06-08:巡礼者たち
06-08-01:辻風竜胆
「どんな剣になっているのだろうね?」
「ええ、正直楽しみです」
「今までの剣は良く言えば物持ちの良い、堅実な、確実性の在る味わい深いものだ。悪く言えば財布にとっても優しい貧乏くささ、成るべく消費しない事を念頭に置いた臆病な思想のものだろう」
「い、言いますね……あれでも苦労して買ったんですよ?」
「まぁそうだろうねぇ。だがそれ故に君の剣は鋭利に研ぎ澄まされた。一振りを必殺の域に置く達人にまで上り詰めたのだ。そこに君の、君に拠る、君の為だけの剣が現れた……一体どうなっちゃうんだろうねぇ?」
「うーん……そう言われると、ちょっと怖いですね」
いわば技量が勝ちすぎて得物が合っていない状態だったのだ。これに最適化された魔剣が齎されれば如何なる結末になるか。ステラはおどろおどろしい声で言葉を紡ぐ。
「……故国にな、とある刀剣の奇譚が在るのだが」
「伝説? 伺いましょう」
「抜けば血咲いて振るえば死舞い。閃き殺さば生者を喰らふ。波紋は妖かし灯火揺れて、万物万象如何なるものも、するり通りて別れ断つ。銘を『千子村正』……悪鬼悪霊神仏聖霊、如何なるをも切り裂く妖刀中の妖刀だ」
「神殺しの魔剣、そんな代物があったんですか?」
「あくまで逸話だが、そうとも言えない伝承を数多く残す刀工のシリーズだね。切れに切れる刃は人の心を取り込んでしまう……というお話さ。そしてこれから受け取る魔剣は歪みに浸るアジ・ダハーカから作られたもの。その刃が君の精神を蝕み心を溶かして魅入られてしまう……などという事もありうるんじゃないかな」
「その手の話は確かに此方にもあります。『竜王ガルガンダの喉笛』というおとぎ話が近いですかね。王剣を手にしたガルガンダは徐々に刃に魅入られ、1つ、また1つと人を殺し、最後には自らの首すら狩り尽くしたという……」
「つまり用心するに越したことはないのだな」
「ええ……そろそろ着きますし、気を引き締めていきましょう」
うん、と2人が同時に頷いた。
◇◇◇
鍛冶屋の応接間に通された2人は、一振りの蒼い刀剣を前に戦いていた。
「わーお、こいつァまさに
「これは、すごい業物ですね」
形状は基本的なロングソード、しかして刃は流線型で、龍鱗を連ねた規則正しい紋様を描く。これが今まで見たことのないように蒼く煌めくのだ。
更に鍔は漆黒の龍骨と魔石で装飾され、禍々しくも雄々しく其処に在る。握りはふくらとして滑り止めが彫り込まれており、シオンが使っていたロングソードを踏襲したものとなっている。
「スゴイぞシオンくん。この
「生きている?」
「目が良いのう。左様、この剣は生きておる。とびっきりの素材を使ったからのう。
「そこまでですか?! ちょっと褒美にしては行き過ぎでは……」
「龍骨を軸にしておるのじゃから当然であろうよ」
ミーメの言及通り、ステラの目は非常に複雑な魔道具の
勿論
「仕様は見ての通り鱗造。
「完璧です……手にとっても?」
「構わぬとも。もとよりお主の剣じゃて」
「では、失礼して……」
シオンが手に取れば龍鱗の剣は驚くほど軽く、また元からそうであったかのように手に馴染む。そっと刃を撫でると、妖しく燦いてシオンの目を奪った。気をしっかり持たねば取り入られそうな程に美しい、芸術品のような剣だ。
(成程、たしかに魔剣……センジムラマサのように、人の心を魅了する力がありますね)
抜かば斬らずに居られない……血を吸い求め、振るわれることを望むような。そんな危うさのある一振りだ。いや、元となるアジ・ダハーカからして血肉を求める魔龍なのだ。作られた剣が人喰いだったとて驚きはすまい。
「この剣の銘は何でしょうか」
「今はまだ無銘の剣よ。儂等も考えはしたのだが、どうにもしっくり来るものが無くてのう」
「ふむ……」
名とはそのものの姿を表す願いだ。呪いを嘯けば真に呪剣とかり、幸いを乞えば祝福を刀身に映す。故に名づけとは慎重に慎重を重ねて尚、気を付けるべきものとなる。ましてやこれほどの魔剣、人類史に名を残す可能性すら秘めた器なのだ。迷うのも已む無いと言える。
シオンですら畏れ多い、と言わざるを得ないが……ここに目をキラキラ輝かせた子供のような彼女がいる。
「ステラさん、なにか妙案でも在るのですか?」
「フフン♪ あるよあるよ~ステラさんとびっきりの名案がね!」
「なら名付けをお願いします」
「うむ。せっかくの龍剣、呪いの剣になられても困る。なら
「ゲンティアナ、略すればティアナですか。響きが美しいですね」
「ちなみにリンドウは龍の肝の様に苦い、という逸話から来ている。この剣にピッタリの名前だと思うね」
銘を貰った剣はきらりと明かりに輝いた。
「よし、銘が決まれば一度試し切りしてくれい。最終調整は其処からじゃろう」
「承知しました」
ミーメの誘いに乗って、一行は火事場の裏庭広場へと向かう。用意された試し切り用の木人は……いつもどおりのエルフスタイルだ。都合4つ用意された、無駄に格好いいポーズをとっている人形たちである。
シオンからみてひし形に配置された木人を前に、彼は新たな剣を構える。最初は基本の両手持ちだ。
(……凄いな。元からこうだったかのようにしっくり来る)
吸い付くような握りはかつて持っていた頑健のロングソードとは比べるべくもない。自分が如何に粗悪な……しかし丁寧に作り込まれた品を使っていたかを思い知る。
「では行きます」
シオンが一歩前に、上段の剣を振り下ろす。ヒュン、とちいさな風切り音がシオンの耳に届き……。
「あれ?」
するり、と刃は通った。通ったはず……なのだが木人は倒れない。もしかして剣身の長さを誤ったか。新しい得物に切り替えた時よくある誤認だ。
(長さはほぼ同一のはずなんですけどねぇ)
おかしいなと思いつつ、今度は逆袈裟に切り上げる。すると同じくヒュンと音がなり……やはり刃は通ったのだが切れていない。それから何度か繰り返すも一向に切れる気配がなかった。
「……ううん??」
「なんじゃ? シオン殿、ちゃんとやっておるのだよな?」
「もちろんですよ、でも……あれ、おかしいなぁ……?」
そんなところに、真顔で冷や汗をかくステラがてくてくと歩いてきた。
「ステラさん?」
「……」
彼女は無言で木人に、人差し指でツンと小突いた。するとどうだろう、木人はたちどころに砕け、バラバラになって四散した。乱切りとなった木片がころころ転がっていく。
「やっぱりか……」
「うわ、え? なにが起きたんです?」
「太刀筋が鋭すぎるんだよ。それで切断面が接着して、切れてないように見えただけ……っていうか実在したんだこの技。シオンくんの技量ヤバない?」
と、ステラが説明していると、転がる木片の1つが奥の木人にコツンと触れた。すると奥にある木人もまたコロコロと音を立てて崩れ落ちていく。
「え……?」
「シオンくんそれ遠当てェェェ?!」
「なんとまぁ……シオン殿の剣の冴えたるや神代の如しというのか……」
ステラが驚嘆に叫び、ミーメを始め携わったドワーフたちは感嘆にため息をつく。この最高の剣の担い手に相応しい剣士であると目に焼き付けたが故だ。
「……僕はもしかして、とんでもない剣を手にしてしまったのでは」
シオンの呟きにその場にいた全員が頷く。
「シオンくん……早速刀剣にまつわる逸話を作ってしまったな。これより先、その剣は
ワールウィンド・ゲンティアナ……シオンの新たなる魔剣はシオンの慄きに構わず、妖しく輝くのだった。
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