06-06-04:モツの可能性

 『ツァオザシュプルフ』閉店後、チャルタとグルトンが遂に極秘の秘密会議に招聘された。困惑する2人は事情がわからず右往左往するばかりだ。


「あの、今日はなにかありましたかニャ? お姉さまおニェーさま達も一緒ですし……」

「フフフ。今日の主役は君たち、我々はあくまで脇役なのだ」

「どういうことだ? 何かあった記憶が無いんだが……?」

「実はヴァグンさんのお願いでな。君たちがこれから造る温泉宿で、目玉になるだろうレシピを考えていたのだよ」

「なんだって? ……マスター、本当ですか?」


 コック帽が揺れてドワーフ顔がニッカリと笑顔になる。


「ですが俺はまだ十分に教わっちゃいないです。そんな手向けみたいな……」

「たしかにまだ未熟ですが、最低限の基礎は仕込んだつもりだそうですよ」

「マスター……」


 補足するシオンの言葉で揺れるコック帽にグルトンの目が潤む。なんと微笑ましい師弟愛であろう……と、感動は特にしないステラである。街を救うと決めた以上、彼女にとってこれは茶番劇以外の何物でもないのだ。


「で、だ。今回伝えるレシピはデミソースのバリエーションと、モツ……つまり内臓の可能性の提示だ」

「は? 内蔵を食うのか?!」

「うへぇ、ニャーもあんま好きじゃないニャア。くさみがキツくって」


 賛同するようにチャルタも難色を示す。2人とも元は探索者ハンター、解体作業から内蔵のと言う物は嫌というほど知っている。よっぽどの飢饉なら食べる事もありうるが、基本的に食べることはまずありえない。だが否定しつつ唸るのは、師となるヴァグンが同席しているゆえだ。


 彼の料理の腕は皆が認めるものであり、グルトンも敬愛している。そんな彼が居るからこそ『何かある』と直感が告げるのだ。


「問題ない、美味しくいただけるよ」


 そういってステラがパッチーンと景気よく指を弾けば、ヴァグンが鍋と小皿、フォークを持ってくる。鍋敷きの上の鍋はまだアツアツであり、蓋の隙間から漏れる魚醤の香り漂うなんとも食欲をそそるものだ。


 ヴァグンがにやりと笑い、かぱりと蓋をあける。同時にむわっと蒸気が広がり、辛みを想像させる良いスパイスの香りが振りまかれた。


 鍋には根菜類と一緒に、見覚えのあるフニャフニャした奇形の肉が入っている。それを小皿に取り分けて、フォークと共に差し出された。


「これが内蔵……モツなのか?」

「しかもドラゴンのだぞ。さあ、食べてみてくれ」


 ごくり。グルトンとチャルタは同時に喉を鳴らす。フォークで切り分けられた内蔵モツに刃を通し、恐る恐る口にする。


 はじめに感じたのは魚醤の香りと塩気。プニッとした身は今までにない食感であり、内臓と知らねば鶏皮か何かと錯覚しそうである。それにこのモツ、噛めばかむほど油が溢れてなんともたまらない。たまらないのだが――。


「ニャッ? これ!」

「だな、少し味付けが濃い……」


 ……などという2人の前に、ステラが最高のスマイルで樽杯のエールをそっと出しする。受け取った2人は取っ手のヒヤリとした感触に驚く。

 炎に親しいこの街で、冷えた飲み物というものは中々お目にかかることはできない。ならば冷やしたのは誰か……2人は眼の前の破天荒を見てなるほどと頷く。


 そして一口あおった瞬間、もう一口とがぶりと飲み込んでしまう。


「ッカァァーーー! うみャーい!!」

「ああ……冷やしたってのもあるが、この辛味にエールが絶妙に合う! 止まらんぞこれは!」


 モツ、エール、エール、モツ、エール、エール。異様なほど酒が進む濃い味料理だ。いやそれだけではない。小皿の汁もまたすするればなんともうまい。

 モツからでた旨味と、野菜の甘味が交わり丁度いい塩梅なのである。だが濃いめの汁はやはり濃すぎる事に変わりなく、残ったエールを一気に飲み干す。


「「ッぷはァーー!」」

「いい飲みっぷりだ!」


 ステラがにこやかに拍手する。まるでエール業者のコマーシャルのような豪快な飲みっぷりだったのだ。


「てか、本当に内臓ニャ?! 旨味がダンチだニャ!」

「それにエールもだ。冷えているのがこれほど美味いとはおもわなかった……!」


「ちなみにな、エールも含めてすべてヴァグンさんが作ったものだ。わたしはレシピ以外関わってないぞ。あ、材料は提供したか……ドラゴンのモツな」

「「えっ?」」


 驚いてヴァグンオーナーを見れば、コック帽がゆらんと揺れる。彼の魔法属性は火であり、『冷やす』に必要な水属性を持っていない。


 地下水や井戸水、地下に貯蔵することである程度冷やすことは可能だ。しかしここは火山のお膝元、全体的に熱気が渦巻いている。とてもこの様に冷えたエールなど作りようが無い。


 だが目の前のステラは関与していないという。これは本当に如何なるが使われたというのか。


「フフフ〜♪ 魔法など無くとも、生活の知恵というものがあるのだよ!」


 そう言って取り出したのは一抱えはある大瓶だ。大瓶には砂と……一回り小さい瓶が入れられている。


「このカメはみたとおり、大小のカメの間に砂が詰めてある。その砂に水を満たしたものなのだが……手を突っ込んでご覧?」


 ステラの導きに従い2人が手を入れると、瞬間ヒヤリとした空気に触れる。


「こ、これ魔道具――」

「ではないぞ? な、シオンくん?」

「ええ、本当に普通の焼き物のツボと砂です。僕も驚きましたが、これで誰でも冷やすことができますね」


 シオンがまた一回り小さい瓶と柄杓を取り出し、グルトンとチャルタの樽杯にお代わりのエールを注いでやる。試しに口にすれば、先程と同じひやりとしたエールが口を満たした。


お姉さまおニェーさま、これなんで冷えてるのニャ?? そんな使い方ニャーは初めて知りましたけど」

「え、知らんけど?」

「「「えっ」」」


 全員の視線がステラに集中する。ヴァグンでさえコック帽がブルンとゆれる始末である。


「いや、マジでわからん。魔法ではないのはさっき言ったとおり。でも謎。どうしてそうなるんだかサッパリ」

「解らないのに知ってたんですか?」

「うるせぇ冷えるんじゃからよかろうなのだ!!」

「「「えぇぇ……??」」」


 そう、ツギハギのステペディアは『ひえるよ! すっごくひえるよ!』としか教えてくれないのである。ならそれでいいではないかとはステラの意見だ。


「あ、ちなみに焼き物業界が潤うから積極的に伝達よろしくね。謎の冷気で商売繁盛ですわ!」


 相変わらず金銭に無頓着なステラに、一同は苦笑いを浮かべる。この『冷やす道具』が在るだけでどれだけ生活が便利になり、相乗効果で莫大な利益を生むか。バカでも分かることだが、しかし彼女は全く気にしない。


 ただ自分は知っているだけで意味はないのだとピシャリと断じてしまう。だから放っておけないとは全員一致の見解である。


「しかし残念だニャア……店長やお姉さまおニェーさまにはもっと教わりたいことが沢山あるのに」

「ああ、俺などまだまだなのだ。もっと教わりたいことが山のようにある」


 ヴァグンが優しく首を振る。これ以上街に留まるのは危険なのだ、早いうちに避難するべきと彼は考えている。残念そうに頭を垂れる2人に対し、手を上げたのはステラである。


「……あー、しんみりしているところ悪いが、グルトン君。君の温泉郷エルドラドはここで叶え給えよ」

「え……どういうことだ? ここは火山が爆発して消え去る。新しく街を築くにも俺達の力だけでは――」

「フフフ、違う違う。ヴォルカニア火山の噴火はわたしが、そしてシオンくんが対処するから問題ないのだよ!」


 ドギャァンという効果音を無駄に鳴らしつつ、ステラは腰に手を当て指を突きつける。その姿は自信に溢れて輝いてすら視える。謎の気迫にため息をつくシオンが続けて説明する。


「あー、一応ステラさんは本気ですしと思ったほうがいいですよ。彼女、と決めたらから」


 シオンのやれやれ、という表情に3人は確かにと確信を得て頷くのだった。


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