07-04-04:男爵令嬢エレノアの覚悟

「さらに周囲1000以内に敵個体なし。はぐれと見ていい……さて、リーダーくんどうするんだい?」

「魔法で制圧するに決まっている。おい、本当に居るなら連れてこい」


 シオンに指図するスローンに、肩をすくめるシオンは駆ける。いやいや良くないとエレノアが止める間もなく彼は姿を消してしまった。


「いいのかリーダーくん? 奴さんは暴れ馬だ。先程腰抜かさないよう注意したまえよ」

「黙れ下賤の分際で出しゃばるな」

「では黙っていよう。作戦はちゃんと立てるんだよ?」

「もとよりそのつもりだ」


(えぇぇ……)


 ドラゴンスレイヤーが様子見に徹しないでほしい。エレノアは恐怖を抱くのだが、それを感じたのかステラがウィンクで合図してくれる。


(つまり、口は出さないが手は出してくれる……のかな)


 であれば取り敢えず安心していいだろう。魔銀級ミスリルの力はそれだけ強力なのだ。実力差を考えればギガンテスは格下。ただ力が強いだけの肉でしか無いのだから。


「――来た、な」


 程なくズシン、ズシンと音が耳に聞こえ、メキメキと木が倒れる音が響く。遠目にもなぎ倒される様がめについて、木々の間から紫色の禍々しい巨人が見て取れた。左手で鞘を握り先導して駆け抜ける姿はシオンだ。彼はギガンテスが振り回す腕や、容易く引っこ抜いて投擲された巨木類をするりすると避けてやって来た。


「Ahhhhhhhhh!!」


 咆哮、そして巨大な1つ目がエレノア達を見据えると巨人は嘲笑った。瞬間身が震え固まるのを感じる。ああ……あれにとってエレノアなぞただの獲物オモチャに過ぎない。怖気づいたのは彼女だけではなく、スローン達もそうだ。唯一動けたのは騎士の子であるカストゥロだけだろうか。それでも抜いた剣先が震えているのが目に入った。

 誰もが終わりを意識して、しかしそうはならない。


――パアン!


 背後から響く手拍子に全員がビクリと身を震わせる。そこには真顔のステラがおり、その目は『シャッキリしろ』とつぶさに語っているのであった。


(そうだ、もうやるしか無い……このアホウ共と共倒れになってたまるか!)


 もうヤケだ。ギガンテスの弱点はもちろんその巨大な目であるが、需要のある部位もまた目である。ギガンテス討伐は本来なら目を傷つけずに熟すのがセオリーだが、そんな律儀に熟す余裕は此方にはない。


「皆様目を狙ってください! カストゥロ様は直掩を!」

「目、目だな?!」

「ど、どうすれば」

「最速で矢魔法です、数打ちゃ当たります! いきますよ、燃え上がれ〈ファイアアロー〉!」


 飛来するそれぞれの加減を無視した矢魔法が飛来する。だが慌てた故にエレノア以外の魔法は外れて森の中へ。しかも当たった〈ファイアアロー〉も一瞬早く閉じられたまぶたで効果を発揮しない。不快そうに呻くギガンテスの目がハッキリとエレノアを捉えた。


(やばっ……)


 何か時間を稼がねば。そう思ってシオンの姿を探せば、いつの間にか一行の直ぐ側に戻ってきている。彼の左手は鞘を握っているものの、抜剣する様子はない。飄々とギガンテスを観察していた。


 彼は徹底して手を出さないつもりなのか。考えているうちに追ってくるギガンテスの距離は20に迫る。このままでは接近戦に持ち込まれてしまうだろう。その場合頼りになるのは前衛で剣を構えるカストゥロ1人。術者4名が攻撃するには時間稼ぎが必須だが、彼は果たして耐えうるだろうか。


(いや無理ですよネー)


 カストゥロが弱いとは言わない。これでも学園イチの実力者……だが実戦経験が圧倒的に足りていなかった。ただ相手が悪かったと言うだけで。


 今更ながらスローンの言葉を止められなかった自分を恨む。全力疾走のギガンテスなど押し止めようがないではないか……と、エレノアは心底後悔していた。


「すてんばーい」

「ッ?!」


 音にして『ごぅん』と背後から響いた。同時に風が巻き起こり、ギガンテスが何かにぶつかったかのごとく錐揉み回転しながらひっくり返って倒れた。何が起きたのか、その答えは彼女たちの背後にあった。


「びゅーてほー」


 そう言って口笛を鳴らす彼女はステラ。構える得物は砂岩をまとい、ライフルのような形状に変化している。蒸気をあげる砲身から察するに、今起きた現象は彼女が引き起こしたものなのか。


 ヨロヨロと立ち上がるギガンテスだが、その右肩には強い衝撃を受けたあとが残り、腕はだらりと力なく垂れ下がっていた。


「今のでギガンテスの右腕は粉砕、無力化しました。そして――」


 つぶやくシオンが柄に手を置き構える。そしてマントが揺れ動いたかと思った時、エレノアはキィンという納刀の音を聞いた。



 立ち上がろうとしたギガンテスは足首から血を吹き出させて転ぶ。アキレス健が切られたのだと気づいたのはエレノアの知識故だろうか。だがこの距離で一体どうやって……疑問に感じる日間もなくシオンは淡々と告げる。


「ギガンテスが状態に慣れるまでに討伐をどうぞ。左手のぶん回しに注意してください。踏ん張りが聞かないので投擲は無いでしょうが、気をつけて。では僕は下がりますね」


 そのままトドメを刺してくれてもいいのだが! いいのだが! しかしエレノアの切なる視線は届かない。そして背後のステラも銃身を担いで『フンフンフーン♪』と鼻歌交じりに観察するばかりで、これ以上手伝う気は無いようだ。


 本当に危ない時は手助けしてくれるだろうが、たしかによろめくギガンテスを見る限りもう脱していると判断しているのだろう。2人がしたのはただのお膳立てなのだ。


「皆さん、とりあえず魔法を叩き込みますよ! 相手は動けません、よく狙ってください! カストゥロ様は切り込むなら右手側から回り込んでください、左手側は危険です!」

「わ、わかった!」


 エレノアの指示に誰がともなく応じ、動きの緩慢なギガンテスに攻撃を開始する。思いつく限りをありったけ。そこから先はエレノアも必死で何がどうなったかよく覚えていないが……気づいたら無残な何かが転がっていた。焼け焦げて千切れ、元は巨人だったということしか分からない。


 何とか勝ったのか? 安心するエレノアであるが――。


「よーし、魔石を剥ぐよ~。よく見ててね~」

「うっ……」


 ここからシオンとステラの2人が率先して解体ショーを始めたので、どうにも気持ち悪くなるのであった。

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