06-05-03:ドラゴンの襲撃
ヴォルカニア山も中腹までくると、背の高い木はなくなり草ばかりとなる。地面もざらざらと砂のような状態であり、生育には向かないのだろう。故にほとんどが力強い雑草ばかりであるが、その中に必要な霊草が紛れ込んでいるのがこの地域となる。
それはそれとして、だ。
「シオンくん」
「なんですか?」
「……さっきまでの平和はどこへ?」
「そうですね」
目下2人は大激戦の中にあった。具体的にはドラゴンが空をひしめき、我先にと挙ってシオンとステラに襲いかかってくるのである。その目は須らく本気の鋭さを備え、正に獲物を捕らえんとする狩人のものである。
枯渇、渇望、飢餓。瞳が訴える感情は必死の一声によるものであり、まさに籠城し朽ち果てんとする国の末路を思わせた。
(となればなるほど、我々は貴重なえさなわけだ)
ドラゴンは魔素の濃い地に住処を構えて、周辺の魔物を狩り集落を作る。それが人里まで降りてくることは滅多にない。
ドラゴンにとって人間は魔素が少なく不味いからだ。にもかかわらず街を襲い、今まさに2人に牙を向ける理由は今までの旅路が物語る。
(そう、意図せず籠城状態なのだな)
つまり食物連鎖の頂点にあるドラゴンは、孤立して山に取り残されているのだろう。霊脈の通るこの地位外に、新たな住処のあても早々見つからぬだろう。あったとしても先住民との対決は避けて通れない。
いくら強力な個体とはいえ、戦争となれば話は変わる。巨体が邪魔をしてお互い連携が取れず、集団では足を引っ張り合ってしまうのだ。
引っ越しもできぬ彼等は、がらんどうの王宮で、孤独な玉座に収まっている。収まらざるを得なかったのだ。結果餌という餌を失い、飢饉がごとく貧困にあえぐこととなったのだろう。
ここで空腹を満たさんとするならば、自ずと目につくのは人里だ。如何に矮小で、小骨の多い餌であろうが、飢餓を満たすならば何でもする……それがドラゴンたちの現状だろう。まさに亡国の潰える様が如き惨状だ。
いくら2人が威圧して追い返しても、幾度となく帰襲ってくるのは唯一食えるものである故だろう。
「いっそ仕留めるか?」
ステラの提案もやむを得ないことだ。ドラゴンは集落を作り、家族意識の強い魔物である。不用意に狩ってしまえば、その事を決して忘れることは無いのだ。
しかしことこの場において、ドラゴン達は家族より狂乱の渦中にある。理解を示すシオンもうなずきステラに同意した。
「そのほうが良さそうですね。一度見せしめたほうがいいでしょう」
「りょーかいっ……だッッ!」
応答と同時に展開した
その数3つ、両翼に足へ突き刺さった槍は棘をはやして内側から部位を破壊する。如何に強靭な鱗を持とうと、その肉は異なるのだ。
悲痛な悲鳴をあげて空より墜ちるドラゴンの首は、シオンの
これより先は修羅である。向かい来る一切を容赦せず、尽くを押し殺して通す。明確な殺意が、またそれを可能とする戦力がドラゴン達を駆け巡り、遂に散り散りに逃げていった。
「ふはー、なんとかなったな」
「ドラゴンは本来臆病、という研究もありますからね。家族殺しを許さないというのも、明確な驚異に対する拒否反応とも言えます」
「強いものこそ弱きを知る、か……なら遺骸は有効活用させてもらおうかねぇ」
言いつつステラがドラゴンを解体しはじめる。と言っても普通のやり方では無い。首の切れ目から皮の境目に空気を押し込み、まるで鶏皮を剥ぐように剥がしていく。プクーと膨れる竜体がすみずみまで行き渡ったところで、内側から肩口まで切れ目を入れて首の肉を固定。あとは翼と尻尾の皮をもって思い切り引っ張れば、『とぅるん』と気持ちよく剥げるのだ。
残りの体は肉を削ぐなり、腑分けするなり自由自在。堅牢な骨にさえ気をつければ解体ナイフがダメになることもない。
「やはり、だいぶ痩せているな……」
ドラゴンにしては骨ばった体からとれる鱗や肉は、あまり質が良いとは言えない。筋肉もどこか薄く、脂身も少なくて食いでがなさそうだ。もし煮込みにでもするならば、固くて食えたものではないだろう。
「……うん? このドラゴンはメスか?」
「そのようです。一番しつこかった個体ですが……もしかしたら子供が居たのかもしれませんね」
「ああ、なるほどなぁ……てことは飢えた子にえさを、か。そりゃ必死にもなるな」
「それだけじゃありませんよ。この調子だと共食いも在りえます」
「必死に守ってたってことか。ってことはこのメスの子は――」
「あまり考えないほうが良いでしょうね」
「そうだな……うん、生存競争だ。仕方のないことだね」
解体を手伝うシオンが黙々と作業し、ステラも同じく言葉をなくす。知恵がないとはいえこのドラゴンは確かに母だった。相手が悪かったとはいえ、なかなかにえぐいとステラは思う。
(だからってえさになってやる義理はないがな)
皮をはぎ、貴重な臓腑や血をシオンのアイテムポーチに収めると、残りはステラが火山に埋葬する。いずれ腐り大地へ還る時、草木となって命の循環へと還るのだ。
「しかしなんだ、またドラゴンの革が増えてしまったなぁ?」
「当たり前のように言いますが、実際そうなんですよねぇ……」
感慨深く息をつくシオンにステラは首を傾ける。何か今の戦いに不都合でもあったろうか? とくに思い当たるふしがなく、顎に手をやりトントンと叩く。これに苦笑するのは当のシオンだ。
「いえね。2年前はこうして竜殺しになるだなんて思ってもみませんでした。母様が聞かせてくれた物語と同じ世界に僕は立っている。当時は皆を支えるので精一杯だったのに……なんとも感慨深いです」
「あー、たしかになー」
ステラにしてもドラゴンと言えば、物語の主軸に位置する重要な存在だ。やはり倒せるとなれば感慨深いという感情も判る。わかるのだが……。
「でもさードラゴンって特別感あるはずじゃん。これがバーゲンセールで討伐も作業化するとお得感がまるでないよね」
「そういう話じゃないんですが……というか僕1人では竜殺しなどできませんからね? ステラさんあって漸くですから。全く分不相応ですよ」
「そうかぁ? 十分実力に見合っていると思うけどな。わたしはこう、アレじゃん? いろいろズルをしているじゃないか。そう考えるとわたしに付いて来ている君こそおかしいとも言えるぞ」
「そうでしょうかね? 僕としては普通なのですが」
そういうシオンにうなり腕を組む。まったく彼の言い分が理解できないと、彼女はため息を付いた。
「あのさ、わたしも一応この世界に来て2年経ってるわけだ。それなりに
ステラの指摘にシオンが珍しく固まった。
「……い、一応ドワーフ謹製の借り物ですし」
「おいおい、龍鱗を前に刃こぼれ1つない剣を持って何を言っているんだ。常識的に考えようよ、普通の剣士じゃそんな真似できまい」
「うっ……」
シオンが押し黙り目を丸くしてステラを見上げる。はて、なにかおかしな事を言っただろうか。
「……ステラさんに常識を問われてしまいました。明日は雪が降るんじゃないでしょうか」
「ちょっ、ひどいなシオンくん!」
じゃれ合う2人がその場を後にする。和気あいあいと血の匂いを滲ませる2人に近づくものは、もはや何者も居ない。
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