06-06-02:カレーは最強?
本日の営業終を了した『ツァオザシュプルフ』のキッチン。そこに秘密の定例会合が開かれていた。主催者は当然ステラである。
「今回はカレーを作ろうと思います」
「かれー……ですか?」
「ウム。
「インドフー・カレーですか。不思議な響きですね」
「……なにかすれ違いがある気がするが進めるぞ。わたしは細かいことをきにしないンだ! さて、まずはご照覧あれ。この香辛料は昼間のうちに溜め込んだお小遣いで買い集めた集めたものですッ!」
秘密を知っている身内同士なので、容赦なく
「とはいえ危ないところだったよ。確保のためのセールにドワーフオバチャンたちとの死闘……
「なんですその単位……具体的すぎますね」
しかしてテーブルの上にある香辛料たちをみたヴァグンの目は鋭く、1つ1つを確認してはぺっこぺことコック帽を揺らしていた。品質は彼の目から見ても問題ないようである。
「むっふっふー♪ ステラさんは出来る奴だからね、シオンくん!」
「そうですねぇ、何だかんだお使いがちゃんと出来るようになりましたね。僕、なんだか目頭が熱く……」
「何故泣くんやー?!」
完全にパパ反応でステラが地団駄と床を踏み荒らす。だがホコリが立つのを嫌ったヴァグンの鋭い目で瞬時におとなしくなった。ステラは賢い娘である。
「で、これをどうするんですか?」
「すりつぶして粉にする。そして上手いこと調合すると、独特の辛味が絶妙な合法ハーブが完成する」
「なにか言い方にふっわふわかつ、嫌らしい物を感じるのですが……」
「まぁ実際合法ですしおすし? で、こいつを小麦粉とバターで伸ばして作ったルーで、煮込み料理を造るとあら不思議。美味しいカレーの出来上がりというわけだ」
ふむ、とうなずくシオンが15種程はある香辛料を前に首を傾げる。
「で、その配合比は?」
「……」
「ステラさん?」
「こう、上手いことですね……!」
「つまりわからないと」
「ハイ、すみませんわかりません……」
継ぎ接ぎのステペディアではカレーの香辛料は分かったが、配合比までは分からなかったのだ。それもそのはず、香辛料の配合比は秘中の秘……しかもメインとする食材が変わればその割合は当然変わる。
ツギハギの記憶では最適解を出せぬのもやむ無しというわけだ。
だが此処には綺羅星のように輝く髪の腕を持つ料理人、ヴァグンが居る。ステラが言う特徴から香辛料の効果、相互作用、深み、コク、全てをシミュレートして近似値を割り出すことが出来る。
それでこそ神の腕。それでこそヴァグン。ステラが口頭で語る夢物語を実在の形にしてきた腕前が、虫食いだらけのレシピを補完する。
もちろんすり潰し等手伝えるところは手伝うものの、最後にモノを言うのはヴァグンの勘だ。その曖昧なものにステラは絶対の信頼を寄せていた。
「……それで、完成かい?」
ヴァグンがコック帽を揺らし出来上がったカレー粉(仮)は、本来の茶褐色とは異なり真黄色の粉末であった。一見するとターメリックオンリーにしか見えない。
しかしステラが鼻で吸い込むかぐわしき芳香と、1つまみ舐め取ればたしかに懐かしい味がする。辛さにヒリヒリする舌がまた愛おしい。
「うん、いいね。かなり近いよ! 米軍採用待ったなしだ、密林に入っても最高にお役立ち間違いなし!」
「ベーグンって誰です? 貴族の方ですか?」
「貴族どころか覇王だが、故国の軍の1つだよ。ちなみにコイツは如何なるクソ不味食料でも『とりまカレー粉あったら食える』という最強の調味料だね」
「それは
「だね! なんにふりかけても食えるのがよい」
そう言いつつヴァグンはコック帽をゆらし、ステラの言うルー作成工程にはいる。カレー特有の芳香がふわりと厨房を満たしステラが、にわかにはしゃぎ始めた。
「あ゛あ〜カレーの香りがするんじゃあ〜」
もはやステラの頬はゆるゆるんであり、煮込まれた具材を獲物を前にした猛獣の如き目で眺めている。ちなみにこの世界にはコンソメは無いが、出汁の概念を理解しているヴァグンはしっかり相当品を投入していた。
実際似合うかわからないが、致命的に合わない事はないだろう。なにせカレーだ、どう間違えたら不味く作れるのだろう。それこそ闇鍋にでもしない限り不可能だ。
今回の試みでは最低最悪でも家庭の味に落ち着く想定である。事実煮込み上がったスープは多少とろみがついており、期待通りの仕上がりに見える。
最後に砂糖と少量の塩で味付けしたら完成だ。
「うーん、独特の匂いが食欲をそそりますねぇ」
「だるるぉ~?! カレーが嫌いな子なんていません! でも居たらごめんネ!」
「え、誰に話してるんです?」
「こう、『女神』とか見てるかもしれないじゃん……?」
そんなわけ無いだろうとシオンがため息を付き、出来上がった黄色いカレーを受け取った。小皿が熱い湯気を立てて、香辛料の芳しい香りを漂わせている。
「では失礼して……」
つ……と一口含めば最初に来るのは甘さだ。これは摩り下ろした
舌に刺激をもたらす辛味は、しかし嫌いではない。むしろ同時に来る旨味を丁度よく引き立ててくれる。
そして具材だ。今回は少量のベーコンと野菜を一緒に煮込んだがこれがまた合う。完全に適当なチョイスなのに美味しく食べられるのだから、カレー粉はたしかに最強調味料なのだろう。
「あ゛ァ~白米ィーーー白米が無いんじゃァァ……」
隣でステラが怨嗟の声を上げているが、ハクマィなどという食品はここにはない。どうも粉挽き前の麦のような食品との事だが、今の所シオンもヴァグンも心当たりはなかった。
「ちなみに具は何でもアリだからな。君の好きなキノコも全然アリアリだぞ♪」
「それは最高ですが……」
ステラの弾む声に反して、シオンの顔は曇っている。はてなと見やれば、ヴァグンも難しそうな顔をして腕を組み考え込んでいた。
「え、なにかまずかったか? これ、拡張するとカレーうどんやカレーパン、ミートパイやカレー風味ナントカーみたいな派生があって良いと思うんだけど」
「確かにそうですね」
だが問題はそこではないのだとシオンは首を振る。
「カレーなる料理、美味しいことは確かです。また派生が多くあるのも認めましょう」
「なら――」
「ただし原価を考えなければです」
「……おうふっ!!!」
そう、香辛料15種類など単価としてはかなり高くなってしまう。これが貴族向けの料理であれば問題ないのだが、提供するのは一般市民だ。このまま行くと1皿で銀貨をとる値段であり、如何に旨くともまず注文されない料理となってしまう。
「他にも問題があります。これって配合比を完成させるまで非常に時間がかかりますよね。つまり難しい料理です。また香辛料が手に入らないと作れない、となれば定番にするのも難しいです」
「うっ、それは、たしかに……」
シオンが指摘するたびにステラがしょぼしょぼと縮んでいく。彼女は『温泉宿ならカレーでしょ』という信念の元提案しただけなのだ。でも実際の問題として提供する事は難しいだろう。
「名案だと思ったんだけどなぁ……」
「まぁいいじゃないですか。美味しいことは美味しいですし、失敗することもあります」
「うん……」
悲しげにうなだれるステラだが、ちゃっかりカレー粉は貰っているあたり強かであった。
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