07:『樹荘都市』

07-01:杜の街イルシオ

07-01-01:イルシオについて

 街路を歩くステラは遠く森のなかに一際大きな樹木を見た。その幹の大きさたるや直径500メートル、高さは3000メートルはあるだろう。街までまだ2日以上距離があるというのに、道行くすべての人の視界に収まる程に大きい。


「でっけえ……なんだあの木は。この木なんの木異常な木だろ、物理法則を無視してないか?」

「世界樹ユグドラミニオンですね。ヴォルカニア火山と同じく、龍脈の上に立つ世界で1番大きな木です」

「そりゃ大言を吐くに足る威容だなぁ」


 大きく枝葉を備えるユグドラミニオンは風に揺らぐこともなく、ぽつんと頭一つ抜け出て生えている。樹木の足元から見ればより巨大に見えることだろう。ステラの魔眼を通してみると、地下を通る巨大な魔素の波根から吸い上げ循環しているのが分かった。だが幹の中央にはぽっかり空間が見て取れるのは一体何があるというのか。


(何っていうか、これまでの流れからして明らかにだよなぁ)


 溜息をつくステラはやれやれとシオンに振り向く。


「念の為聞くが、あの木は何か役割があるのかい?」

「世界樹の麓がこれから向かうイルシオの街の中枢です。また樹そのものを指すという事であれば、中に枢機院が入っていますね」

「ふむん? すうきいんってのはなんだい」

「エルフの国、世界樹を擁するハイエルフ最大の居住区にして政治の中枢です。所謂『ハイエルフの王達』が集う場所ですね」

「なんか陰謀とかものすごく渦巻いてそう。こう、モノリスめいた13枚のナンバリングされた板に囲まれて、中央ではイカリングさんが審議を受けてだねぇ……」

「『ものりす』も『いかりんぐ』もよく分かりませんが、一院二議四会という統治体制が敷かれていますよ。意思決定機関である枢機院、議題検討を行う上議会と議題検証を行う下議会、また決定した内容を実施担当する四方会という構造となります。四方会のみエルフが参画出来ますが、概ねハイエルフの庶子が付くことが多いです」

「なんか意外とまともだな……もっとこう、『俺が言うことを聞け』的なざっくりしたものだと思ってた」

「居住区も説明しておきましょうか。大別すると世界樹の枝葉の下がハイエルフ居住区、その外側がエルフ居住区となります。そして世界樹に近いほど位の高いエルフやハイエルフが住んでいる、そう考えていただいて構いません」

「なるほどというか……普通だな?」

「何を想像してたんですか……」

「こう、鞭を持ったハイエルフが奴隷エルフをだなぁ」

「いませんからね?」


 ふむふむと頷くステラがぽんと手をたたく。


「住居はどうなんだ? 樹上のツリーハウスと物の本にはあったけど」

「そうですね、既存の樹木を利用した家が多いです。勿論地上にも建物はありますが……基本的に労働者は地上、資本家あるいは主人は樹上に住まうのが一般的です」

「ほほーん? 上の方が価値が高いんだ……不安定かつ狭いだろうに大層なこって」

「いえ、そうでもないですよ? 住心地は意外と悪くないです。住めば都というのもありますけどね」

「なんかはしごやら階段やら多そうだけどな。お年寄りに優しくない作りのイメージがあるぞ?」

「そこは昇降機がありますから」

「昇降機……エレベーターか!」


 ステラが目を輝かせてシオンを見た。想起されるのは愛読書『猫の細道』である。かの本によると、猫たちは我が物顔で昇降機に乗って樹下と樹上を自在に闊歩しているという。


 とはいえステラが想像するような『エレベーター』はハイエルフ居住区に行かねば目にかけることはない。原則は原始的なクレーンであり、仕組みは滑車を用いた人力のものや、籠に結わえたヒモだったりと様々だ。しかしそれが大規模な街で普及しているとなればなかなかに見応えがある。


 また荷物運搬用の大型クレーンも多数存在し、ステラが気にかける程アクセス性は悪くはない。もちろん利用には料金が必要となるが、シオンの言う通り慣れてしまえば気にならないだろう。


「そういやエレベ……昇降機は猫が乗っていると読んだけど、どうなんだい?」

「どうでしょうか、気にしたことがありませんねぇ」

「というかシオンくん、君ってばやたら詳しくないか? さっきから明察に答えが帰ってくるんだけど……事前に調べていたにしては、何となく地元感漂う感じがする」

「小さい頃に少しだけ住んでいたことがあるんです。……しかし御祖母様や曾御祖母様、高曾御祖父様達はお元気でしょうかねぇ」

「ひいひいじいじが存命とかスケールがとんでもねぇな?!」

「まぁエルフですからね。死んだという話も聞きませんし、きっと元気でやっているのでしょう」

「わあお、長命種あるあるゥ~……」


 ステラがほえーと間の抜けた声を上げて遠く世界樹を見る。今までもそうだったが、これから向かう先は誰しもが超年上の者ばかりだ。少しだけ気を引き締めないでもない。


「そうだステラさん、此処から先はあまりやんちゃしないでくださいよ? 騒ぎが起きると非常に面倒なことになりますので」

「む? わたしそんな大仰に迷惑かけたことってあったかな?」


 ほわんほわと首をかしげるステラに、シオンが眉間を抑えた。この場合『迷惑をかけている』事は理解していても『どれくらいの規模になるか』まで考えが至っていない。ステラのことだ、些細な波紋が大津波足り得るので油断できない。


 これは本当に、本気で彼女を見ていなければ不味いようだ。シオンはひゅうと息を吐いて気を引き締めた。


「何にせよ気を抜かないように。此処から先は1つのミスが命取りになると心得てください」

「まぁハイエルフを舐めているわけじゃないが、気をつけるに越したことはないね。わかったよ」


 ウンウン頷くステラを今一信用できないシオンであった。

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