07-04-05:男爵令嬢エレノアの微笑

 世界樹ユグドラミニオンの麓にある『白薔薇魔法学園』。その豪奢な王族専用サロンで1人の少女が物憂げに外を眺めていた。


 少女の名はエレノア。最近無理な討伐系を受けて死ぬ思いをした(推定)乙女ゲームのヒロインである。


(あー、生きてるって素晴らしい)


 あれからしばらくたっても生の実感を感じなくなる時は来ない。ギガンテスを仕留めたことに対してハイエルフ貴族界も賛否両論だ。


 スローン達は『己を鍛え直す』と張り切っている。もうそのまま諦めるという選択肢は無いのだろうか。特に彼らの婚約者たちからの突き上げはさらに酷いものとなっている。

 命の危険があったのだから当然なのだが、『誘惑したのは貴女でしょう』などと言われても『そっそうですか……』としか言いようがない。無理強いしているのはスローンたちなのだから。彼等には早く目を覚ましてほしいと願わんばかりである。


(せめて不相応な探索者ハンター業はやめてほしいんだけど……)


 権力スローンには逆らいたくないが、かといって無礼討ちと言われて死にたくもない。限りなく積みに近い現状に対して、しかし抗えるだけは抗いたいエレノアである。


(はぁ……いいなぁステラさんは。ハイエルフなのに自由なんだもの)


 そう言って別れ際にプレゼントされたピンクのリボンを眺めながら、残念系美人で実はデキル女な彼女を思い出す。ステラは実に奔放で物怖じをしない。類まれなる魔法使いマギノディールであり、その力を持って自由を謳歌している。

 また相方のシオンと言う少年とどうにもいい関係を築いているようだ。もしかしたら恋人同士なのかも? 少なくともツーカーの仲であることはすぐに知れた。


(あー羨ましいなぁ~~!!)


 もしエレノアが彼女と同じだけの力量を持っていたら同じように生きられただろうか。かつて仕事していたのと同じように街の仕事や、ゴブリンを退治したり。徐々にランクをあげて貯金をためて……いい人を見つけて結婚して。


(……子供は3人がいいなぁ、とか)


 などとIFを考えてため息をつく。全ては幻想。男爵とはいえ貴族籍をもつ彼女は結婚相手を自由に選ぶということは出来ない。どこまでいっても籠の鳥なのだ。


(考えても仕方ない、か……)


 彼女は彼女、自分は自分。結局の所どうしようもない星辰の元に彼女は立っているのだ。だがそれでも――。


(ちゃんと……友達ができたのは嬉しいな)


 学園でもめったに笑うことのないエレノアは、久々に心の底から微笑むのであった。



◇◇◇



 ところは変わって世界樹ユグドラミニオンに据えられた元老院議会。そこでは第2王子スローンが起こした身勝手な事件について議論が行われていた。暗がりの中小さな灯火で照らされた室内にある13の影が、エルフの国を統括する元老院議員たちである。しかし暗がり故にそれぞれの顔は見ることは出来ない。


阿呆スローンのお遊びも大概にしていただきたいものだ」

「左様左様。王とは座にあって睥睨しておるだけでよい」

「幸いエレノアなる下賤にかまけておる故、御しやすくはあるがな」


 言葉にクツクツと笑いが起こるが、沈黙して眉をひそめるものも居る。見る人がいれば彼の一行の親族と分かるだろう。明らかな失態であるが、そうとは取らぬものも議会には存在した。


「だが此度の件は使。そう思わぬか?」

「……あの忌々しい女か」

「ステラ……」


 唸る議会が一瞬にして怒気に包まれた。ここに居る全員があの美しいハイエルフの存在を知り、また辛酸を舐めているのだから。


は一筋縄では行かぬ。アルヴィク公国より始まった一連の行動を見よ」

迷宮都市ウェルスでは我らが秘技が失敗に終わったな」

「それに水唱都市ルサルカでもだ。折角燻りを焚き付けたというのに、小童1人仕留められなんだ」

火宮都市ヴルカンについては最早是非もなし。我らが神を殺すなど、最早存在すら許してはおけまい」


 一同が頷き、しかしと声にあげた。


「あれは我等ですら想定外にある存在だ。我らが下せる手合であろうか」

「否、しなければならぬ。今イルシオにいるというだけで危険だ」

「世界樹の秘を知れば確実に事を成すであろうよ。……何か策ある者はないか」


 だがしんと静まった会場で声を上げる人間は居ない。そう、は――。


『簡単なことよ、傀儡くぐつにしてしまえば良いのだ』


 声は台座にある一振りの剣だ。濡れるような刃は蒼に輝き、鍔には6弁の華の結晶が収まっている。剣は冷たい空気をまとって議会を睥睨していた。


「出来るのですか?」

『"可"、である。彼奴めの筐体イレモノは我等とさして変わりない。成した後の始末は貴様らでつけるがよかろう』

「なんと、流石は貴方様で御座います」

『全て我が導こう。全て我が示そう。汝らは時と場を整えよ』

「おぉ……」


 言葉に元老院がどよめき、剣に対しうやうやしく頭をたれる。崇め奉られる剣の名はヴォーパル、銘をハイドランジア。ハイエルフを統括する真の支配者はこの剣にほかならない。


『では動け。我等が秘を暴かせてはならぬ』

「仰せのままに」


 暗がりの中、議員は立ち上がり剣へと忠を誓ったのである。

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