07-04-02:男爵令嬢エレノアの依頼

 エレノアは王国の次代重鎮を引っさげて、イルシオ探索者ギルドへとやって来た。


「「「「「いらっしゃいませ皆様!!」」」」」


(ああ、憂鬱だよ……)


 職員総出での挨拶にエレノアは辟易し、痛む胃を押さえた。最初はこうではなかった……まだ幼かったあの日、まだ魔力が潤沢でなく頃はこうではなかった。面倒見の良かった受付のお姉さんはもう居ない。ただ彼女を畏れ敬う一人の僕がいるだけだ。


 かつては食事を一緒になど誘ってくれたのに、今では怯えさせてしまっている。それがどうしようもなく悲しくてならない。


「き、今日はどのようなご用件――」

「エレノア、今日はなんの依頼を受けるべきであろうか?」


 職員の言葉を無視してスローンはエレノアに話しかける。何故いちいちこちらに問いかけるのだろう。これは総てやんごとなき方々のに過ぎない。そう思うのだが彼らは『下々の事も知りたい』とエレノアにつきまとうのだ。正直自分に付きまとうなら婚約者たちを構ってほしいと切に願う。


 彼女たちからの突き上げが存外酷いことを彼らは知っているのだろうか。いいや知るまい。知っていれば彼女に感けるなどしないはずだし、知ったところで頭の中がお花畑である。話を曲解して都合よく理解するに決まっているだろう。


(ハァ……面倒なことになった……)


 エレノアはビクつく受付職員が示す中で、この面子で見合った依頼を見出した。


「……でしたら薬草採取などは――」

「却下だ、泥臭い仕事など格好悪いではないか」

(その泥臭いのが下々の生活なんだよォオオオオオ!!!)


 などとは口が裂けても言えないが、脳裏に響かせるだけなら問題ない。そうしている間にもスローンは提示された受注票をみて、1枚を手にとった。


「討伐依頼にしよう……これなどどうだ」

「これですか?」


 そう言って提示したのは1つ目巨人ギガンテスの討伐だ。詳細を受け取りマジマジとみつめたエレノアは顔をあげてスローンの自慢げな目を見た。


「どうだ、私にふさわしいだろう」

「えっ……ええ、まぁ……」

(アホかっ! 死ぬっつーの!!)


 いくらハイエルフが高度な魔法使いとて、大地の竜とでも言うべき巨人に勝てるわけがない。彼らは戦闘経験の浅いなのだ。驕りの果てにあるのは死あるのみ。だというのにこの根拠のない自信はどこから湧いてくるのだろう。


「不安ですかエレノア嬢?」


 不安以外の何物でもないのだがこのボンボン達は理解していないらしい。青い顔をするエレノアはか細い声で具申する。


「せめて護衛を雇うべきかと……」

「護衛か……使い物になるのか?」


 ギロリと睨むスローンに職員が怯え唇を震えさせる。ギルドに緊張が走り……ここにスイングドアを陽気に開くバーンという快音が響いた。


「むーっふっふっふゥ! 冷たい空気も何のそのォ! 嫌われるなんて茶飯事だからッ! 流星のごとく駆け征け光条ッ! あれは誰だ?! 何だ?! 勿論いつものステラさん♪ 華麗にフラッと撃滅惨状ォ死屍累々ィイイ!」


(なんかすごいな人がヒーローポーズしながらやって来たァァァァ?!!)


 肌で感じる魔力的にはハイエルフなのだが、彼女が知るハイエルフにしては余りに色物で残念すぎる美人がやってきた。その後ため息を付きながらエルフ……いや、ハーフエルフか……の少年がやって来た。


「ステラさん、迷惑なのでそれやめましょう」

「ヱー」

「えーじゃないですから」

「ふええ」

「それもだめです」

「じゃあどうしろっていうんだ! わたしのアイデンティティが死んでしまう!」

「串焼き1本」

「わたしは大人しい淑女。ステラさんは乙女だよ」

「よろしい」


 なんだろうこのコントは、実家のような安心感がある。ステラは怯える窓口職員に目をやり「ふむり」と頷くと、唖然とするエレノア達に向かってはにかんだ。


「君はハイエルフ? ……っていうかその受注票、ギガンテス討伐だな」

「え、ええまぁ……」

「もしや君たち6人で受けるのかい? やめとけやめとけ、君たち怪我じゃすまないよ。ぶっちゃけダイ・オア・ダイの大冒険だからして」

「何だと……?」


 スローンが眉をしかめてステラを見る。この人、もしや殿下のことを知らないのだろうか。エレノアはサッと青ざめ……続く言葉に目を見開いた。


「もしアレなら手伝うが? わたしは魔銀級ミスリルのステラ。こっちは相方で魔銀級ミスリルのシオンくん」


 シオンは一歩下がって礼をする。エレノアでもわかる洗練されたものだ……どこか貴族に仕えた経験があるのだろうか。ふとスローン達を振り返ると、皆が2人に注目していた。さもありなん、魔銀級ミスリルといえば単騎で竜狩りを可能とする戦力の持ち主だ。少なくともここにいる誰よりも強い。


 呵々大笑とする様からは想像もできないが、掲げるギルド証は間違いなく魔銀の輝きを放っていた。


「どうかな? いい案だと思うんだがね。ああ、報酬は要らんよ。これも後進育成の一環だからね。我々ともなれば後輩の支援も仕事のうちなのさ」


 ぐっとサムズアップする様に、エレノアは一筋の光明を見た気がした。少なくともこの破天荒なクエストにドラゴンスレイヤーが加わるのは。まかり間違って全滅、なんて事態は防げるだろう。


「殿下! 是非お願いしましょう!!」

「エレノア嬢?」

「学ぶことも多いはずです。ぜひ、ぜひ!!」

「……そこまで言うならば。貴様らの道同を許す」

「OK! 交渉成立だ」


 笑う彼女の様にエレノアは内心冷や汗をかきつつ安堵するのであった。

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