06-08-03:メンチを切る

 旅程も半ば。ヴォルカニア火山も中腹となればやはりドラゴンが出張ってくる。ましてや食べごろの集団となれば飛びかからない訳もない。


 ヒャア、久々の飯だぜ! とばかりにドラゴンたちは挙ってむらがり――。


「あ゛ぁ゛?!」


 ステラが青筋をたててメンチを切ると、ドラゴンたちはビクリと身を震わせた。その面持ちは般若も逃げ出す恐ろしい鬼である。


 彼女から放たれるのは圧倒的殺意であった。あとひと羽ばたきの距離を近づけば、否応無く死があることを悟る。それほどの圧がドラゴンたちを貫くのだ。睨まれた方は突如襲いかかるに恐れ戸惑うしかない。格の違い……存在の重さを明確にされたのだ。ドラゴンたちのほとんどは、一周回って冷静になり逃げ帰っていった。


 勿論パニックになって突っ込んでくるものもいるが、それはシオンが抜き打ちで眉間に6寸ほどの切り込みを入れてと倒していった。遠当てによる最小力かつ無慈悲な斬撃である。最初はドラゴンに恐れ慄いていた一団であるが、あまりの呆気なさに安心して旅程を進めることができていた。幼いオプファなど『ドラゴンさん可愛そう……』などと憐れむほどである。


「凄いですね……ドラゴンが全然寄ってこない」

「むっふっふー、ステラさんは実際スゴイからな」


 ころりと表情を変えてラピューアスに微笑みかける。今のステラは菩薩のように穏やかで柔和な表情だ。このように一瞬で表情の変わるステラを見てシオンが唸る。コロコロと表情の変わる彼女の表情筋は正に千変万化なのだ。

 表情を読ませないというのも重要だが、彼女のように即応して変わるというのもまた難しい。ステラの場合、むしろこのままで良いのではないかと思えてしまう。裏表がないということもまた美徳なのだ。


「それにシオンさんの剣技も素晴らしいですよ」

「僕の場合得物がいいですからね」

「またそのようにご謙遜をされて……」


 しかしトントンと柄を叩くシオンの声は若干弾んでいる。まだ加減が出来るほど習熟した訳ではないが、やはり良い得物を振るうのは気分が良い。大変危険な魔剣であるが、使い方さえ誤らねばこれ程頼れるものもない。


 またそれを補助するようにシオンの腕に居た赤いリボンのヘビ、『リヤン』が龍魔剣の柄に括り付いている。シオンはこれを見るたび気を引き締め直すことが出来るので、まず以てこの刃に誘惑されることはないだろう。


「得物が凄いってのも事実だが、持手が凄いのもあるだろう? 君なら所謂『剣聖』ってやつも視野に入るんじゃないか?」

「僕が剣聖ソーディアン? まず間違いなくかと」


 これにきょとんと目を丸くするステラはシオンを見て首を傾げた。


「どうしてだ? 君はこんなにも強いだろう。っていうか無双と言っても良いレベルだろうに。正直君に勝てる敵なんて、よっぽどのことがない限り思い当たらないのだが」

「ステラさん、所謂『二つ名』と『称号』は別の代物なのですが認識していますか?」

「え、同じじゃないのか?」

「『二つ名』は通称なので自称できますが、『称号』は与えられるものです。特に『剣聖』や『勇者』というな物は『称号』になりますね」

「剣聖って二つ名じゃないのか……」

「ええ。『勇者』と同じく、です。つまり……政治が絡んでとても面倒なのですよ」

「あっ、それヤダな。政争より自由がほしいところだ!」


 ころっと変わったステラはうむ、と唸って腕を組んだ。


「称号は置いとくとしよう。しかし我々、結構冒険を重ねてきたけど『二つ名』めいた二つ名を持っていない気がする。なんでだろうか?」

「そりゃ定点で長く仕事をしていませんからね。騒動になるような事も……まぁ無い事はないんですが、二つ名が付くほどじゃないです。そもそも僕達は普段街の依頼をメインで熟していますからね。せいぜい『街のお手伝いさん』『気のいい便利屋さん』ぐらいが関の山かと」

「むぅ、お手伝いさんか……」

「ただステラさんの場合は良くも悪くもトラブルを起こしますから、ギルド内部での通称二つ名はあるでしょうね。それとは別に公的なものだと……ああ、アルヴィク公国での『聖餐の聖女』でしょうか」

「あの事件かぁー……」


 以前自分で自分を目の敵にしていたことを思い出し、ステラは頭を抱えた。まだこの世界において若輩とはいえ『若気の至り』を痛感する次第である。


「ふむぅ、一応魔銀級ミスリルだしそれっぽい二つ名も欲しいよね」

「ステラさんの話を聞くに、知名度として世界共通の物を欲しているようですね。そうとなると難しいですよ? 僕達は別段強さを自称していませんし」

「強さの自称ってーと、例えば?」

「僕達はなにかする時、定型的な『名乗り』をしていないでしょう」


 これにステラがぽんと手を打った。


「ああ、怪力自慢が『剛力のタケシとは俺のことよォ!』みたいな事をいいつつ、お姉さんを追いかけたり上半身裸だったりすると印象深くなるもんね。その上で言葉を実証すれば、確かに彼は『剛力』だ。できなければただの自称だが……意味はありそうだ。なら!」


 ここでティンとひらめいたように指を立てたステラに、機先を制してシオンが口を出す。


「僕達は特に名乗る必要はありませんからね?」

「……なんでや! 名乗りたいやん!」

「有名になっても面倒事ばっかりやってきますよ? 具体的には同じカテゴリーで自慢している人とか。ステラさんはそういうの嫌いでしょう」

「う、それはそうだけどさぁ……」


 そうはいうが、2人はなんだかんだドラゴンスレイヤーである。ここにきて格好いい……出来ればがほしいところだ。そう、お揃いはとても重要だ。なにせ……夫婦茶碗のようなものである。であればチョットぐらいは意識してくれるかもしれないではないか。


 明らかな他力本願さに少し自嘲しつつ、ふぅとステラは息をつく。


「さて、山頂が望める位置まで来ました。気を引き締めていきましょう」

「了解した。任せてくれ」


 気を取り直しつつ、ステラは山頂へと目をやるのであった。

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