07-04-03:男爵令嬢エレノアの感動

 イルシオの街を出て1時間。馬車の移動を予定していたところ、ステラが一言『モヤシかよ、若ェんだから黙って歩け』と徒歩で移動することになった。これに難を示したスローン達であったが、そもそもギガンテスが出るような深域に馬車が入れるはずもないとエレノアが補足した。


 代わりと言っては何だが、ステラが『生活魔法の応用』などと言って追い風を受けているので一行の歩みはかなり軽やかだ。


「しかし街の近くに巨人が出るとはな」

「イルシオは世界樹、つまり霊脈を擁する街ですから……魔境が発生しやすいのですよ」

「由々しき事態ではあるな」


(由々しき事態なので帰りたい。っていうか本気でつもりなのかしら……)


 シオンという剣士の力量は図れないが、ステラについては保証していいだろう。なにせ交渉成立後、事前に活を入れると言って殺気を放ってきたのだ。当然彼女は固まった。スローン達も同じく立ち尽くしていた。嫌な汗が流れるのが分かる。


 あっ私死んだわ。


 そう感じるほどの圧であった。ちなみに余波を受けたのか窓口職員である。彼女は度重なる緊張もあり泡を吹いて倒れてしまった。ステラ曰く『ッベー、やっちまったアッヒャオッフ』である。


 何故こんな事をしたのだろうと問えば、『竜の殺気がこれぐらいだから、今受けときゃ腰抜けて動けなくなることもあるまい。逃げられないのが一番キツいから』とのこと。本当にそのとおりなのだが多少手加減してもいいとエレノアは思うのだ。ちょっと漏らすかと思ったのだから。


(……っていうかこの人、なにかおかしいわね)


 思い返せば了解の合図に『OK』と言ったり、今ふんふふーんと歌う鼻歌は『クラリネットを壊しちゃった』だ。いやでも『玉ねぎサイコー』がどうのといってるから原典のほうか。


 明らかに同郷の転生者ではないだろうか。


 どうやら彼女もハイエルフらしいのだが、この爵位に物怖じしないアンポンタンぶりはそう思わざるを得ない。エレノアも処世術的に貴族を敬うことはあれど、直感的に爵位というものを理解できていない。それと同じ空気を彼女ははらんでいるのだ。


 真実であれば何某か話を聞きたい。


 エレノアはある意味で孤独だ。この世界に置いて知らない知識を持ち、浮いた価値観を持つ彼女はどうしても周りに溶け込むことができない。その不思議さがスローン達青い血の人々の興味を引いてしまう事になるのは、全くもって想定外であったのだが。


 エレノアは殿を受け持つステラに近づき、そっと質問する。


「オゥ パッキャラマードパッキャラマード♪ パーオパーオーパパパらっぱっ! ぱっぱっぱらっぱ!!」

「その、ステラさん……」

「玉ねぎ食ったら俺たちゃ獅子だずぇ♪ ぱぱらっぱ!!」

「ステラさん!」

「オゥイエス! すまない、なんだろうか?」

「あの、少しおかしなことを聞きます……『東京』『新宿』『山手線』、このあたりに聞き覚えはありますか?」

「おん? 浅草品川どぜう鍋。カミナリ励起が有名だね。揚げ物天ぷら天丼食いたい……ああでも米はないんだよなぁ……」

(わかりみィ!)


 エレノアはステラの言葉に身悶えした。雷励起はよくわからないが雷おこしのことだろう。つまり彼女は確実に前世を持っている! こんな孤独な世界に仲間が居たと認識できることは純粋に嬉しい。


「ちなみに醤油じゃないけど魚醤やデミソースなんかはドワーフの国にあるぞ」

「ッ!! 本当ですか?」

「うむ。テリヤキソース、マヨネーズからタルタルソースなんかも扱いがある。ああ、ならな」

「ふぉおッッ!」


 何ということだ、この人すごい……自分ができなかったことをサラリとやって来たというのか。これはエレノアの義父にお願いすれば輸入も可能であろうか。いやいやカツカツの男爵位であるしハイエルフは基本嫌がられているからどうなるかわからない。


 結局食べることは出来な――。


「なんならレシピも書くけど?」

「いいんですか?!」

「構わん構わん。おいしい飯は人生の糧であるからしてな~」


 笑顔の彼女はエレノアにとって女神に見えた。いや女神以外の何物でもない、実際女神といっても過言ではないほどきれいな人だし実際女神だろう。だって行動が実際女神的なのだ。やあれ美味しいご飯は人生の糧、ンッンー名言すぎる。もう酸っぱい黒パンやら柔らかいけどイマイチな白パンは結構なのだ。


 最早一刻も猶予もない、彼女との伝手を作ることは早急なる課題である。それがエレノアにとって蜘蛛の糸カンダタ・ストリングにほかならない。


 というより彼女は切実にジャンクフードが食べたいのである。ビバ揚げ物! ビバ脂肪酸! 体重なんて知ったことか、カツレツ・トンカツ・エビフライ。これがかなった暁には貪り食ってくれると彼女は決意した。


 だがそれも彼女との繋がりなくしては得られないだろう。


「でっ、でしたらその! 私とお友達になってくれませんか……?」

「いいとも! なんか君、すごく苦労する人のオーラ出てるしな!」


 からりと笑う彼女はサムズ・アップして答える。そう、そうなのだ。エレノアはすごく苦労しているのだ。だいたい高校を卒業するぐらいの知識をもっているというだけで、特別なことはなにもないただの少女である。なにかと才女なとと謳われるが、実際はそんなものだ。


 だから極力避けているのにスローン達災難は向こうから寄ってくるのである。私は誘蛾燈かなにかか。エレノアが自問するも自嘲にしかつながらない。


 これによって危険牌と見られて学園では誰からもハブられ、いくら説明しても婚約者の方々は言うことを信じてくれず、誰にも助けを求められないなか胃を痛める日々を送っていた彼女にとって泣きたいほど嬉しかった。


(ああ……なんて居心地がいい)


 エレノアはホロリと涙を一筋流し、即座にステラがそれを拭い取ってくれる。


「おいおい、可愛い顔が台無しだぜ?」

(男前かッ!!!)


 なんなのだこのハイエルフ、ちょっとトゥンクしかけたではないか。女性としては残念っぽいが、この抜けた感じは付き合うに丁度よい。こんな気楽なのはいつぶりだろう……だがそんな居心地の良さも彼女の一言で鳴りを潜めた。


「おーっと、シオンくん! 左手前方距離700、森林内に個体1。ターゲットを確認した」

「承知しました」


 つまりは、討伐対象ギガンテスの登場である。エレノアはついに来てしまった現実に顔を青ざめるのだった。

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