06-06-03:デミグラス・ポテンシャル
秘密の会合は続く。失敗は成功の母とかの偉人は声高に叫んだ。そう、アプローチが間違っていたなら別の切り口から攻めれば良いのだ。
ステラはウヒョルンと伸びをして気を取り直した。断じてカレー粉が沢山手に入ってウハウハだったから小躍りしている訳ではない。
しかしカレーが駄目と慣ればどうしたものか。同じようにバリエーションが多くある物のほうが結果的には良いはず……。
(考えろ、考えろステラ。お前は知っているはずだ、唯一ぬにの答えってやつを……!)
そしてティンとひらめいた。
具体的にはお昼に食べたハンバーグ……思い出すだけでデロンとよだれが出てくるあたり罪深いあのハンバーグだ。余りの罪状に明日も食ってやろうとステラは腹に決めた。これは刑罰である、シオンが若干飽きつつあるが罰なので仕方ないのだ。
「そうだ……! デミソースは完成しているんだよね?」
ヴァグンはコック帽を揺らす。スタンダードソースの1つとして、デミソースは店に浸透しているのは知っての通り。ステラの曖昧な言葉で完成させたあたり神がかった腕をもつヴァグンもある意味天稟に恵まれているといえよう。
「では仕込みもグルトンくんは手伝っているのだよな。つまり作り方を知っている」
これにもコック帽が揺れる……ならば答えは1つだ。
「デミソースをマスターしているなら話は早い。あれはデミ系統の基本となるソースだ。これにも派生する料理が多数ある。目玉としては良いんじゃないだろうか」
「あれって掛けるだけのソースじゃなかったんですか?」
「うむ、旨みがたっぷり詰まった基本のキであるよ? 思いつく限り列挙するに……ハヤシライス、ハッシュドビーフ、ビーフシチュー、カツレツ、ステーキ、オムレツなんて……ッグッゥウ! シオンくん大変だ!」
「大方予想付きますが、何が大変なんです?」
「クッソやべえ深夜なのにお腹空いてきた気がする。夜食食べたいッッッ!!」
シオンが凍てつく視線でステラを見る。ツンドラもかくやという冷徹さであった。
「いやいや、さっきカレー食べたでしょ。忘れちゃったんですか?」
「何を言っているんだ、試食と夜食は別腹でしょ」
「いや同腹でしょうよ。我慢してください」
「ぶぅー……まぁいい、つまるところデミソースにはまだまだ可能性があるということが言いたかった。特にドワーフ料理に多い煮込み系とは相性抜群だ」
いい笑顔でサムズアップするステラに、シオンがはてなと疑問を呈する。
「なら最初からこちらを提案していれば良かったのでは」
「それでもカレーは正義。はっきりわかんだね」
そう、カレーは特別なのだ。それは幼少のみぎり……幼少の……。
(幼少……って、わたし小さい頃何食べてたっけ?)
たしか魚の切れ端やカリカリしたなにかを食べていたような。はて、思い出せず唸るもどうにも出てこない。
(まぁ記憶自体途切れ途切れだし、問題ないか)
どのみちツギハギのステペディアである。役に立つ時もあればまるで役に立たぬときもあるのだ。例えばサツマ・バーサークウォリアーはもはや歴史上の特異点と認識している。
恐るべき首刈りうさぎ共はステガマリでカミカゼトッコー・トラトラトラだ。
「じゃあ作っていこう。シンプルなのは
「煮込みは少し時間がかかりそうですね」
「じゃあ並列してやっていこう。大丈夫、ステラさんの前世だよ♪」
「言い回しに不安が募るのは何故でしょうか……」
「そういうものだからな」
よくわからないとシオンが首をかしげるが、何某かのステラルールだろうとスルーする。反応の無さを気にするでもなく、ステラは記憶をサルベージしヴァグンがそれを解釈してレシピ構築が始まった。
どれもデミソースという基本が出来ていれば出来るものだ。手際よく煮、揚げ、焼き、締めて料理を作り上げていく。次から次へと試作していくものだから、深夜のキッチンテーブルは湯気のたつ料理でいっぱいになってしまった。
「これは、やりすぎましたね……」
「食えば良いんじゃ食えば。わたしにまかせろ」
研究のためとは言え、3人で処理するには余りに多すぎる。だがステラの胃はユニヴァース、問題ないとナイフとフォークを持った彼女はカツレツに向き合った。
「ヴァグンさんもハムッ知っての通ハフッり、ソースといハムハッうものは料理ハフッの基礎になハッフーる。だかハムハフッらこれだけの料ハムッ理が作れハフハフッるんだよね」
「喋りながら食べないでください、はしたないですよ!」
「ハムッ! ハフハフ、ハフッ!! ハフゥー!!」
「……それはそれで説明をくださいよ。気になるじゃないですか」
「だったら君も試食しようよ。もし残しても食べさしは全部わたしのお腹行きなんだから」
「一度満腹のステラさんを見てみたいものです……」
そう言いつつ出来上がった料理を試食してみる。
カツレツは基本的な揚げ物だが、故にデミソースはシンプルに合う。塩で食べるよりよりコクと甘みが出て、サクサクとした感触が歯に楽しい。ステラは『パンで挟むといいよね』などというものだから試してみたらこれまた美味い。やはりサンドイッチは良いモノだとシオンはにまりと笑顔になる。
オムレツ……つまり具入り卵とじであるのだが、こちらも悪くない。ヴァグンの腕がいいのもあるが、とろとろふわふわの卵にソースが絡んで深みに丸さがでる。ただ朝食で食べるには少し重いか……昼時に食べるのがちょうどよいなと思えた。卵をこれだけ使うのは贅沢なので、中々高級感が漂うのも良い。
「フフフ、シチューもイケるぞ!」
ステラがお椀をもってがっついているのはビーフシチュー。ビーフとはよくわからないが恐らく『黒い』とかそういう意味だろう。シオンがそんな事を考えつつ、ひとすくい口へと運ぶ。これはなかなか酸味が癖になる……カリカリに焼いたパンと一緒に啜れば大満足の一品だろう。
試食をすすめつつ、お腹いっぱいになってしまったシオンとヴァグンは根を上げる。……と同時に残りはステラが非常に嬉しそうな顔で全て平らげてしまった。この細い身のどこに10人前はある試食料理が入っていったのだろう……答えはそう、ユニヴァースである。
「まぁとりあえずだ。デミソースをマスターしてるんならこれだけバリエーションが出る。あとはそうだなぁ……モツをつかってモツ煮風なんてのもいいかもな」
「モツってなんです?」
「内臓だよ。モツだと腸だな」
「えっ……」
ヴァグンとシオンは同時に顔をしかめた。あんな臭いものをわざわざ食べるとは如何なる精神をしているのだろうか。正気を伺うように2人がステラを見る。
「ステラさんの国って、けっこうゲテモノ食いですよね」
「なにいってんだ? ちゃんと処理したらあれほど旨いものはないぞ」
これにヴァグンの目がキラリと光る。ステラはハチャメチャであるが、情報そのものは有用なのだ。
「モツはたしかに未処理だと臭い。だが念入りに水洗いしてさっと下茹ですれば、コリコリプリッと美味しい肉に早変わりなのだよ。わたしの地元では人気のツマミだったが……人気のない部位なら調達も楽じゃないかな?」
「たしかにそうかもしれませんが……わざわざ取ってくる人がいるでしょうか?」
「居るさ。そこに需要があれば、供給は発生するのだから。何なら今やってみようか?」
待ってましたとばかりにステラは特大のモツをとりだした。このおおきさと太さ……明らかにドラゴンのものだ。こんなものをチョロまかしていたのか。シオンはステラの図太さに呆れてものも言えない。
「とりあえず処理してやってみよう。ドラゴンのモツ煮なんて初めてだな~楽しみだな~♪」
何にせよ楽しそうなら良いか。前向きに考えるシオンであった。
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