07-01-03:普通の食卓?
アッサムに紹介された食堂は、町外れにあるすこし、いやだいぶぼろっちい建物の店だった。今にも崩れそうというわけではないが、何とも寂れて繁盛しているようには見えない。
「これ大丈夫でしょうか……」
「いや、問題ないと思うぞ。漂う匂いは……うん、悪くない。そこそこの当たりでいいと思う」
「ステラさんが言うなら確かなんでしょうが……少し不安ですね」
「まぁまぁ。とりあえず入ってみようよ、それで全てがはっきりするさ」
そう言ってステラが先導して門を開く。店内は薄暗く、客もなんだかヒソヒソと話して華がない。ああこれはステラが山勘でたまに引く『
とはいえギルドマスターから勧められた店なのは確かだ。気兼ねなく話ができて、それなりに名物が楽しめるのは確かだろう。ふと給仕らしきエプロンのエルフ女性が此方に目をやる。
「おや、見ない顔だねぇ」
「そうですね、今日この街に来たものですから」
「へぇ、それでウチに来るなんて物好きなもんだ」
「ギルドマスターに紹介されたのだよ~気兼ねなく食事できるってんでね!」
「ふぅん……で、何を頼むんだい?」
これにステラがこてんと首を傾げた。
「うん? メニューもなく何を食べる等決められないじゃないか」
「まぁそうだろうね。ウチは日替わりしかやってないよ」
「む、日替わりだけ? 名物は? 名物は??」
「毎日来てくれりゃあ何時かは食えるさ。さあ、あいてる席にすわんな。お題は前払い、大銅貨5枚だよ」
「ふむぅ……まぁいいか。いこうずーシオンくん」
「承知です」
言われたとおり料金を支払った2人は、些末な小さなテーブルのガタつく椅子に座った。座っているだけでキコキコギシギシと音がなって何とも頼りない。
「ふむ、一周回って風情があると言えなくもない」
「風情……ありますかねぇ?」
「突き抜けた汚さやボロさってやつはさ、転じて『何かが始まる予感』につながるとおもわないか? こう、廃墟萌えってやつ?」
「『もえ』がわかりませんが、本の読み過ぎということはわかります。実際場末の飯屋で何かが始まるなんてことは有り得ませんよ」
「かなぁ? でもなにかワクワクした気持ちになるよ、ホント」
「よくわかりませんねぇ……」
そうしている間に給仕が木椀に鹿肉のスープと四分の一に切った黒パンを持ってきた。これが日替わりランチらしい。
「じゃあごゆっくりィ」
ステラはそう言ってさる後ろ姿と眼の前に出された料理をチラチラと見返す。
「あっれ……めっちゃ普通だな」
「当たり前でしょう。何を考えていたんですか」
「エルフってやつァなんとなく菜食主義のイメージがあってな」
「なんでです? 狩猟するのでむしろ肉食ですが」
「イメージが『緑』だからどうにも野菜っぽいっていうか、肉食の割にみんな細っこいっていうか……思い返せばそもそも太ったエルフを見たことがないな。さっきの給仕の人もこういう場ではだいたい太ってそうなイメージだけど、普通にスリムだしな」
「どういう偏見ですかそれは」
「うーん、まぁ前世由来のものだからなぁ」
黒パンをナイフで切り分けてスープに浸して食べる。味は……まぁ普通といったところか。不味くはないが特段美味いわけでもない。ごく一般的な食事と言える。
「うーん、そういやエルフの名物って何が有るんだろ?」
「食べ物に関して名物らしい名物ってないですね。リーキぐらいでしょうか」
「リーキ……ネギかぁ。リーキは丸焼きにしたのをポン酢でツルッと行くのが乙ってなもんだが、そこらへんどうなんだい?」
「そもそも『ぽんず』なるものがわかりません。あと丸焼きは聞いたことないですね」
「ないのかポン酢……ああでも作れッ、作れる人が居ねぇですだよ?! ぐわあー絶望だ……」
へんにゃり項垂れるステラはもそもそと黒パンを齧る。ここには至高の料理人など居ないので、ポン酢が欲しくても創り出すことはできない。大人しく甘いリーキをトゥルットルするしかないのだろう。いや、それすら出してくれる店を探さねばならない。
「もしかしてこの街にはネギと鹿肉しか無いなんてことは……ないだろうね?」
「基本はそうですねぇ」
「……シオンくん。肉とリーキ以外にはなにかあるだろ?」
「ありませんって」
「うっそだろオイ、ウッソだろおい」
「……」
「え、まって、うそだろ? 嘘だと言ってくれ……!」
絶望にガクガク震えだすステラに、シオンは遂にこらえきれなくて吹き出した。
「勿論冗談です。名物もちゃんとありますよ」
「おいばかやめろ、それはステラさんの心に刺さる。めっちゃささる。ワダヂノゴゴドバボドボドダ」
「奇妙な言葉を使わないでくださいよ」
「だってネギ鹿だけで調味料塩だけとかレパートリー一瞬で尽きるぞ。そんなん絶望だろうが」
食事は一日のうちでも特に楽しみなイベントなので、バリエーションがないとなかなかにつらい。そもそもがグルメなステラなだけに、これはマストな問題だ。
「はぁ、しっかし普通の食事とはなぁ。わたしの鼻をして絶対イケてると思ったんだがなぁ」
「言われてみれば珍しいですね。ステラさんが『当たり』と言った上で、ごく普通のものが出てくるのは。大抵本当に当たりか大外れのどちらかなんですけど」
「お、大外れはたまにでしょうよ。……しかしまぁ黒パンに薄い肉スープばっかりじゃ太るに太れんだろうな。スリムなのも納得ですわな」
「肥満は飽食が可能な富裕層の特権だと思ってください」
「へぇ~……って、もしかして街の中央区に行くと……」
「僕の口からは何とも」
「わぁお」
シオンの笑顔の意味は一体如何なるものであろう。何にせよ街の中央区では中々愉快なことになっているようだ。ある意味楽しみであり、ある意味見たくなかった現実が有るのかも知れない。
「ま、何にせよこの眼ですべてを見極めねばなー」
「そうですねぇ。さて、今後どうしましょうか」
食べ終わった2人はエールを頼んで話し合いを始めた。
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