07-01-02:ようこそ探索者ギルド

 2日後、イルシオについたシオンとステラはまず探索者ギルドへと向かった。基本的にギルドは街の出入り口付近にあるので、街の関門を潜ったらまずはじめに向かうべき場所だ。建物自体も目立つ場所にあるのですいすいとたどり着くことができる。


 ステラはスイング戸をバターンと開くと、元気よく挨拶した。


「こんちゃーす!」


 するとステラを確認したギルドすべての職員が一斉に立ち上がってザッと音がした。探索者ハンターたちは困惑の視線を向けるが、しかし彼等のそれはすべて静謐な義務感の元、彼女に向けられており――。


「「「「「いらっしゃいませステラ様!」」」」」

「ファッ?!」

「うわっ!」


 一斉に挨拶されたものだから、驚いたステラは思いっきり後ずさりしてギルドから飛び出した。後ろに続いていたシオンは反射的に回避する。魔銀級ミスリルならではの見事な身体能力だ。


「えっ? えっ?」

「……ステラさん?」


 シオンの目は『何をした』と物語っている。ステラはブンブンと首を振って無罪を主張した。さすがにこの短時間で何かできるわけもない。というか彼女自身、常に何かをしたという自覚はあんまりないが、今回に限っては本当に心当たりが無いのだ。


「え、何? 何なの? ここホスト? ホストクラブ? ドンペリハイリマシターヤッホーヤッホーシャンパンタワーナンデ?」

「落ち着いてください。ここは、ちゃんと探索者ギルドですよ。だって看板がそうですし」

「でも『ラッシャッセー!』いわれたぞ、これ普通じゃな……だから私は何もしてないって!」

「しかしとすればステラさんでしょう。実際に貴女がターゲットなわけですし」

「それはぁ~そうかもだけどぉ~……」


 変に信用が有るようでないステラはこっそり、本当にこっそりとギルドの中を覗き込んだ。すると先ほどと同じように此方をそわそわ伺うギルドの人々が控えていた。彼女は動悸息切れを発症し3歩下がってシオンにすがりついた。


「し、シオンくん先に行ってきて! いってきて! 一生のおねがいだ!!」

「僕だっていやですよ! なにか変な事態に巻き込まれること必至です!」

「でも『ステラ様ァ』いうとったやん、ならシオンくんならワンチャン普通の対応をしてくれるかもしれないやんか! やんかやーんか!!」

「確実に『呼んでこい』って言われますよ……だから諦めてお縄に付きましょう? ね?」

「えぇぇ……やだぁ、怖い、いきたくないよぉ……あれなんかの新興宗教カルトだよ、ヤバイヨヤバイヨ……」


「あのう」

「「ふッ!!」」


 わちゃわちゃしていると、ギルドマスターの腕章を付けたエルフ男性が此方に話しかけてきた。突然責任者が現るとは何事か、シオンとステラは更に後ずさりして身構えた。ギルドマスターが出張るなど尋常のことではない。


 なんだ、何をやらかしたのだ。シオンとステラは思考を巡らせるが皆目見当がつかない。


「なにか、我々に不備がございましたか?」

「ふ、不備っていうかあの、は一体……」

「あれ、といえば先程のでしょうか? 歓迎の意を示したのですが……」


 歓迎、その言葉に2人は頭にはてなを浮かべた。


「ああ、申し遅れました。私ギルドマスターのアッサムです、以後お見知りおきを」

「これはご丁寧にドーモ……って、なぜあんなに歓迎ムードなんだい?」

「それは勿論ステラ様をお迎えに――」

「いやいや待って、何故歓迎されるんだ。わたしたち何かした覚えが無いのだけれど」

「ハイエルフの方をお迎えするのですからこれくらいは……」


 ステラは頬が引きつるのを感じた。なんだこれは……迎えも何も、ステラは魔銀級ミスリルとはいえ一介の探索者ハンターでしかない。ならばハイエルフとて特別な対応をする必要は何処にもありはしないだろう。


「それいらない、ふつうでいい、ふつうでいいです。逆に怖いから……」

「え、お気に召しませんでしたか……?」

「本当、本当に一般的な探索者ハンターと同じように対応してくれればいいから。ねっ? ねっ?!」

「しかし貴女様を粗末に扱うなど出来かねます」

「……ふえぇ」


 ステラは泣きそうになってシオンにすがりついた。それはもう震える手で裾をきゅっと握りしめたのだ。


「シオンくん、はなしがつうじないよぉ」

「あー、はい。なんとなく知ってました……すみませんが、せめて個室での対応をお願いできませんか?」

「でしたらすぐにご用意いたしますね」


 そう言ったきり、ギルドマスターはぱたぱた行ってしまった。


「シオンくん」

「なんですか?」

「すでに心が折れそう」

「はいはいがんばって」

「ふえぇ、ふえぇ」


 泣きそうなステラを引っ張ってシオンはギルドの門を叩いた。



◇◇◇



 ギルドに備え付けの個室に通されたシオンとステラは、まずギルドマスター・アッサムの深い深い謝罪を受けることとなった。


「先程は大仰に過ぎたようで申し訳ございませんでした」

「い、いえ。大丈夫だとも……ちょっと、かなり、いやすごくびっくりしただけで。でも対応にこまるので普通にしてほしいです……」

「申し訳ありませんが、致しかねます。他のハイエルフの方々の目がありますので……」

「どういうことですか? ハイエルフともなれば、探索者ハンターギルドに直接用事など基本的に無いでしょう」

「所謂御用聞きってやつか」

「そうですね、なので『人目を気にする』という意味では、余り意味がないはずなのですが……」


 これにアッサムは深い、深い深い溜息で答えた。


「本来ならそうなのですが、実は最近探索者ハンターとして登録してきた方々がおりまして」

「そうなのかい?」

「耳を疑いましたが事実です。ステラ様という前例もありますし、登録証も発行せざるを得ませんでした――若い方たちでしたが何のつもりなのやら」

「そう言われると心苦しいが……遊びか何かだろうか?」

「腕は確かと言えますが、そうかも知れません。ああ、胃が痛い……」

「心中お察し致します……」

「なんか薬だそうか? わたし胃薬とか作れるよ?」


 ゴソゴソと肩掛けカバンを探り出したステラに、アッサムがはふ、吐息をつく。


「……本当にあの方たちとはちがうのですね」

「うん? 困っている人が居たら助けるのが普通だろう」

「そう言える貴女は本当に特別なのでしょう。事情は全て聞き及んでおりますが、目にするまでは信じることができませんでした」

「え、な、なにか評判でも立っているのかい?」

「ハイエルフらしからぬとても善良な方である、これがギルドの評価です」

「ほむっ、善良だってシオンくん! 善良だよ!」

「善良と言うよりおバカですが、確かに『ハイエルフ』なら善良と言えますね」

「そこはふつうに『いい人』でいいじゃんかよー、むぅ」

「ふふふ」


 笑うマスターにシオンとステラが目を向ける。これにハッとしたマスターが咳払いでお茶を濁した。


「本当に素直な方なのですね」

「ふっふーん! アホの子とよく言われるのだよ」

「それは誇れることじゃないですからね?」

「いいんだよ、アッサムさんは笑ってくれたじゃないか。笑顔は心の栄養だよ?」

「であれば、ステラ様……お気をつけくださいませ。貴女の在り方は私達エルフにとって、とても居心地の良いものです。ですがこの街では貴女こそが異端なのです。正義感の強い方と伺っていますから、シオン様……くれぐれもよろしくお願いしますね」

「心得て……と言いたいのですが、万全には不可能ですね」

「ぐ、わ、わたしだって多少は気を使うし……」


 もじもじするステラにシオンが指を立てて質問する。


「ステラさん、仮にハイエルフ馬車が子供を撥ねたらどうしますか?」

「まっすぐ馬車をぶっ壊す。右ストレートでぶっ壊す」

「「……」」


 じとりとした目が都合4つステラに向いて、彼女はハッと身を縮こまらせた。


「……ティヒッ☆」

「テヘじゃないですよ、もう…」

「シオン様、ほんとうに、本当にお願いしますね?!」

「なんとか、なんとかしてみせます……」


 シオンとアッサムが頭を抱える中、脂汗を流すステラが「そういえばァ!!」と無理やり話題を切り替える。


「アッサムさん、おすすめの食事処ってどこかある?」

「食事処、ですか?」

「うむ。せっかくエルフの国なんだし……私でも気兼ねなく食べられるという意味で、どこかしらないかい?」


 何よりもまず食い気か。シオンに呆れ顔でじとりと見上げられるステラであった。

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