06-06-05:温泉郷への道

 ステラが腰に手を当て、格好いいポーズでグルトンに指をビシィとつきつけた。腰のキレが素晴らしく、モデル体型も相まって非常にになっている。


「グルトン君の夢は温泉宿の経営だろう。ならここで逃げるのはバカのすることだぜ? 幸い我々は温泉の源流……源泉を既に見つけていることだしな」

「何、オンセンが見つかったのか?!」


 グルトンが興奮気味にガッターンと立ち上がり椅子が吹っ飛んだ。引退しても探索者ハンターであった事実は変わりなく、その膂力は図抜けている。ましてや重戦士だ、椅子の1つも飛んでいくだろう。


 ちなみにドワーフ製品なのですっ飛んでいっても壊れない。ぶつかった先のテーブルもドワーフ製なのでぶつかっても傷一つ無い。実際安心安全頑丈な良い品物である。


「だがヴォルカニア山は――」

「だーかーらー言ってるだろうが。火山は私が爆発と言っているんだ」

「ど、どういう事だ……理解できない」


 太眉を困りげに歪めるグルトンに、シオンが心で賛同する。たしかステラの言うところの『わかりみ』というやつだったか。彼女の言葉は中々語彙が多く面白い。


 そんな彼女が困り顔のグルトンにチッチッと指をふる。


「話はシンプル、つまり簡単なと思えばいい。我々は火山噴火について対応の用意がある。それを信用するかしないかだ」

「そんな……か、可能なのか……? あれだけ巨大な火山なんだぞ?」


 そう、事はかつて自分たちがしてやられたのと規模が異なる。彼女は大火山を相手に勝つと宣言しているのだ。これがうつけの戯言以外になんと言えよう。


 だがステラはそれを良しとして不敵に笑い、指をパチンと弾いた。


「フフフ、グルトン君。この勝負に賭けるベットかい? いやさこう言うべきか……君ははできているか?」

「オンセンの……王ッ?!」


 グルトンの肌がゾワリと毛羽立ち震える。温泉の王、湯の花道、覇王の半熟卵……たしかにステラの言が正しければ、地価が最安値……いや捨て値以下の無料となる今計画を進めれば王となるのは


 だがその決断に迷いが生じている。当然だろう、降って湧いたような与太話。信じたいという思いと同時に、火山大爆破という確定した事実が立ちふさがってしまう。


 ステラによって分水嶺は今ここに示されたのだ。


「さあ、乗るか、反るか? 丁か半か、今決めるのだ!」

「ぐ、むぅ……」


 ここで黙していたチャルタがヒュウと息をはいて立ち上がり、グルトンの肩を叩いた。


「チャルタ?」

「これは飽くまであたしの意見ニャんだけど、あたしはお姉さまおニェーさまを信じていいと思う」

「む……」

「シオンさんも言ってたけど……お姉さまおニェーさまは言ったことは絶対人だニャ。それがどれだけあり得ないことでもやっちゃう英雄みたいなお人ニャン」


 事実チャルタとグルトンは、かつてステラにいる。本当に有り得ないことでも彼女の名が出ることで途端希望が見えてくるのだ。


「それに……今日夢にシストゥーラ様が顕れて、『今日は良いことが起こる』と教えてくれたんニャ。それはたぶんこの事だと思うんニャよ」


 猫神シストゥーラは獣人族でも猫系種族も守護する小神ノイである。チャルタも熱心に信仰しているわけではないが、最低限に敬っているのは事実……信心深くはなくとも信者だ。

 そんな神が直々に神託を下したならば聞かざるを得ない。それに神託自体も無理なことではなく、ただの予言なのだ。


「あとお姉さまおニェーさまに伝言で『またなでてくりゃれ』と言われたのニャ……シストゥーラ様と知り合いだなんて、流石はお姉さまおニェーさまなのニャ!」

「そういや以前の集会っきり会ってないな。こんど猫君に頼むか?」


 フムンと頷くステラを確認したチャルタはグルトンの肩を叩く。


「だからあとはグルトン、あんた次第ニャ。夢を追うか、夢から逸れるか……現実は何時だって待ってくれないんニャよ」

「俺は……」


 グルトンはぐっと手を握りしめ顔を上げた。彼の目には炎がやどり、使命感とも取れる情熱に燃え上がっている。


「わかった、話に乗ろう。俺はあんたを信用する……それこそ風呂に入ったとき吐いてしまうため息と同じぐらいに、だ」

「お、おう……!」


 グルトンは胸を張って言うが、正直ステラにも良くわからない定規の度合は計りかねる。しかし熱意でだけ測るのならば十分覚悟は決まっているようだ。そして彼は拳を握りしめ、天に向かって突き出した。


「だから……温泉王に俺はなるッッッ!!!」


 決意を胸に秘めるグルトンに、チャルタがフフンと鼻を鳴らして笑顔になる。グルトンはのんびりしたやつだがやるときはやる。ついていくと決めた彼女の決断は間違っては居なかったのだ。


「ではその方向で話を進めよう。街のドワーフ職人たちも暇を持て余して趣味に没頭していることだし、話を通せば協力してくれるだろう。特に大工を生業にする者たちなんて燻りも甚だしいんじゃないか?」

「たしかに、こんな状態じゃ新しい建物や家具なんて依頼はなさそうですしね」

「うむ。ついでにアルマドゥラさんにも話を通して盛大にブチかまそう」


 ステラが指を鳴らしてクシシと悪い笑顔を浮かべる。


「どうせなら鍛冶冶金の街ではなく、温泉の街としても名を轟かせてやるのだ。理想郷ユートピアならぬ温泉郷ゆ~とぴあをこの地に築くぞ。諸君、準備は宜しいか?」


 ステラの言葉にグルトンは力強く、チャルタはやれやれと、シオンはまた始まったと眉間に手をやり、ヴァグンは料理で協力しようと心に誓うのであった。


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