06-05-02:ヴォルカニア火山
ヴォルカニア火山といえば世界有数の霊峰であり、地下に霊脈が通る一大聖地である。採掘される鉱石には軒並み魔力がやどり、良質な坑道も数多く存在する。また間欠泉の如く吹き出す熱量に混じって濃度の濃い魔素が充満し、強力な魔物や希少な薬草が数多く生息している……はずなのだが。
「シオンくん」
「なんですか?」
「……平和だな」
「そうですね」
山道は獣道とはいえ、ひどく穏やかでのどかであった。有り体に言えばすごく、ものすごくピクニック日和であり、小洒落たティーセットとサンドイッチでも持ってくればと後悔する程の陽気とほのぼのさである。
見た目は確かにおどろおどろしい、暗がりを持つ魔の森なのは確かだ。しかしそこにあるべき危険の気配がまったくない。虫のざわめきさえ聞こえないとなれば、もはや異常とすら言えるだろう。ステラにとっては普段聞こえる騒音がまるで無い、静かで居心地が良い空間とも言える。
(いや、逆に居心地悪い気もする)
慣れとは恐ろしいもので、騒音は騒音で突如なくなれば逆に不安に陥るというものだ。静かすぎるのも耳が慣れていなければ煩いのと同じぐらい鬱陶しい。
この静けさは噴火という未曾有の危機が生物本来の直感を刺激し、逃走という結末を選ばせた故だろうか。思えばヴルカンに来るとき遭遇した魔物たちも『逃げていた』のだから、こうして森に気配がないのも道理と言える。
ましてや浅い領域ならなおさらだ。
ステラの超感覚がもたらす警戒網にもなんの危険も引っかかりはしない。シオンも同じようで呑気に歩いている。もしアランニャのような手練に狙われているならまだしも、そのような心当たりは毛頭ない。
いや……1つだけ有ると言えば有る。
しかしヴルカンでは
(あー、ぽかぽかびよりだなぁ)
本当の本当に、のんびりのんのん長閑な旅路であった。そうなると些か暇になってしまうのは致し方無い事であり、蓋をしていた欲がふつふつと湧き上がり鎌首をもたげるのも已む無いことである。
(ど、どうする……? 手、つないじゃう……か?! どうする。どうするステラ!)
森と言ったら迷子予防におててつなぐのが少し前までのスタンダードであった。
もちろんそれは
そう……悲しいことに今、ステラはシオンと手をつなぐ理由がない。
彼女は己が持つ灰色の脳細胞、その全機能と権能を総動員して『シオンと手をつなぐ方法』を模索していた。しかし開催された第『数えきれない』回ステラ議会は沈痛な空気に包まれていた。
もしもう一度うろちょろしてみせたなら、彼は確実に手を引いてくれるだろう。しかしそれは『保護者』としてのものであって、ステラが求める結果ではない。
かと言って他に手段があるかと言われれば特に思い当たらなかった。ここは魔境にして異常の場……生きとし生けるものはシオンとステラの2人しか居ない。混雑を避けるために、等という理由も使えないのである。
さらにステラの場合、ちょっとした体調不良も理由に出来ない。どうにもステラは体調が常に普遍に保たれており、月の物もなく常時健全健康体以外の何物でもない。その異常性と利便性はシオンも理解するところであり、今更『ぽんぽんペインだよぅ』などと言っても到底信じてもらえないのだ。
むしろ深く、とても深刻に
この状況、手札の全てを逸し機能せぬ状況。まさに痛恨の極みであり、ステラは過去の己をペシペシ叩いてやりたい気分でいっぱいだった。
「――テラさん? ステラさん??」
「えっ? あっ? なんです?!」
呼ばれた声にすら反応できぬほど没頭していたのか。警戒もおろそかになっていたステラは、再度身を引き締めて気を取り直した。
「大丈夫ですか?」
「いやあステラさんは大丈夫だよ。どのぐらい大丈夫かと言うと、石橋を叩いて砕くぐらい大丈夫だよ!」
「……じゃあ今、僕がなんて言ったのか答えてください」
「ッ……」
まずい、大変不味い状況だ。
なにか重要な話をしていたらしいのだが、何もかも聞き逃していた。ステラ議会は風雲急を告げる課題に静まり返る。ここでオイタなどすれば心証が悪い。これ以上ポンコツ部分を見せては何か大切なものを失ってしまう気がしてならない。
なにか、なにかヒントはないか、周囲を見回し手がかりを探る。
そうして空を見上げたステラははたと気づくことができた。これだ、これしかない。これ以上に重要な話があるだろうか。そう、中天をさす太陽が示すプランは唯一つしかない。生唾を飲み込むステラは無駄に格好をつけつつ、ゆっくり言葉にする。
「フッ……お昼の時間、かな」
「……」
沈黙が2人の間に訪れる。是か非か、真か否か、いま彼女の全身全霊を賭した回答が試される。
しかしシオンは沈黙し、じっとステラを見上げるのだ。不思議そうなに見つめる視線は一体何を意味するのか。いやさ答えは1つしかあるまい。
ステラは覚悟を決めた。
「すみません……話聞いてませんでした」
「いやお昼どうしようって話ですけどね?」
「あってたんかーい」
まさかの正解にステラは驚き己の幸運に小さくガッツポーズした。いや、それに意味はあるのかといえばまるでなく、ポンコツ度合いを更に高める結果にしかなっていない。
「でも話は聞いてなかったんですね。本当に大丈夫ですか?」
「え、ステラさんの大丈夫さと言ったら――」
「それは知ってます。そうではなく、最近様子がおかしいですよね?」
「えっ。そ、そそそんなことはないぞ!」
「いや、明らかにおかしいですよね?」
「ウッ!!」
ついに来てしまった……この質問、いつかは来ると思っていた。彼自身決して愚かな男ではない。例えばハーレム物の鈍感主人公のような、察しの悪い愚物とは違う。相手の好意があるならば、それをしっかり見抜いてくる男の中の男である。
しかし、しかしだ……ことシオンとステラの関係で言うならばそうもいかない。シオンは今まで、いやさ今この瞬間でさえ保護者なのだ。彼にとって義父と義娘に近い関係なのである。
この関係を乗り越えるには並大抵の努力では足りない。一心不乱のアプローチが必要なのだが、気恥ずかしさと恐れが勝ってどうにも踏み込めない。いやそもそもエルフは性欲があまり無いと言うではないか。アプローチしてもちゃんと『そういうものだ』と気づいてくれるかどうか……。
「なにか抱えているなら話してくださいね?」
「あー、うん、はぁ、えっと、まぁ、その」
「……なにか言いづらいことなんですか?」
シオンがじいっとステラを見上げる。その真っ直ぐな視線はなんとも凛々しく、また格好いいなと思ってしまうステラであるが、事が事だけに否応なく目線をそらしてしまう。
一体どうやって思いを伝えれば良いものか。
少なくとも尋常のやり方では通らないだろう。切り札もない中悶々として、ステラはうーうーと唸り頭を抱えた。その上で、シオンはステラの言葉を待ってくれている。
なにか、なにかここで答えを出さなければならない。だから――。
「と……」
「と?」
「時が来たらればーーーー!!」
ステラは全力で戦術的撤退に踏み切ってふわーと叫んだ。多少台詞を噛んだとて何するものぞという勢いである。世の中勢いが大事なのだ。
「わかりました。あまり気にしてませんでしたが、そういえばステラさんは事情が複雑ですからねぇ」
「そ、そう、そうそれ。複雑なやつなのだ! とっても複雑! 困難! むつかしいの! うん、むっかしい!」
「わかりました。では今はおいておきましょう」
「うっ、うん……」
それきり目線を外してシオンは前を向く。それが残念なような、それでいて安心したような。だが少なくとも自分はとんでもなく臆病だ。その事実にステラは溜息をつくのであった。
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