々なのはハシントだ。このような体験などしたことがなく、柄にもなくティグリスの言葉に耳を傾けている。確かに猫のお願いを聞くなどそうそうないことだ。
耳を傾けている事を確認したティグリスは、1つ頷いて訴える。
『実は、街の猫が太り過ぎなのです』
『……はい?』
聞いている皆がぽかんと首を傾げた。
『え、なんだって? メタボリック症候群??』
『街の猫って野良も? そんなに太ってたかしら……』
イオリが思い返すも街中で見る野良達は皆スラリとした体型をしている。ステラも思い返す限り街猫は軽すぎることはあれど重すぎることは無かったと記憶している。
『ありえない、何かの間違いではないのか?』
『それが事実なのですよ』
『ううむ……??』
言っている事がどうにも噛み合わず首を傾げる所、ハシントがもしやと手を挙げた。
『ティグリス様。それは中央区……つまりハイエルフ居住区に関してでしょうか?』
『ああその通りです、慧眼なる侍女殿!』
ティグリスが嬉しそうにミャウと鳴く。
『ハイエルフ共は"トクベツ"とやらを重視していますから、飼っているペットに過剰に飯を与えるのですよ。我こそ此れ程財を持っているのだと主張するためだけにね』
『なんと悪辣! やはりハイエルフは下衆の極みか……』
『そのせいで我々猫はぶくぶくと太り、最後には歩けなくなる始末。これは我々猫に対する虐待なのです』
『太っても猫でしょ? 大丈夫なんじゃ――』
『いいえ、この街においては致命的ですよ。小さなレディ?』
猫目が細まり、猫らしからぬ圧にイオリは口を噤む。射すくめられた彼女はただ真剣な眼差しに小さく『ごめんなさい』と囁き、猫はそれをニャアと許した。
『この街はとても立体的な構造をしています。故に猫は身軽でなくては出歩くことさえままならない……体重があればあるだけ、我々は自由を失うのです。自由なき猫に在るのはただ緩慢なる死あるのみなのですよ』
『で、でもご飯を残せば……』
『眼の前にあれば食べてしまうのもまた猫の自由なところですな。ハハッ』
ニャアンと鳴くティグリスにイオリはがくりと肩を落とす。ステラは『あー、あるある』と頷いて返した。病気でもなければご飯を残すなどはありえ無いのだから。
雨の日、ご飯にありつけない熱い夜、あれは何時のことだったろうか……。浮かぶ記憶は曖昧でステラにもよくわからないが、ただ空腹はつらいという事はハッキリと覚えている。
だが商社の営業マンにそんな事がありえるのか? 浮かぶ疑問をステラは頭を振って頭の隅に追いやり、ティグリスに向き直った。
『詰まる所問題なのは、運動不足の解消といったところか?』
『そうなりますな。食事量を適切に、など聞き届ける手合ではありません。ステラならば見栄を考慮して問題を解決する方法をお持ちではありませんか?』
『そうだなぁ……アレがこうで、ソレがああだから……。ふむ、何とかできそうだ! このステラさんにお任せあれ! 見事に事態を解決してみせようとも!』
切なる瞳にステラがふんすと鼻息荒くうなずいた。
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