06-08-04:巡礼者たち

「ついにたどり着いたなぁ」


 雲を突き超え一団は天頂へと至った。竜の巣は最早なく、ただ静かな風の吹く聖域である。通常ならば氷点下となるだろう気温は、しかし活火山故か寒くはない。寧ろ蒸し暑いとさえ言える状態であり、ステラが魔法で保護していなければすぐに汗だくになってしまうだろう。


 そんな山頂にいる人々の目に映る光景は3つだ。


 1つは広い世界。ヴォルカニア火山山頂から見える麓の光景はまるでミニチュアのようであり、雲海の隙間から見え隠れするヴルカンの街がよく見て取れる。ここからでも黒い煙や白い湯気が確認でき、今も賑わっているのが分かった。


 1つは世界で一番近い空。昼間なのに夜のように星がまたたく空はなんとも幻想的で美しい。これだけでも登ってきたかいがあるというものだ。ステラはカメラが無いことを悔やみ、また無いことを感謝した。きっとこの美しい光景は、レンズ越しでは伝わらないだろうから。


 最後は火山の証明である火口である。驚くべきことに轟々と熱気が漂う火口は赤く彩られており、マグマがすぐそこまで存在していることを示していた。通常であれば既に『噴火している』と言うべき状況なのにマグマはとどまっている。


 その理由は驚くべきことに、このこそが答えであった。


「……なんだ、あの火口のは」

「赤い湯気? にしては密度が濃いですね」


 見通しのない雲のような霧。じっくり観察する2人を置いて、一団は一心不乱に火口へ祈りを捧げているようだが……ステラはこれに覚えがあった。


「これ、霧の森ミストじゃないか?」

「わかりませんが、少なくとも濃霧であることは確かです……因みに火口に霧なんて出るんでしょうか」

「休火山ならまだしも、明らかな活火山じゃあありえんよ。しかも此処は雲より高い場所で水源がない。となればまず間違いなく意図されたもの……つまり霧の森ミストと考えていいだろう」

「ギルドの情報では特に記載は無かったと思いますが……」

「此処まで来るような人が居なかったのではないか? 過酷な場であることは間違いないし、ペンペン草すら生えない荒れ地だ。なにか目的がなければまず人は来ないだろう……つまり我々が第1発見者じゃないか?」


 これに首をひねるのはシオンである。


「ファレノプシは火山を熟知していたはずです。何故周知していなかったのでしょうか」

「知っていたとして話す必要はあるか?」

「……たしかに、こんなところに用事がある人がそもそも居ませんね。生活をする上で危険があるわけでもなし、であれば態々周知して怖がらせるよりは良いでしょう」

「それに火山がヴォーパルの監視下にあるなら、必然霧の森ミストも監視下に有るということだ。そのうえで何も言わないなら、本当に大丈夫なのだろう」


 口に出しつつ、ステラが腕を組みううむとうなる。


「……というかさ、我々の旅路って必ずと行っていいほど霧が絡むよなぁ」

「言われてみればそうですが……気を向けているからそう感じているだけかもしれませんよ?」

「本当にそうだろうか?」


 ステラは指をピッと立てて言葉を続ける。


「ヴォルカニア火山はジャバウォックの封印機構だ。その火口に蓋をするが如く霧が出ているなら、矢張り無関係とは言いづらいんじゃない?」

「仮説……と断じるには符号が多すぎますね。予測だとしても確かにうなずけます」

「特別な魔物に特別な場所。まつわる場所には必ずと言っていいほど情報が存在する霧の森ミスト。てェなると、あの歪んだ空間はジャバウォック由来となるのだろうか……?」

一の獣ジャバウォックとの関連がある……そういう見識は有ることはありますよ」


 ステラが目を丸くしてシオンを見た。


「ほえー、あるんだ?」

「確かめようがないので、あくまで噂レベルですがね。でも今なら怪霧書ステラノートが出回っていますから、検証する試みは幾つか出ているかもしれません。また魔獣信仰スナッチ由来の技術ではありますが、〈マーカー〉の魔法陣で直接通過できる可能性も出てきましたし」

「ああ、道標の魔法陣。あったあった」


 現在ギルド上層部では霧の森ミスト解析に向けた調査が進んでいる。2人の冒険結果もフィードバックされ、来年には死刑囚を用いた通過実験を執り行う予定だ。とはいえシオンとステラの預かり知らぬところで行われるものなので、その結果がどうなるかなどを知るよしもない。

 何せ霧の森ミストが開拓可能になることで得られる莫大な利益が絡むのだ。一介の探索者ハンターが知ることの出来る情報を越えている。


「何にせよ調査するなら火口に入る必要がありますが……」

「さすがのステラさんも自殺願望はないぞ?」

「ですよね」


 シオンは赤い霧の先にあるだろう蠢這るものを思い肩をすくめる。ふと足音に目をやると、祈り終えたのかラピューアスがこちらに歩いてやってきていた。


「お2人とも大変助かりました。お力添えがなくば此処まで来られなかったでしょう、感謝いたします」

「仕事だからねぇ。な、シオンくん」

「ええ、よくあることです」

「それでもここまでたどり着けましたから」


 一団の真ん中ではオプファが嬉しそうに手を降っていた。振り向いて頷くラピューアスは頷き、一団も良い笑顔で各々頷いた。


「ではありがとうございました。こちら依頼の割符となります」

「はい? ありがとう、ございます……? えっと、これは――」


 何故過去形で話すのか。それ以前に何故完了として割符を渡してくるのだろう。シオンの問いかける事を待たず、ラピューアスは一団へと振り返った。


「ではね」

「は?」


 違和感首をかしげる2人の目の前で、全員が

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る